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かなり久しぶりの投稿で申し訳ありません。

「いいお天気ですわね」

 御者の手を借り馬車から優雅に下りたマリーフェザーは、青空を見上げたあと、つばの広い帽子の向きを整えた。

 ルー・フェーン町は、王都に近いだけあって、旅人たちで多く賑わっていた。

 活気あふれる空気に、口元が緩む。

「おなかすいたーーーっ」

 ぴょんっと行儀悪く馬車から飛び降りたのは、フェリエットだった。

「お尻痛いし、最悪ー」

 ぶつくさ文句を言いつつも、数時間ぶりの地面を踏みしめて笑みが広がっていた。


 夜明けとともに学園を出発したおかげで、まだ陽も高く昇っていない。これならば、ゆっくりとこの町で過ごすことができるだろう。

 公爵家の家紋入りの馬車では目立つという理由で、ありふれた乗合馬車で移動してきたが、フェリットが不満を抱いているように乗り心地はよくなかった。いつもは、直接の振動を抑えるように柔らかなクッションや敷布で床や座席は覆われていた。また、今日の乗合馬車のようにガタガタと大きな音がすることもなかった。


 けれど、そんなことは、楽しさの前では些細なことだ。

 公爵家の馬車で移動していたときは、安全のため、そしてマリーフェザーの顔を隠すために、窓は閉められ、厚いカーテンがつけられていた。

 

 でも、今日は違った。

 窓を開け放し、景色の移り変わりや、フェリエットたちとの会話を楽しみながら進むことができたのだ。


(ふふっ、まだドキドキしていますわ)


 興奮しているのかもしれない。

 学園に入ってから、公爵家のある領地へ戻る以外に外出することはなかったからだ。


「フィー様、疲れていませんか? どこかで休憩しますか?」

 馬車から下りてきたドゥオリクが、心配そうに覗き込んできた。

「ええ、問題ございませんわ」

 マリーフェザー付きの侍女や護衛は、目立たないように周囲に溶け込んでいた。学園の者たちだけで楽しみたい、という彼女の想いを尊重してくれたのだ。


 もちろん、公爵令嬢たるマリーフェザーに傷一つでもつけられたら、それこそ大事とになってしまうから、警備自体は厳重だった。

 長い滞在でもないし、お忍びでもあるので、マリーフェザーとしては二人ばかりの護衛でよかったのだが、ミーファはよしとしなかった。

 きっと、かすり傷でさえ、マリーフェザーの体に傷をつけるものか、と思っているのだろう。


(お兄様やお父様方も、いまさら、私に傷が増えたところで、なにも言わないと思いますけれど……)


「ちょっとぉ、なんでマリーフェザー先輩だけに聞くのよ。アタシたちもか弱い女の子なんだけど?」

「……フィー様、あっちが、ロッティー・パーンスの家です。俺がご案内しますね!」

「くっ。この場にメルザ先輩がいてくれたらっ」


 無視された形のフェリエットは、悔しげに地団駄を踏んだ。

 メルザは残念ながら、家の用事があるため、一緒に来ることができなかったのだ。


『お父様とお母様のことを今日ほどお恨み申し上げたことはございませんわ。せっかく、フィー様とご一緒できる機会たというのに。神様は意地悪ですわ』


 潤んだ丸い目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。

 そのあと、マリーフェザーの手をぎゅっと握って、次は我が屋敷へいらしてくださいね、と約束を取り付けることは忘れなかった。


「あー、なんか、見たことあるような景色……? どこだっけかな」

 マリーフェザーとドゥオリクの後ろをのんびりと歩いていたフェリエットが、ううーんっと唸りだした。

 市井の者たちが着るような藍色の落ち着いたワンピース姿のマリーフェザーとは逆に、明るい橙色のワンピースに大きな花を散らしたフェリエットは、赤茶の髪をお下げにした活発な印象を与える格好だ。元気なフェリエットによく似合っている。

 彼女の商家で、この時期に売り出した物らしく、宣伝も込めて着ているのだという。

 かくいうマリーフェザーのワンピースも、彼女のお店の物だ。とはいえ、公爵令嬢が着用するからと、ミーファが生地から選んだ特注品ではあるが。


「あ!」

 突然の大声に、驚いたマリーフェザーが足を止めると、つられてドゥオリクも立ち止まった。

 マリーフェザーの心を乱したのが嫌なのか、ドゥオリクは迷惑そうな顔を隠しもせずに振り返ってフェリエットに視線をやった。

 けれどフェリエットは冷たい視線など気づきもせず、「うわー、うわーっ」と混乱したように顔を覆っていた。


「フェリエットさん……?」

 心配そうに近づいたマリーフェザーがそっと肩に手を置いて宥めると、「マリーフェザーせんぱぃぃぃ」と情けない声が。

「どうなさいましたの?」

「ぅ……いや、あの……」

 両手を離したフェリエットは、言いにくそうに言葉を濁した。

「まぁ、うん……この町も広いし……」

「? ええ、そうですわね」

「そう、そうなのよっ!」

 がしっとマリーフェザーの手を掴んだフェリエットは、必死の様相で告げた。

「所詮、シナリオよ。偶然会うわけがない! そうでしょ!?」

「え? ええ……?」

 半分も理解できず曖昧なまま頷いたマリーフェザーに、ちょっと落ち着いた様子のフェリエットが、大きく息をついた。


「ま、行かなきゃいい話だしね」




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