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sideロッティー ②


「お招きいただきありがとうございます」


 そこには、女神に等しい妖精姫――いや、マリーフェザーがいた。

 ロッティは、彼女の声にしばし酔いしれた。


(きっとこれが、天上の声というのだわ)


 鈴の音が転がるような可憐な声、ではない。

 教会の荘厳な雰囲気の中に響き渡る清廉な声音は、声を荒らげなくとも耳にすぅーっと届いた。きっと、雑踏の中でも、彼女の声だったら聞き分ける自信がロッティーにはあった。


「ああ、もぅっ。かたっくるしぃなぁ。もっと軽く行こうよ、軽く!」

 マリーフェザーの肩を気軽にポンッと叩いて、からりと笑ったはフェリエットだった。


(マリーフェザー先輩に気安く触れるなんてっ)

 一瞬、殺意が芽生える。

 いくら同じ教室で学ぶ者とはいえ、マリーフェザーに対する軽率な態度は見過ごせるわけがない。けれど、敬愛なるマリーフェザーの前で声を荒らげるわけにもいかず、ぐっと堪えた。


 そんな不穏な空気を察したのか、片眉を上げたフェリエットと視線が絡んだ。にんまりと笑った彼女は、マリーフェザーの腕を取ると、まるで自分の家の中のように休憩室へと向かった。

 その後ろを不機嫌そうな顔のドゥオリクが続いた。


「アレが、妖精姫……? 男のオレには、さっばりわかんねぇな」

「まだ偽りの姿なのよ。呪いから解き放たれた妖精姫を一目見たら、父さんなんて卒倒しちゃうんだから!」


 そうかい、と気の抜けた返事を返してくるハザックに、ほんの少し苛立ちが募った。

 妖精姫たる理由を知らずして妄信的になるのは嫌だが、一片の興味もないのも嫌だった。

 

「ほら、ぶすくれるな。せっかく……なんだ? 妖精姫? とやらに会えたんだろ。そろそろパンも焼き上がる頃なんじゃないか?」

「うん、そろそろいい頃かな」

「オレにも残しておけよ?」

「わかってるよ」


 ロッティーもパン作りが大好きだ。

 将来は、父の跡を継いで、二代目を名乗る予定である。まだ修行中の身ではあるが、時折、店に並ぶこともあるほど、父からはその腕前を認められている。

 今日は特に、憧れの妖精姫も口にするということもあり、気合が入っていた。

 本来なら大貴族である彼女が、平民の食べ物を口にするなんてことはないだろう。けれど、ロッティー自身を知りたいと思ってくれたマリーフェザーだったら、食べてくれる気がした。


 頃合いを見計らって窯から出来立てのパンを取り出した。

 ふっくらと小麦色のパンは、一口サイズ。その上に粉砂糖を振ったり、シロップにつけた果物を載せていく。銀の皿なんて高価なものはないので、木皿に盛りつていく。

 手のひらサイズのパンは、薄く切って、その間に採れたての野菜や肉などを挟んだ。

 どれも手軽に食べやすいように工夫されている。

 特に一口サイズのパンは、市の時に串に挿して売れば、歩きながら食べられると若い女の子から人気だったし、肉挾みパンはボリュームがあると男性に人気だった。


『ロロ、おめぇは天才だ! パン屋で菓子パンや食材パンをつくっちまうなんてな!』


 そう言って、ハザックは満足そうに笑った。


 けれどそれはロッティーの才ではない。

 王都ではそんなに珍しいものではないのだ。旅芸人から、美味しいパンの話を聞いたロッティーは、自分なりに手を加えただけだ。

 でも、我がことのように喜んでくれる父の姿が嬉しかったのは内緒だ。


 そんなロッティーが、王立フェゼリア学園へ入れたのは、縁あってのものだ。

 たまたま客として、学園の関係者がやって来て、その才能は、王立フェゼリア学園に相応しいと認めてくれたのだ。

 おかげでパン作りの知識をより深く学ぶことができているので感謝である。


 最も、王立フェゼリア学園への入学資格があるとはいえ、喜び勇んで了承したかというとそうではない。平民であるロッティーが、由緒正しき王立フェゼリア学園で学ぼうとは思わなかった。貴族が大半を占める中で、肩身が狭くなるのは目に見えてわかっていたからだ。


