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小話 幼き頃 兄と妹のお出かけ ②

「すてき……」


 マリーフェザーは、目を輝かせた。

 貴族街にある商店は、一流の物が揃っているので、もちろんそちらのほうが品はいいだろう。けれど下町にある商店は、貴族御用達のものとはまた違って、あたたかみがあった。

 所狭しと並べられたリボンに、色とりどりの小さな水晶玉。

 この期間だけに揃えられた品を求め、平民の女たちが殺到していた。


 マリーフェザーたちが貴族もしくは金持ちの家柄であることを一目で見抜いた店主は、直ぐ様奥の特別室へ通すと、温和な顔の中に一瞬、計算高そうな狡猾な色を覗かせた。


「ささ、お嬢様。こちらが、ご希望のものでございます。麻、亜麻(リネン)、サテン、絹、ベルベット……あと、珍しいもので、蔦を編み込んだものや、羊毛、織物もございます。生地さえ決まれば、ここにない色や形も作ることは可能でございますよ。もちろん、すでにあるものと比べれば値段は格段に跳ね上がりますが……」

「一点物か、それはいい」


 窺うような視線の店主を気にもとめず、エルヴァントはにこやかに微笑んだ。貴族街のほうがより良い品が手に入ると思っていたが、こちらはこちらでそれなりのものを用意してくれそうだ。

 贈る相手を思えば、既成品はよろしくない。それなりの質が必要となる。けれどだからといって、高価すぎるものは、この祭りには相応しくなかったため、わざわざお忍びで下町へとやって来たのだ。


 エルヴァントは、一生懸命生地を見比べているマリーフェザーの小さな頭を優しく撫でた。


「急がなくていいから、ゆっくりお決め」

「はいっ、お兄様」


 マリーフェザーの年頃では、自分で好きなドレスを選ぶことはしない。公爵家御用達の仕立て屋が、マリーフェザーに相応しいドレスを作り、それを買い上げるのだ。

 だからこそ、生地から選べることに胸をときめかしているようだった。


(年に一度の祭りに参加したいと言い出したときはどうなることかと思ったけど、これはこれで楽しいものだ)


 安全面のこともあり、当日の参加は難しいと伝えれば、平民の男女が行っているのを真似たいと言い出したのだ。

 いわく、年に一度、夜空に星々が橋のようにかかる日がある。いつもは神々がおわす天界と、人間界は隔てられ行き来することはできないが、この日ばかりはその橋を伝って行くことができるのだ。

 その昔、羊飼いの人間に恋をした女神がいた。人間と女神はいつしか結ばれ、末永い縁を結ぶことを約束したが、人々は信仰心を忘れ、次第に神よりも上だと驕るようになった。

 それを憂いた神々は、天高くへと姿を消してしまった。

 もちろん、女神も人間界に留まることは許されなかった。恋しい人と離れ離れになり、泣き暮らす女神。涙は星々となって、夜空を彩っていった。涙のきらめきが人間界を照らし、昼間のような明るさに支配され、恐れおののく人間たち。

 そして、自分たちの罪深さから、女神と人間を引き裂いてしまったことを知った彼らは必死で神々に祈った。


『どうか、天高くおわす方々よ、我らの主よ……、優しき慈愛の女神と羊飼いの青年に逢瀬のひとときをお与えください』


 一年、二年と……長い年月が流れた頃、ようやく神々はその願いを聞き届けた。

 一年に一度ならば、許そう、と。

 夜空の輝きが落ち着き、喜んだ民は、一年に一度の逢瀬の時を盛大に祝うことを決めた。

 それは、青年が天へと昇ったあとも、恋物語として伝えられている。


 元々、北側の地で言い伝えられていた話だが、いつしか恋人同士が末永い縁を結ぶ祭りとして王都にも広まっていった。橋がかかる夜に、互いの指先にくくりつけた紐を結ぶと別れないと言われているため、こうして生地屋に女たちが殺到しているのである。

 

