謝女~シャーマンレディー~
タイトルは某漫画のオマージュです。
ついでに土下座警察がいたらごめんなさい(全裸土下座しつつ)。
「ママ、ごめんなさい!」
「ええと……その……」
色々ありすぎて硬直しかけた渚だが、優先順位が高いことから1つずつ確認・解決すべきだとすぐ思い直す。
まずは全裸土下座少女を警戒しつつ、ベッド上で横になっている兄一のもとへ。
「兄さん、大丈夫!? 兄さん!」
「パパは私と頭をぶつけて軽い脳……脳……えーと、何て言うんだっけ……脳震……盪? を起こしただけだから心配いらないわ……じゃなくて……心配いりません」
全裸土下座少女の言葉を鵜呑みにするつもりはない渚は、兄一の体全体を調査して裏付けをとる。
たしかに外傷は頭のタンコブだけだし、精神異常系の魔法や毒もかけられていないようだ。
これなら数分のうちに目を覚ますだろう。
念のため【回復の魔法】を兄一に施したうえで、土下座した少女に向き直る。
本来であればこちらの世界の人前で魔法を見せるべきではないが、全裸土下座少女はその現れ方からして普通ではないから問題ないだろう。
まあ、異世界召喚された結果、普通でなくなった自分が言えた義理ではないが。
「さて、じゃあ君が何者か、どういう目的があって侵入してきたのか説明してもらうよ」
渚は完全な少女の外見でありながら、中性的な口調、そして凛とした態度で謎の少女に問いかける。
「(ビクッ)ひうっ!?」
「まずは顔を見せてもらうよ。頭を上げてくれない?」
「ごめんなさい!」
とは言え、この時点でかなりの警戒を解いていた。
その理由は少女の土下座の姿勢にある。
まず伏した額だ。
素人は額を地面にこすりつけるものと勘違いしがちだが、彼女は床から1センチほどの高さでしっかりと固定している。
次に注目すべきは床についた掌が綺麗なハの字を描いているところだろう。
もちろん背中は謝罪する者がもっとも流麗に見える角度をしっかり保って曲線を描いている。
渚と同じくらい長い髪の毛も、見苦しく放射状を描くように垂れることなく、まっすぐ後ろに流している。
そして。
「もう1度言うよ。頭を上げて」
「許してもらうまで頭を上げれません!」
これで2回目。
「いいから。僕は顔を上げてって言ってるんだよ」
「はい」
頭を上げる許可を出しても2回拒み、3度目で受け入れる。
作法も完璧だ。
最後に全裸だ。
土下座する際に全裸になるということは、自分が武器を隠し持っていない――すなわち敵意を持っておらず、
自分が身に着けた防具をすべて外す――すなわちどんな攻撃も甘んじて受けますという、究極の降伏スタイル。
その基本にして境地を会得していることは、それだけで評価に値する。
惜しむらくは、慌てていたのか脱いだ衣類の折り畳み方が甘いことだが、それでも彼女の年齢を考えれば十分許容範囲と言える。
なるほど。ぱっと見は小学生低学年、10歳ぐらいであるにもかかわらず、こうも誠実で謝意に満ちた全裸土下座をできる人間に悪い者はいないだろう。
おそらく兄一にタンコブを作ったのは、不慮の事故によるものだろう。
……まあ、だからと言って兄一に肉体的苦痛を与えた報いそのものは与えなければいけないか。
そんな渚の緩んだ警戒心は、彼女の顔を見ることで再び高まった。
「君……その顔は……」
腰まで伸ばした漆黒の夜を垂らしたような深い黒髪。
黒水晶のような美しい光沢を放つ瞳。
朝露を称えた薔薇のように瑞々しい唇。
端的に言うと、女性体の渚にあまりに似すぎていたのだ。
仮にいまの渚を7~8歳ほど若返らせれば、彼女と酷似した顔になるだろう。
もちろん“酷似”であって瓜二つではない。
例えば謎の少女の頭頂部には、一房くせっ毛が立っている。
目つきも渚が切れ長なのに対して、彼女の眼尻は若干緩んでいて、悪く言えば頭が悪そうに見える。
さらに口元には小さな牙のように可愛らしい八重歯が生えている。
これら彼女を構成する独自の要素は、美という観点においては渚より一回り劣る印象を与えるものの(それでも十分美少女と言える)、逆に親しみ易さという点では勝っていると言える。
それにしても、そのアホ毛や締まりのない表情、口元の八重歯はどこかで見たことが……と言うより頻繁に見ているような気が……。
そこではたと気付く。
『“ママ”、ごめんなさい!』『“パパ”は私と頭をぶつけて~』
渚は記憶している自身の女性体の顔と少女の顔を比べ、次いでアホ毛が生えていて目尻がだらしなく、さらに犬歯が生えている兄の気絶した顔を見やる。
「もしかして、君は僕と兄さんの子供……なの?」
「ち、ちちちち違うわよマ……じゃなくて名も知らぬお姉さん! わ、私は貴女のことも、そこで倒れているパパのことも知らないんだからね!」
ああ、この動揺したら八重歯で唇を噛む仕草は兄にそっくりだ。
渚は高揚していく気分を抑えつつ、さらに問いかける。
「分かった、じゃあ質問を変えるよ。どうやってこの“時間”に来たの?」
「つい最近目覚めた私のSランク固有スキル【時渡り】を使って……なんてのは真っ赤な嘘だから本気にしないで」
よくよく聞けば、声の質も幼いながら、どこか自分に似通っている。
渚は胸の奥が温かくなるのを抑え、最後の質問をする。
「何が目的で僕たちのところに来たの?」
「未来のママから過去のママ……じゃなく名前も知らないお姉さんに『コレ』を渡してくれって頼まれたから届けにきたの」
少女は全裸であるにも関わらず、どこからともなく小さな金属を取り出す。
恐らく彼女もアイテムボックスの能力を所持しているのだろう。
そうして差し出されたのは、渚にとっては見覚えのある指輪だった。
おかしい。
謎(笑)の少女の出番はあくまでも今回のパートの導入でしかないのに、妙に尺を取られている……。




