ホームルーム前の日常
「あ、そう言えば先輩、昨日の昼前に駅前広場にいませんでした?」
「どういうことでしょう?」
たおやかに微笑みながら小首を傾げる、自称サキュバス先輩。
うーん、この様子を見る限り心当たりが無さそうだし、俺の勘違いだったのかなあ。
「ああ、すいません。何でもないので忘れてください」
その後いくらか世間話をしてから、先輩と別れて教室へと向かった。
「うーす」
誰を対象にしたのでもない適当な挨拶をして、自分の席につく。
「おはよー、兄一クゥゥゥン」
「“待”ってたぜェ!! お前が来るこの“瞬間”をよォ!!」
「ちょーっと僕たちとお話しない?」
複数の同級生が笑みを浮かべて俺の机を取り囲む。
おお、まるで渚(♂)のハーレムみたいだな。
……たとえアイツを取り囲んでるのが女の子で、俺を逃がすまいと包囲しているのは野郎共という、決して越えられない壁があるものの。
……たとえ笑みを浮かべる野郎共が額に青筋を浮かべて、“ビキビキッ”とか“!?”とかを背景に浮かべているとしても。
「さぁぁて、早速だけど、この子の事を説明してもらうか?」
同級生の一人がスマホの画面を見せてくる。
そこに映っているのは、もう何度目かになる、俺とワンピース服渚(♀)の、スーパーでの買い物画面だ。
渚が男になってる現在、認識阻害っぽい何か……ええい、もう普通に“認識阻害”でいいや……が働いて、写真に写る少女が渚であることをコイツ等は認識できない。
コイツ等の脳内ではただ単に『俺と女の子が買い物している写真』として解釈されるはずなんだが、それでもこうして詰問してくるのはどうかと思う。
逆に言えば“見知らぬ女の子”だからこそ、この程度で済んでるんだろうけど。
「お前が女の子と一緒に買い物してるだけで有罪だからな」
『のび太のくせに生意気だ!』ぐらい理不尽なセリフだな、オイ!
いやまあ、コイツ等の誰かが同じような事してたら、俺も同じように思うんだろうけど。
「とにかく落ち着けお前ら。さっきスピーカーにも説明したが、その子は単なる従妹だよ」
『それで?』と全く引き下がる気を見せない野郎共。
考えてみれば、妹とベタベタしていただけで襲い掛かってくるような連中だから、親族うんぬんに関係なく、相手が美少女というだけで納得できないんだろう。
「お前らは忘れてるみたいだが、俺の従妹っていうことは、渚の従妹ってことでもあるんだぞ。あとは……分かるな?」
「なんだ、このコもやっぱり渚君の事が好きなのかよ」
「渚クンじゃ仕方ないか。俺等とはレベルが違うもんな」
「ああ。嫉妬する気すら起きないわ」
「よーし、解散~」
渚(♂)を利用として、俺と渚(♀)との疑惑を晴らす。
俺みたいなフツメンと美少女が親しくするならともかく、美男美女の組み合わせだったら、さすがにコイツ等も納得せざるを得ないだろ。
その後ホームルームが始まる寸前、通学路で俺の事をディスった女子生徒がやってきた。
彼女が教室に足を踏み入れたと同時、渚が再び無表情となったことで、事情を知らない連中――特に女子は何があったのかを察する。
「兄一先輩、先ほどはすいませんでした」
「ん、あ、ああ。気にするな」
彼女がそのまま俺の方へまっすぐやって来て、謝罪の言葉を口にして頭を下げ、俺がそれを受け入れたところで、ようやく渚から険がとれる。
そして俯いたまま渚にも謝罪をし、教室を後にする少女。
彼女と入れ替わりに、短髪猫目のそこそこ美少女が入って来て、俺の真後ろの席に座った。
「悪い、手間取らせたな、スピーカー」
「まったくよ。あのテの子に教育するのはホント疲れるわ」
スピーカー曰く、何で渚が怒ったかを、彼女はなかなか理解できなかったらしい。
しかも理解したらしたで、渚の機嫌を損ねた――嫌われた事実に青ざめ、すぐさま渚に謝りに行こうとしたとのこと。
「そんなことしたら、渚君が『謝る相手が違うんじゃない?』って余計機嫌を損ねるだけって、分からないもんかしら」
やっぱり真っ先に俺に謝ったのも、お前の仕込みだったのか。
「ちゃんとした誠意と謝意が無きゃ、そこを自然に考えれないからな。むしろ傍若無人を絵に描いたようなお前がそういう所をしっかりしてるのが意外だし感心したぞ」
コレだからスピーカーにイラつくことはあっても、憎めないんだよな。
「さて、と。これでアンタに貸し一つ……と言う訳で早速返してもらいたいんだけど」
「感心したそばからソレかよ。まあいい、とりあえず言ってみろ」
スピーカーの要望は、従妹の沙凪ちゃんを紹介して欲しい、との事だった。
何でもコイツの叔父さんから、とあるパンフレットのモデルを探しを頼まれたらしく、その美少女度から沙凪(渚♀)に目をつけたらしい。
そのモデルの内容を聞いた俺は、今の季節のように爽やかな笑顔を浮かべてこう言った。
「だが断る。その代わり、渚……じゃなく沙凪ちゃんにも引けを取らない美少女を紹介してやる」
――ドガン。
その瞬間、教室内に激しい音が響き、クラス一同の注目を集めた。
何事かと目を向けたところ、渚が机に拳を叩きつけ、恨みがましい目で俺をジトッと睨んでいる。
い、いや、違うんだ。これには訳があるんだよ!
今の時代に【!?】というネタが通じるかどうか。




