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「フィー様、嬉しそうですね」

 口元がほころんでいたのを見逃さなかったのか、向かいに座っていた少年が手を止めて、じぃっと見つめてきた。

 子犬のように愛くるしい顔立ちは、とても男の子には見えないほど整っていた。線が細いせいか、いっそう可憐さを引き立てて、男装の麗人にしか見えない。

 伸び切った髪の毛の下に、こんなに麗しい顔があるなんて、だれも想像しなかっただろう。

 一回限りの邂逅かと思っていたので、すっかりと美少年に変わったドゥオリクが現れたときには驚いた。背筋を伸ばし、ハキハキと喋る彼に、別人かと思ったのはマリーフェザーだけではないらしい。

 この頃、彼の話題で持ちきりだ。

 醜いアヒルが白鳥になったように被っていたものを脱ぎ捨てた彼の周りは人で溢れている。

 けれど、なぜか彼が一目散に駆け寄ってくるのはマリーフェザーの元だった。

「ええ、嬉しいですわ。だって……だれかと一緒に食べるのは久しぶりなのだもの」

 孤独には馴れたつもりだったが、だれかがいるというのは、心が高まるものだ。

 思わず本音を言ってしまって、恥ずかしくなったマリーフェザーは、両頬に手を当てた。

「くっ…かわいい……」

 悶えるようにナイフとフォークを握りしめたドゥオリクの顔も赤くなる。

「え?」

「い、いえっ、なにも」

「フィー様、放っておいたほうがよろしいですわ。惑わされた哀れな子羊に、貴女様が施しを与える必要はありませんもの」

 横から口を出したのは、零れ落ちた栗色の髪を耳にかけたメルザだった。

 会話をしたあの日から、徐々に距離を詰め、今ではこうして食事を共にできるようになった。

 いつものお友達はよろしいの? と聞くと、彼女はにっこりと笑って言った。

 家柄だけの付き合いですから、お気になさらないでくださいませ、と。

『聞いた話では、平民がフィー様を食事に誘ったとか。婚約者でもない方と、いくら食堂とはいえ二人きりはいけませんわ』

『彼の同室者も一緒だと伺ったから、問題ないと判断したのだけれど……』

『まぁ、三人でしたの。では、わたくしもご一緒しますわ。それでしたら、フィー様も表立って騒がれないでしょう』

 鼻息も荒くそう言い切ったメルザは、うきうきとした様子で日程を確認していた。

『席の確保はお任せくださいませ。最良の場所をご用意いたしますわ』

 そう言って用意されたのは、まさかの中央だった。

 豪奢なシャンデリアの下には、五人がけの円卓。

 ロータル調の猫脚を模した優美な円卓は、白と金で細工が施されていた。

 いつもマリーフェザーが使用している長卓とはまるで違った。

 メルザいわく、食堂も階級で隔たれているらしい。

 マリーフェザーがいつも使用していた通路口付近では、主に灰色階級や赤銅階級が食事をするため、大人数が入る長卓が好まれる。

 テラスや窓際は、貴族たちが使用するため、優雅な食事を楽しめるよう円卓が好まれるらしい。

(好きな場所で食事を摂ればよろしいのに)

 それが、マリーフェザーの率直な感想だ。

 気づかなかったとはいえ、ずっとそこで食事をしていた彼女には、不満もよく聞こえてきたものだ。上級貴族に睨まれ、通路口付近で手早く昼食を済ませる青月階級の者たちや、穏やかな日差しの日には、テラスを羨ましそうに見つめる少女たち。

 身分の低い新入生が誤って境界線を越えれば、嘲笑と共に追い払われる。

 身分が低ければ、陽の当たらない場で、常に食事をするしかないのだ。

「メルザさん、素敵な場所をありがとうございます。けれど、さすがに目立ちますわね」

 微かに苦笑をにじませれば、いいえと彼女は首を振った。

「公爵令嬢たるフィー様の食事会なのです。一室を借り切ってもよかったのですが、見せびらかしたかったのですわ」

 一瞬、彼女の視線が窓際にいる令嬢たちに向かった。

(あれは、オーリー様の婚約者候補だったかしら)

