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指切り(げんまんではない)

次エピソード導入部分を書いてたら、筆が乗ってそれだけで1話分になったので、予定変更して今日も更新。


つ、次こそ更新を休むんだからねっ!


土曜日の夕方。

俺と渚が二人で晩メシの支度をしていたときの話だ。


「兄さんはこの前、アルバイトしたいって言ってたよね?」

「ああ、テスト勉強が忙しくてすっかり忘れてた」


けどまあ、その甲斐があって、それなりの点数が取れそうな目途がついた。


「実はいいアルバイトがあるから紹介しようと思ったんだけど、どうかな?」

「お前、俺がバイトするのは反対だったんじゃないのか?」


視線を手元の包丁に落としたまま、渚の方を見ずに問いかける。

包丁を扱っている最中によそ見をするのは危ないとか言う以前に、コイツの服装が色々とアレなんだよ。


黒のタンクトップとショートパンツ。

初夏に差し掛かった現在、一見ラフで活動的な部屋着スタイルを纏った長い黒髪の少女。

そこに料理支度の為にエプロンをつけたらどうなると思う?


パッと見、裸エプロンに見えて心臓に悪すぎるんだよ。


しかもコイツの外見は、職人が丹精込めて作った日本人形を等身大にしたような、清楚な大和撫子。

そういう品のあるお嬢様みたいな美少女が、(疑似)裸エプロンなんてエロい恰好をしてたら、そのギャップにムラっと来てしまう。


しかも薄着なもんだから、渚の肌から直接漂う花のような香りも、いつもに比べて増し増しな訳で。


ちょっと気を抜けば、手を出してしまいそうだから困る。


ホント、こいつも体は女の子でも中身は男なんだから、他の男から自分がどう見えるかを少しは考えて欲しい。


いや、あるいはそれを分かったうえで、俺を誘ってるとか――。


「……さん、兄さん!」


と、そこで渚に手を握られて我に返る。


「ん?あ、ああ。どうした?」

「どうしたじゃないよ! 指まで切ってるじゃない!」

「へ? うおおおおおおっ!?」


いつの間にか、まな板と千切りにしていたキャベツが鮮血で染まっていた。

そして一瞬遅れて、切れた指が火傷したかのような熱を持ち始める。


「や、ヤバいこれ、かなり深くいってないか?」

「ちょ、ちょっと待ってて。さすがにこの状況じゃ隠してる訳にいかないし、回復魔……」


渚が何か言ってるが、深手を負ったショックで聞き取れない。


「あと少しで完治……そうだ! どうせなら傷を薄皮一枚切った程度だけ残して……」

「ぐおおおお、指が痛た……くない?」

「ちょっと血が出たみたいだけど、傷は全然深くないみたいだよ」


あれ?

セントヘレンズが大噴火したかのように、指から血がドバドバ流れてたはずなんだけど、気のせい……だったのか?

けど、包丁も指先も真っ赤っかだし。


でも、実際に痛みを全く感じないし、今は血もほとんど止まってるし……どうなってるんだ?


恐る恐る指先を水で洗い流してみたところ、綺麗になった指先から、じわりと血が滲んでくる程度の、ほんのかすり傷レベルの切り傷だった。


状況の不可解さに、頭にクエスチョンマークを浮かべた俺だが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。


「んむっ……ちゅ……」


渚が俺の指をくわえ、傷口を舐め始めたからだ。


「お、おい渚……」

「あむっ……れろっ……」


裸エプロンもどきの可愛い女の子に、指をしゃぶられる。

しかも丹念に、ねっとりと。

流水で冷えた指先が、渚の口粘膜で温まっていくのが心地よ過ぎて怖い(・・)


厚手のジーンズを穿いてるおかげで目立たないが、俺の股間の象さんは元気いっぱい。

鼻先が少し湿り始めている。


――ピピピピ、ピピピピ。


「あ! も、もう大丈夫だから、傷テープを取って来てくれないか?」

「あんっ!?」


キッチンタイマーの音で我に返った俺は、慌てて指を引っこ抜いて指示を出す。

つうか、色っぽい声を出すな。


「いや、でもまだ血が滲んでるから、もう少し、もう少しだけ……」

「ああ、いいや。自分で取ってくるわ」


未だ粘る渚に見切りをつけて、自分で何とかしようと、薬箱を置いてあるリビングの方に足を向けたが。


「薬箱に傷テープが入って無いな」

「切らしてたのかな? たしか僕の部屋にも使ってないのがあったはずだから、ちょっと取ってくるね」


と言い残して、ぱたぱたと去っていく渚。


そして一人ぽつんと取り残された俺だったが、傷口からまた血が滲み出てきた。


もう一度水で洗い流そうと、蛇口をひねって渚の唾液が付着した(・・・・・・・)指先を伸ばす。


――ゴクリ。


「やっぱり傷の消毒は、水より唾の方がいいよな」


言い訳がましい独り言を口走ってしまったけど、唾液には殺菌力があると言うからな。


だから渚も俺の指を舐めてくれたんだろうし、まだ血が出てるってことは、唾液の量が足りずに消毒不足ってことだ。


傷口が化膿しないようにここはひとつ、渚の唾液を洗い流すよりも、この状態でさらに指を舐めて唾液をもっとつけなきゃいけないよな。


で、ここには俺一人だし、自分の指を舐めるのはやっぱ自分が一番いいだろうしな。

うん、決して下心で渚の唾液を味わいたい訳じゃなく、純粋に傷の治療のためなんだからな。


……視界の隅で、救急箱から消毒液が『やあ』と顔を見せている気がするが、きっと目の錯覚だ。


てな訳で、早速パクリ。


いつぞや渚と間接キスしたときはソーセージごとだったが、今回は純粋に唾液のみの味を堪能することができる。


自分の指の若干しょっぱい味も混じるような気もするが、それはノーカンだ、ノーカン。


しかし、こうしてほんの少しだけ生っぽい以外は全般的にフルーティーな味わいを堪能してると、まるで渚とディープキスしているような錯覚を覚える。


いつの間にか俺は、脳内妄想を補完するために、目をつぶって余計な視覚情報をカットし、そういうシーン(・・・・・・・)を妄想していた。


こうしていると渚の()だけでなく、息遣いや気配まで感じるような気がする。

さらには、女になったときのアイツ特有の、薔薇の花のような匂いが……って!?


口づけをしながら舌を重ね合わせる渚の姿を、妙にリアルに感じた俺は、閉じていた瞼を開ける。


すると目の前には、いつの間に戻って来たのか傷テープを持った渚が立っていて、鼻息を荒くしながら俺をじっと観察していた。


「あ、いや。こ、これは違うんだ! 俺は自分の指を消毒してただけなんだ!!」


慌てて口から指を抜き、その手を含めて両掌をブンブンと振る。

渚はその手をそっと包み込み、にっこりと笑って言った。


「兄さん。まだ指先から血が滲んでるけど、僕がもう一回舐めてあげようか?」

「……お願いします」


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