 もちろん、幼い、しかも公爵令嬢であるマリーフェザーが夜にそのようなことをすることはできない。

 けれど、オリフィスとずっと一緒にいたいという可愛らしい想いから、市井の女たちと同じことをしたいと言い出したのだ。


「……では、すぐにご希望のものをご用意いたしますのでお待ち下さい」


 目が回るほど忙しいだろうに、最優先で対応してくれるようだ。

 ちらりと控えている側近に目をやったエルヴァントの思いを汲み取ってか、青年が小さく頷いた。マリーフェザーの笑顔には、相場以上の金を落とす価値があるのだ。


 マリーフェザー付きの侍女とあれではないこれではないと楽しげに話をしていた彼女は、満足そうに満面の笑みを浮かべていた。




 貴族街に居を構える公爵邸に戻ると、そこにはどこか不機嫌そうな顔をしたオリフィスとアーヴァントだったが、マリーフェザーの顔を見ると、パッと花が咲いたような笑みを浮かべた。

 あまりのにわかりやすい態度に、エルヴァントは吹き出しそうになった。


「オーリーさま、おまたせしてしまって、ごめんなさい」

「いいや、ちっとも待っていないよ」


 きらきらと輝く笑顔で出迎えたオリフィスはすでに変装を解いていた。

 

「あんなけイライラしていたのに、嘘つきだなぁ」


 アーヴァントがぽそりと呟いたが、浮かれるオリフィスの耳には届いていなかったようだ。


「お守り、お疲れ様」

「今度は僕たちも連れて行ってくださいね」

「はいはい」

「絶対、連れて行く気ないでしょ!」

「ま、時と場合による、かな」


 エルヴァントが愛おしげな顔で見つめる先では、マリーフェザーが顔を赤らめながらリボンをオリフィスに渡しているところだった。


「時期は少し早いのですが、オーリーさまとずっとずっと一緒にいられますようにって、いっしょうけいめい願いを込めてえらんだのです」

「フェザーからぼくに? 嬉しいな。ずっと大切にするね」


 マリーフェザーの髪の色に合わせ、銀糸を織り込んだベルベットに、琥珀の飾りをつけたリボンには、『離れていてもフィーのことを忘れないでね』という想いが込められている。

 対して、マリーフェザーが指先に巻いているのは、金糸を織り込んだベルベットに、ブルートパーズの飾りがついたリボンだ。オリフィスの髪と瞳の色と同じ色である。


「あ、あの……リボン同士をむすんでいいですか?」

「リボン同士を……?」

「ずっと、一緒にいられるようにと、この時期に民の間で流行っているおなじない、なのです……」

「もちろんだよ、フェザー!」


 恥ずかしそうに一生懸命言葉を紡ぐマリーフェザーは、とても可愛らしい。

 我慢できず、ふくふくとしたほっぺたに唇をそっと押し付けたオリフィスは、エルヴァントたちを一瞬、勝ち誇ったように見てから、マリーフェザーに向かって艶やかに笑んだ。


 幼いながらも独占欲は一人前にあるらしい。

 仮面夫婦になることはエルヴァントとしても望まないが、あからさまな独占欲は、あまり喜ばしいものではない。

 時として、行き過ぎた想いは、破滅へと導く場合があるからだ。


「フェザーが結んでくれる?」

「はっ、はい!」


 端と端が結ばれると、互いに微笑みあった。

 幸せそうな光景に、そっと見守っていた者たちからも笑みがこぼれ落ちる。

 エルヴァントの小さな懸念も、幼くも愛らしい言動の前には泡となって溶け消えていった。


 そんな中、口元は笑いながらも少し寂しそうな目をしていたアーヴァントに気づいたエルヴァントが、彼の手にリボンを握らせた。


「これは……?」

「我が家の天使からの贈り物だ。最近では、友情の証としても贈られるようだよ」


 かくいうエルヴァントもマリーフェザーからもらっていた。

 父たちの分も用意しているに違いない。

 好きな種類はいろいろある。

 けれど、ずっと一緒にいたいという想いは同じだ。


「僕は、もらってばっかりだ……」


 嬉しそうにサテンのリボンをなぞったアーヴァントは、そのあと、髪を結んでいる紐に触れた。

 エルヴァントは、その紐がマリーフェザーから贈られたことをもちろん知っていた。


「心優しい天使のために、茶会の準備でもしようかな」 

「では、僕も手伝います」


 それは、二人きりにさせてあげたいという配慮からだった。

 そっと部屋を出るエルヴァントたちの背に、和やかに会話を交わす二人の声が届いた。


(フィーと殿下がこの先も笑顔で一緒にいられますように)



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― 新着の感想 ―
[一言] 早く続きがみたいです!楽しみにしてます!
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