日常:「不採用」
人嫌いなオレにしては珍しく、ガリウスとは長い付き合いだ。
スラムで暴力や汚い仕事に明け暮れていたオレをバスターとしてスカウトしたのもガリウス。
最初は何度かその誘いを断ったが、あいつは全く手を引かなかった。
あんまりにもしつけぇもんだから一発ぶん殴ってやろうとした。したけどできなかった。
それまで何人もの命を葬ってきた拳。オレが信じられる全てだったその拳をガリウスは身じろぎ一つせず、片手で止めやがった。
「キミがいるべき場所はここではない。」
一言だけオレに告げてその日は帰っていった。
不思議なことなんだが、オレはその言葉を信じたくなったんだ。
腐りきったスラムの街、自分以外はすべて敵という世界を生きてきたオレにとって、ガリウスは明らかに他の大人とは違って見えた。
汚れた街を走り、スラムには似つかわしくない輝く金髪と、風格を放つ大きな背中を探した。
「やってやるよ、バスター。オレがいねぇとダメなんだろ。」
「ははっ!そこまでは言ってないぞ。」
ガリウスのゴツゴツした手がオレの銀髪をくしゃくしゃにした。
それ以来、クエスト以外にも生活を支える部分でガリウスはオレを助けてくれている。
親友…とか恩人とか言ったら気持ちわりぃけど、オレにとって良き理解者って具合の間柄なのは確かだ。
だからなおさら
「意味がわかんねぇんだけど…?」
「だから、ここにいるエゼットちゃんをクエストに連れて行って、経験を積ませてやって欲しいのさ。」
「わかんねぇのはそこじゃねぇ!なんでオレが新人のお守りなんざしなきゃなんねぇんだよ!?」
オレが基本的に他人を信用しないのはこいつもよくわかってるはずだ。
新人バスターがたくさんいるなら中堅バスターも大勢いる。なんでその中でもオレが選ばれた!?
「そりゃまぁ、お前の経験のためってところが大きいよな。」
「あ゛ぁ!?」
オレの経験だァ!?
「お前は実力は確かだ。だったらその力を他の人間にも還元できるようにならないといけないよな。バスターにおいてはクエストだけじゃなく、後進の育成も世界のために働くってことになるわけよ。」
オレのためじゃねーじゃん。
「まぁ聞けよ。ずばり言えばお前は社会性が無さすぎる。ヒトってのはな、誰かと関わらずには生きられない動物なんだよ。育ってきた環境が特殊すぎるから仕方ない部分もあるが…。お前も少しずつ人並みにコミュニケーションをとれるようにだな…。」
「うっぜぇ。大きなお世話だっつの。」
説教になると話がなげぇんだよな。聞こえないフリだこういうときは。
「あの、わたし、お邪魔ですか…?」
それまで黙っていた女がぽそりと呟いた。
栗色のキレイな長髪が窓から差す日差しに照らされて輝いている。
悲しそうな顔してんじゃねーよ、やりづれぇな。
「はぁー、アンタ、なにができんの?」
ため息まじりに聞いてやる。形だけの面接だ。
「基本的な攻撃魔法は一通り…。」
なんだ、魔術師なのかコイツ。魔術師とは相棒を組んだことがねぇから使い勝手がわからん。よし、
「不採用。」
さぁ終わり。メシ食いに行くか。
「待ってください!料理とかお掃除もある程度は…!」
女が泣きそうな声で言う。
クエストとは関係ないだろ。無視だ無視。
「おい、待てレイジ!いくらなんでもそれは酷すぎるぞ!」
飛び出した応接室からガリウスの声が聞こえたがもう知らん。
オレは一人でも生きていける動物なんです。ヒトとは違うんでーす。
この後応接室で交わされた会話を知っていれば、事がこじれることもなかったろうに。
本部を出たオレは街から離れたところにある湖に向かった。
気に入らないことがあった日は必ずここに来るのだ。
湖…と呼べるのだろうか。かなり底が浅く、あるいて渡れない場所はない。
でも「水たまり」と呼ぶにはあまりにももったいない。
薄い水面に空が反射して、晴れた日には青空の中を漂っているような、幻想的な感覚になれる。
もうすっかり日が暮れて、視界のすべてが夕焼け色に染まっていた。
オレは湖を眺めるんでなく、横たわる。服が、髪が濡れるのも気にならない。
一面の橙色に身を任せ、一つになる。
自分という存在が消えてしまったかのような。ここではない別の世界をさまよっているかのような。
どこか現実離れした情景が、嫌なことをすべて忘れさせてくれる。
やがてこの意識も溶けるように消えていく…。