sideフェリエット
順風満帆。
そう、フェリエットの人生を言い表すなら、その言葉がぴったりだった。
どっかの占いのばーさんが言ってたっけ。
前世からの縁で、フェリエットには、神の祝福がついてるって。
修道院で神に一生を捧げるなんて、今世では考えられない。だって、じめっとしたあの建物の中で、ひたすら祈るなんて、今だったらきっと発狂する。
特に信仰も厚いわけじゃないけど、神はフェリエットを見捨てないらしい。
そんなフェリエットが修道女になる前の記憶を取り戻したのは、王立フェゼリア学園へ入学する直前だった。
フェリエットは修道女ではなく、こことはまったく違った世界で生まれた女の子だった。
地球と呼ばれる惑星で、花の高校生活を謳歌していた彼女の命を奪ったのは、トラックだった。居眠り運転していたトラックが、赤信号を無視し、横断歩道を渡ろうとしてた彼女に突っ込んできたのだ。
はっきり言って、痛いとか、そういうのは覚えていない。
ただ鉄の塊がぶつかってきた衝撃だけは覚えている。
記憶を取り戻したとき、フェリエットは泣いた。泣いて泣いて、……恨んだ。
だって、ここは、創られた世界だから。
女子高校生だったフェリエットが夢中になって遊んだ乙女ゲームの世界。
フェリエットは、名前すら出てこないキャラで……表舞台から最も遠い存在。
でも、ヒロインなんて柄じゃないから、別に雑魚キャラでもよかった。悲しかったのは、修道女として生きた前世も、親も……この世界そのものが、創作物だったってこと。
愛情をいっぱい受けて育ったことも、父親の経営が順調になったことも、すべてが決められていた道筋だったらと考えると怖かった。
だってそこにフェリエットの意思なんて存在しないから。
でも、それが誤りだと気づいたのは、マリーフェザー・トゥオルク・ザ・ヴォールトを知ったときだった。
乙女ゲーム『春告ぐ妖精姫~運命を呼ぶ七人の貴公子たち~』は、ヒロインが王立フェゼリア学園に入学するところから始まる。
市井で育ったヒロインは、母を病で亡くし、孤児院へ引き取られそうになるところに、男爵家の当主である父がやってくるのだ。
『ああ、ようやく見つけた。我が愛しい娘よっ』
父以外に身寄りのないヒロインは、彼と一緒に暮らすことを決意する。
けれど、そこには、本妻と異母妹がいた。ヒロインの母は、元々男爵家に仕えるメイドで、その美貌に目がくらんだ男爵が、戯れに手をつけたのだ。
妊娠が発覚すると、嫉妬に狂った本妻から嫌がらせを受け、ヒロインの母はひっそりと屋敷を出て、一人でヒロインを育てる決心をする。
父を知らずに育ったヒロインは、貧しいながらも母の愛情を一心に受けて、明るく、美しく、そして清らかに育つ。
そんなヒロインを陰ながら見守っていたのが、男爵だった。
実は、ヒロインには悟られないよう、陰ながら援助をしていたのだ。すべては、美しく育った娘を政略結婚の道具にするために。
邪魔な本妻と娘を屋敷から追い出し、ヒロインを迎え入れた男爵は、よりよい結婚相手を探すために、学園へと入れる。
そう、ヒロインは、父に命じられて結婚相手を探すために学園へとやって来たのだ。
けれど、男爵家の娘であるヒロインが、そうそう、身分の高い男性と会う機会はない。でも、ハプニングや事件を通じて、次々と有力貴族の子息と知り合いになっていくのだ。
(問題は、アレよねぇ)
シンデレラストーリーといえば聞こえはいいが、選択肢によってはバッドエンドもあり得る。
なぜならば、複数人を攻略しながら話が進んでいくからだ。
そして最終的に、攻略対象者たちから差し出された薔薇を受け取った相手と結ばれる。
ここで難しいのが、受け取ったからといってハッピーエンドにはならないことだ。嫉妬したほかの攻略対象者が、無理心中を図ったり……ヒロインをさらって、監禁エンドもある。
攻略対象者たちへの愛情のパロメーターのさじ加減が難しく、攻略サイトもああでもないこうでもないと紛糾していた。
だからといって、一人だけ選んで最後まで進んでも、魅力がないとフラれてしまうので、複数人攻略が必須となる。
(アタシは、バッドエンドで終わったなー)
結局だれもクリアするとこはできなかった。
甘々ハッピーエンドを望んでいた乙女たちから、制作会社にかなりの数のクレームが行ったらしいとは掲示板で見た。
そんなわけで、むしろ自分がヒロインでないことに安堵した。
そして、気づくのだ。
ここが、自分が知る『春告ぐ妖精姫~運命を呼ぶ七人の貴公子たち~』とは違うことに。
乙女ゲームだから、もちろん、邪魔をする者はいる。
マリーフェザー・トゥオルク・ザ・ヴォールトは、どこのルートでも出てくる悪役令嬢だ。
選民意識が高く、青月階級や灰色階級の生徒を使用人のように扱う令嬢。
全生徒から嫌われているのに、王太子の婚約者だから、だれも逆らえない存在。
(イラストはキレカワなのになぁぁぁっ)
性格は最悪。
ふわ甘なヒロインとは違って、口を開かなければ綺麗で儚さ漂うマリーフェザーは、裏のヒロインと呼ばれているほどだ。