 興味なさげなロッティーを見越してか、彼は マリーフェザー・トゥオルク・ザ・ヴォールトも在籍していることを教えてくれた。

 とたん、速攻で行くことを決めたロッティーに、学園の関係者が笑っていたのは言うまでもない。


「あ、あの、お待ちせしましたっ」


 休憩室に入ると、母と和やかに言葉をかわす妖精姫の姿があった。

 髪の色を隠すように帽子の中へ入れられていたが、今はそれもない。きらきらと輝く長い銀糸の髪が、藍色の衣の上に広がっていた。


(フェリエット、いい趣味だわ! 落ち着いた色合いなのに、銀色が溶けて、とても綺麗。いいわ、いいわ、ものすごくいいわ!)


 心の中は興奮状態だが、表面上は恥ずかしそうにはにかむだけだ。


「ロッティーさんが作ったのでしょう? 楽しみですわ」


 ふんわりと嬉しそうに言われ、ロッティーの心臓は激しく鼓動を打った。


(生きててよかった! パンを作っていてよかった!)


 父さん、母さん、ありがとうと感謝を捧げた。

 感激で震えそうになるロッティーを察してか、朝見たときよりもおめかしをしたアーレンが、盆を取り上げると長机の上に置いた。


「よう……マリーフェザー様、うちの看板商品なんですよ。ロロは、昔からパンを作るのが好きで……ああ、まさか、公爵家のご令嬢が口にされるなんて……生きててよかった!」


 さすがに親子である。

 考えは一緒だった。


「大げさですわ。でも、見た目も可愛らしいし、食べやすそうですわね」

「一口サイズのは女子が好きそうだねぇ。ま、アタシは肉たっぷりの挾みパンがいいけどね! ……うまっ」


 神に祈りも捧げず、とっとと肉挟みパンを齧ったフェリエットは、幸せそうに頬を抑えた。


「……確かに、美味しい」


 思わず、といったように呟いたのはドゥオリクだ。

 こちらはしっかりと神に祈りを捧げたあとに、肉挟みパンを口にしていた。


「なぜかしら、パンに甘みがあるように感じますわ。学園のパンよりも美味しいですわね」


 お世辞とわかっていても、妖精姫から褒められるのは嬉しかった。

 出されたものを躊躇せずに口にしてくれた。


 小さな口でもぐもぐと味わうようにパンを食べていたマリーフェザーは、温かいお茶で喉を潤すと言った。


「お茶会に出すとしたら、花びらをあしらったらどうかしら?」

「は、花びら、ですか?」

「えぇー。花びらを食べるの!? それはないわー」

「俺はいい考えだと思います」


 ドゥオリクが真っ先に賛同した。


「貴族のお茶会では味だけでなく、見た目も大切でしょう? けれど、学園のお茶会では、独創性も大切だと思うの。食用の花びらもあるでしょう? それを使ったらどうかしら?」

「……面白い、かもしれません」


 まさに、目からウロコだった。

 食感を大事にするなら、揚げてもいいかもしれない。

 甘さを出すために、粉砂糖を振る?

 それとも、シロップ漬けにすべきか……。


 創作意欲がどんどん湧いてくる。


(さすが妖精姫だわ!)


 女主人に選ばれたときは絶望したが、フェリエットがマリーフェザーを導き役に選んでくれたと知って、その夜は一睡もできなかった。

 もともと嫌がらせのために選ばれたと思っていたから、お茶会に力を入れる気はなかったのだ。適当に終わらせればいいと思っていたが、今は違う。

 マリーフェザーとのお茶会を成功させたい!


(そうしたら、もっと妖精姫とお近づきになれるかしら)


 下心満載のロッティーとは反対に、マリーフェザーは言った。


「こんなに美味しいパンを作るロッティーさんのことをもっと多くの方に知っていただきたいですわ」


 その慈愛に満ちた言葉に、フェリエット以外の者が感銘を受けるのだった。


ロッティー視点が楽しくて、ついつい…。

次は、フェリエット視点の予定です。

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