兄一コレクションと対戦ゲーム(前編)
「どうしたの兄さん? 血相変えて僕を呼んだりして?」
ややあって渚がやってきた。
ちなみに今は男の姿になっている。
爽やかな面貌に加え、高身長と見苦しくないほどに付いた筋肉。
同じ男として負けるどころか、競い合いを考えることすら無駄と思わせる、彫像のごとく完成された容姿。
つまり何が言いたいかと言うと、部屋着のクソダサイ灰色のスウェットですら恰好よく着こなすのは反則だと思う。
ああいや、いまはそんなことはいい、それより“コレ”だ、“コレ”!
「オイ、ちょっとこっちに来てこれを見ろ!」
俺はキャスター付きの椅子ごと振り返り、人差し指でなく中指で指招きをする。
それだけでも俺がどれくらい怒ってるか分かるだろ?
「兄さん、何……ッ!?」
渚は俺を凝視し、驚きに目を見開いたかと思うと、いきなり変身を始めた。
短めの茶髪じみた頭髪が、漆黒に変化して腰まで伸びる。
顔のパーツは美形という絶対条件だけがそのままに、輪郭や目鼻の形から、眉やらまつ毛の長さまで、すべてが変わっていく。
180センチの身長が20センチ近く縮み、喉仏が消え失せ、顔やむき出しになっている手足の肌が白く、きめ細かく変わる。
だぼだぼのスウェットでは分かりづらいが、胸は膨らみ、体全体が丸みを帯びる。
上と同色、灰色のズボンに隠れて見えないが、おそらく男のシンボルも消え失せ、女の子のアレになっているんだろう。
――と、ここまでの変化がほぼ一瞬で行われた。
「いきなり女になってどういうつもりだ?」
しかし、渚の突発的な行動は止まらなかった。
おもむろにポケットからスマホを取り出し、俺の股間に向けてパシャパシャと撮影を始めやがった。
「お、おい何やってんだ!? やめろバカ!」
とある事情により、俺の下半身はむき出し状態になっている。
とどのつまり、渚のヤツは俺の股間のゾウさんの写真を撮りやがったんだ。
「ハァハァ……兄さんの……象さん、すごく……小さくて可愛くて……もう僕……ッッ!」
「やめろコラ!」
「はあっ……はあっ……ふうっ……あ、ああっ、返してよ!」
俺は渚が不自然に痙攣した隙に、その手からスマホを奪い取る。
――客観的に見れば、下半身丸出しの男がか弱い女の子に襲い掛かっている最悪の絵ヅラだよな、なんて悲しいことを考えながら。
「うぅ……せっかく女の感性でベストショットを撮るために変身までしたってのに、酷いよ」
こいつは何を言っているんだ?
「酷いのはお前の方だろ。いくら下半身を晒していたとしても、普通写真を撮ろうとするか? しかもお前からすれば、同じ男のブツを、だぞ?」
「うぅ……今は女の子だから、異性だもん」
「お前なあ……」
呆れながらトランクスを上げ、ズボンも穿く。
羞恥心云々というより、さっきからギラギラした渚の視線が俺の股間をロックオンしてて怖いんだよ……可愛い女の子に象さんを凝視されることに少し興奮している自分自身が。
「うう……てっきりソレのお礼として、兄さんも恥ずかしい写真をプレゼントしてくれたと思ったのに」
渚がパソコンのディスプレイを指さす。
ドタバタしてすっかり失念してたが、もともとコレを責めるつもりで渚を呼んだんだった。
怒りのテンションは維持できなくなったが、それで渚が犯した罪も消える訳ではない。
俺は不機嫌を隠さない口調で言った。
「なあ渚。これは何だ?」
「何って、僕のエッチな写真だけど?」
そう。俺のDドライブの中には、いつの間にかあられもない恰好をした渚の画像データが複数存在していた。
もちろん映ってる姿は女の子バージョンだ。
もしこれが男の渚のエロ画像だったら、今頃俺はハードディスクを叩き壊してただろう。
「なんでこんなことをしたかについては、今は問わない」
理由は大体想像がつく。
俺は先日、女体化能力を手に入れたせいでストレスを溜め込み、日に日に弱っていく渚を何とかしようと、正式に『その能力を使って俺をからかっていいぞ』と許可を出したからだろう。
だから、レオタード姿の黒髪美少女が、お尻をこちらに向けて股間部分を見えそうで見えないくらいにずらしている写真とか。
バニースーツを着て胸元に人参を差し込み、艶のある表情でその人参を舐めている写真とか。
透け透けのベビードールを纏ってベッドの上に寝転び、くねらせた太ももと腋を強調している写真とか。
そんな、被写体が男心が分かるおかげで、乳首やアソコの解禁が無いにも関わらず、超エロく仕上がっている画像データを俺のパソコンに忍び込ませたうえで、
『使いたいなら使ってもいいよ。その代わり、兄さんは弟でイッた男……ブラザーファッカーとして十字架を背負って生きていかなきゃいけないけどね』
と言わんばかりの、体を張った逆セクハラをしてくるのはまあ、許そう。
だけどな。
「何で元からこのDドライブにあった……俺が今まで必至で集めたエロ画像を全部消してるんだよ! これが人間のやることかよおおおお!」
そう。
これこそ渚が触れてしまった禁忌。犯してしまった大罪だ。
俺とて健全な男子高校生だから、普通に生活しているだけで色々と溜まる。
だから自分で性欲処理しようと、下半身をむき出してスタンバイしたにも関わらず、オカズを奪われたことに気づいたら頭に来るだろ?
しかも微妙にムカつくのが、厳選した兄一コレクションの女性より、Dドライブを占拠してる渚の方が魅力的に思えて仕方ないことだが……うん、そこは考えないようにしよう。
「ううん、本当は画像データを消したかったけど、さすがにそれは自粛したよ」
「つまりデータは無事なんだな? メモリースティックか何かに兄一コレクションを拉致監禁してるってことか?」
「もちろん簡単に返す気は無い……って言いたいところだけど、交換条件でどう?」
渚の視線が、俺の手に握られたままのスマホ……正しくは俺の象さんの画像データへと動いた。
先ほどランキングを見たら、ジャンル別日間ランキング:コメディー(文芸)4位として、トップページに拙作の名前があってびびりました。
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嬉しかったので記念に超高校級のファラオ目当てで10連ガチャを回したら、すり抜けハムがお中元として届きました。