これでだれからも好かれる性格だったら、ヒロインを乗っ取っていたかもしれない。
(まさか、ゲームとは真逆の性格になるなんてねぇ)
嫌われているのは変わらないが、この世界のマリーフェザーには好感が持てる。
人が良さそうで、拐かされないか心配になるが……。
(ヒロインとおんなじように転生者かと思ったけど、違うっぽいしなー)
先程まで話していたマリーフェザーを思い出し、肩を竦めた。
仮面といい、性格といい……悪役令嬢ならではのバッドエンド回避のために、転生者の知識をフル活用して、清く・正しく・美しく! をモットーに過ごすのかと思ったけど、違う。
お茶会の意味もわかっていなさそうだったし。
一学年で開かれるお茶会こそが、イベントだ。攻略対象者たちの力を借りて、最良に選ばれるまでがストーリー。その邪魔をするのが、マリーフェザーだ。王太子と仲がいい彼女を貶めようと、あの手この手を使ってお茶会を開かせまいとするのだ。
今回、マリーフェザーは、庶民の少女の導き手となるから、ヒロインの邪魔をする時間なんてないだろう。
(アタシは高みの見物でもしよっかなー)
いっそ、女主人を放棄して、マリーフェザーと共に、あの子の手助けをする道もある。
どっちかというと、それのほうが楽しそうだ。
ニマニマと笑っていると、カタリと物音がした。
ハッと身構えると、ゆっくりと扉が開かれた。
「お嬢さん、そろそろ日が落ちてきたというのに、こんな薄暗い教室で一人は危ないんじゃないかな」
にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべながら入ってきたのは、宰相の息子であるアーヴァント・ウェルシィだった。
「げっ」
思わず、蛙が潰れたような声が出る。
すると、アーヴァントが、プッと吹き出した。
「俺を見て嫌そうな顔をされたのは初めてだよ」
「……」
彼は、『春告ぐ妖精姫~運命を呼ぶ七人の貴公子たち~』に出てくる攻略対象者の一人だ。
親からの愛情を知らずに育った彼は、愛を求めて、女性と見ればだれでも口説くようなナンパ師だった。けれど、心の奥では、簡単になびく女たちを心底嘲っていたのだ。
そんな心の闇に気づくのがヒロインだ。
孤独な彼を慈しみ、愛情で包み込んでいく。
いつしか愛することを理解した彼は、彼女の唯一人の男になろうと、ライバルたちを蹴落としていくのだ。
(蹴落とすっていうか……アレ、殺人だしね……)
ライバルたちを事故で見せかけて殺したり、主人である王太子でさえ手にかける……。
『あぁ……これでお前は俺のものだね……』
そう言って血塗れのまま微笑む彼に、フェリエットは、思わずゲーム機を落としてしまった。
絵が綺麗だけに、病み具合がやばかった。
「さて、寮に帰るなら送っていこうか?」
「いやいや、いらないし!」
というか、いつからいた?
冷や汗がぶわーーーーっと出てくる。
マリーフェザーを巻き込んだことがわかれば、彼も、王太子もいい顔をしないだろう。
(ヤンデレめんどくさーーーーっ)
なにを思って婚約者であるマリーフェザーを遠ざけているのかは知らないが、フェリエットから見たら、独占欲の塊だ。
マリーフェザーに孤独を強い、仮面で縛り付ける。
ゲームの中の王太子よりも、ヤンデレ具合がパワーアップしているかもしれない。
よく監禁されないなと感心するしかない。
そして、王太子に付き従うアーヴァントも底が読めない。
ヒロインに愛想を振りまき、ゲームの中のように心惹かれているように見えるが、彼のイベントはまだ先だ。こんな早い段階で彼を射止めることはできないはず。
「……そう? なら、気をつけて帰ってね」
「は、はぃっ」
すんなりと引いた彼に、逆にびっくりする。
偶然いただけだったのかとホッと息を吐いた次の瞬間、
「ああ、君のお友達はよく注意をしていたほうがいいよ? 王太子殿下の婚約者の手を引いて廊下を駆けるなんて……無作法だね。騎士になるには、ふさわしくないと思うけど、どう思う?」
「ひぃぃ」
ばれてる!
マリーフェザーの行動を監視しているのだろう。
きっと、名前だけでなく、家族構成もばっちり調べ済みかもしれない。
「ア、アタシたち、貴族作法になれてなくて」
「そう……なら、次は気をつけないとね。あの子は、君たちが気安く声をかけられる存在ではないと覚えておいてね。傷でもつけようものなら、うっかり潰してしまうかもね」
なにを、とは言わなかった。
(そ、存在ごとですかーーーっ)
彼ならばやりかねない。
ヒロインではなく、マリーフェザーに対してヤンデレが発揮されている。
これはどういうことだろうか。
ヒロイン交代?
ゲームとは違う世界になってる?
そもそも、マリーフェザーの容姿や性格が違う時点で、ゲームとはかけ離れているのかもしれない。
(悪役令嬢溺愛シナリオ…それはそれで見たいかも)
なんにせよ、彼の忠告を聞き入れるわけにはいかない。
神の祝福を信じて、フェリエットは突っ走ることを決意したのだった。




