第一部エピローグ
それからどのくらいの時間そうしていただろう。
互いを抱きしめ合うだけで何もせず、ただただ流れる優しい時間。
その沈黙を打ち破ったのは、渚のポケットに入っていたスマートフォンだった。
「栖光さんからだ。僕に花嫁役のモデルを頼みたいけどどうかな? だって」
「はぁ? 何で直接お前に話が来るんだ? ……ああ、いや、そうか」
最初、スピーカーが俺にモデルの話を持ってきたのは、目をつけた“沙凪ちゃん”と面識が無い為、俺に繫ぎをつけてもらおうとしたからだ。
しかし、渚が男から女の子になったことにより、スピーカーの認識は昨晩スーパーで出会った少女が渚であるという風にすり替わる。
そしてスピーカーは、モデルを頼もうとしていた相手は沙凪ちゃんじゃなく、最初から渚だったと思い込む。
後はまあ、クラスメイトかつ女同士。わざわざ俺を間に入れなくても直接交渉に出たった訳だ。
「とりあえず、直接話して断ってくるね」
と、スマホを手に自室へと戻る渚。
――それから十分少々。
「花嫁のモデルの件、引き受ける事にしたよ」
「はあ? な、なな、何で!? さっきは断るって言ったじゃないか!」
不意に目の前が真っ暗になり、足元がガラガラと崩れて転げ落ちる錯覚に見舞われる。
その光の差さない谷底から俺を助け出したのは、これまた渚の言葉だった。
「うん、僕もそのつもりだったけど、『栖光さんが新郎役のモデルは兄さんに頼むつもり』って言ったから、二人ともOKだよ、って返事しちゃった」
いや、イタズラっぽくぺろっと舌を出して事後報告を告げられても。
……その後、渚から聞いた話によると、スピーカーの叔父さんは、イマイチ自分に自信の無い男性を客層にして、『美女とフツメン』というコンセプトのパンフレットを作成したいとのこと。
だから俺と渚をセットでモデルにしたい、との事だ。
「まあ、俺としては面倒だからやりたいくないけど、お前が受けちゃった以上、断る訳にいかないよな。あー、面倒臭い」
「兄さん、言葉と表情が合ってないよ」
呆れつつも楽しそうな渚を見て、俺も同じような感情を抱いてるんだろうな、と思う。
さて、今日は機嫌もいいし、モデルのバイト代も入るだろうから、晩飯は奮発して記念級の料理でも作ろうと決めた。
――その夜、俺は夢を見た。
教会とは思えないほど煌びやかな会場で、ウエディングドレスを着た渚の隣に並び立つという内容だ。
鳴り響くチャペルの音色、周囲からの祝福。俺の瞳に映る花嫁の美しさ。
彼女からふわりと漂う薔薇のような香りに、誓いの言葉を紡いだ後の、彼女の唇の柔らかさ。
五感に直接訴えかけるリアリティは、夢でありながら夢と思えぬほどの鮮やかさで、俺が見ているのは予知夢だろうと、寝ながらにして実感する。
果たして、今体感している光景は、数日後に行う新婚モデルの場面だろうか。
あるいはもっと先――“本物”の結婚式の幻視だろうか。
――今の時点では知る由の無いことだが、数日後、新婚モデルとして撮影された渚が着ていたウエディングドレスの形は、この予知夢で見たものとは違っていたとだけ言っておこう。
~第一部:完~
この度は、本作をお読みいただきありがとうございます。
さて、まことに勝手でありますが、本日更新分をもって一度完結扱いにさせていただく事を報告いたします。
これまで勢いやリビドーの赴くまま、ほぼノープロットで書き連ねてきた本作でありますが、書けば書くほど私自身が『本当にこの内容が面白いのか? 本当にこの文章で楽しんでもらえるか?』が分からなくなって来ました。
感覚的には、同じ文字を延々書くことによって起こるゲシュタルト崩壊(この字の形って本当にこうだっけ?)に近いものがあります。
それ故、このまま書き進めていても自分自身で作品の完成度に納得できず、伏線がまだいくつか残っている現状でありますが、ここで一度筆を休めて、その間にプロットの改めての作成(細部のネタ出し)および、文章力の強化等を行いたいと思っております。
私自身が上記に納得して、本作の続きを書きに戻ってくるのがいつになるか分からない事は、本作を読んで下さってる方に大変申し訳なく思いますが、何卒ご了承のほどお願い致します。
以上、失礼致します。