 自称婚約者候補らしいが、マリーフェザーがいなければ、王太子の婚約者になっていただろう。真っ赤な髪に勝ち気な双眸が印象な美しい少女だったと記憶している。

 入学した頃は、毎日のように顔を合わせては嫌味を言われたものだ。

「俺だったら見せびらしたくないけどね。余計な虫はいらないし」

「ちょっ、ドゥオリク。口を慎め。相手はお貴族様で、上級生だぜ」

「ふんっ。フィー様以外なんて石ころと同じだし」

「ちょっっっ、本音ダダ漏れだからっ。あぁぁ、なんか、すんません」

 同室者の少年の目が涙目になっていた。

 騎士科に進むだけあって日頃から鍛えているのだろう。体格のよい彼が、小柄なドゥオリクに振り回されているのが面白かった。

 思わず、くすくすと笑みが溢れると、少年の動きも止まった。

「笑ってる……」

 信じられないとばかりに凝視してくる彼は、きっと、噂話を聞いているのだろう。

 人を寄せ付けない魔女。 

 笑わない令嬢。

 孤独姫。

 いろんなあだ名が付けられている。

「バカか。面白ければ笑うだろ」

「…っ、た、叩くことないだろっ」

「これだから平民は野蛮ですわ」

 食事を終えたらしいメルザは、湯気の立つ紅茶をゆっくりと口に含んだ。

 彼女も選民意識はあるらしいが、ドゥオリクたちのことは受け入れ始めた。

 マリーフェザーが平等を掲げているため、メルザもそうろうとしているのだろう。



 と、そのとき、食堂がざわめいた。

「あっれーー。うっそぉ、なんで! 美少女バージョンのドゥオリクだわ!」

 ティアだった。

 甲高い声が、食堂中に響き渡る。

 たたっと駆け寄ってきた彼女は、バンっと円卓の上に手をついた。

「ちょっとぉ、なんでわたしの誘いは断ったのに、この人とは一緒に食べているの? 酷いわ」

 うるうると大きな目を潤ませると、彼女の後ろからやってきた少年たちの双眸に険が宿る。

「どうしたんだい?」

「泣かないでください、私のティア」

「平民なんて相手にするな。俺たちがいるだろう」

 見目麗しい王太子の側近たちは、甘やかな言葉を紡ぐが、ティアの心は晴れなかった。

「イヤよ。わたしは、ドゥオリクとも食べたいのよ。わたしが一番に素顔を見せてもらう予定だったのに、酷いわ。計画がめちゃくちゃよ」

「あんた、頭おかしいだろ。さっきからきぃきぃうるさいし、さっさとそこの孔雀たちを連れて、どっか行ってくれない? 俺、今、大切な人と食事中だから」

 言葉は辛らつなのに、相手を想って愛おしげに細められた双眸は、惹きつけられるなにかがあった。

 固唾をのんで見守っていた周囲からもため息が漏れる。

「大切な人、ねぇ」

 そう呟いたのは、ゆったりとした足取りでやってきた王太子だった。

 なんの感情もなく呟いた彼は、そばにいるマリーフェザーを一瞥もせず、そっとティアの肩に手をおいた。

「ティアは、僕たちだけでは満足ではないのかな?」

「そ、そんなことないわ。オリフィスさまとご一緒できたら、なにもいらないもの」

 焦ったように首を振ったティアは、けれど未練がましくドゥオリクに視線をやる。

 それにため息をこぼした王太子は、ようやくマリーフェザーを見下ろした。

「いい身分だ。僕がそばにいなければ、別の男を侍らすのかな」

「なっ」

 ガチャンッと皿にナイフとフォークが投げつけられた。

 立ち上がって文句を言おうとしたドゥオリクをマリーフェザーが緩く首を振って留めた。悔しげに唇を噛んでやり過ごそうとする彼に、ほっと息を吐くと、すっと顔を持ち上げた。

 会話を交わすのはいつぶりだろう。

 幼い頃のような愛おしげな眼差しも、熱も、そこには存在しなかった。

 感情の読めない双眸がマリーフェザーに注がれる。

 それが悲しくて、辛くて…、ティアに触れている手を見て、きゅっと心臓が縮まった。

「……友人との食事を制限する法はありませんわ。オリフィス様も楽しまれているようですし、お互い、交友を広めるのがよろしいかと」

「……そう、それが回答か」

 冷笑を浮かべた王太子は、そのままテラスへと足を向けた。

「オ、オリフィスさま……っ」

 王太子にそのままエスコートされながら、ティアも姿を消した。

「……場がざわめいてしまったようですし、これで失礼いたしますわ。メルザ様、素敵な場所をご提供いただきありがとうございます」

 周囲の好奇な視線に、みんなを巻き込むのはよくないだろう。

 心配そうな目を向けるメルザたちを安心させるように笑みを浮かべたマリーフェザーは、優雅に一礼すると食堂を後にした。





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