未来の残滓と登校風景
ノクターンへの出張から帰ってきました。
「や、やめろ渚。もう無理。もう限界だから、もう出ないから勘弁してくれ……うっ、うあああああああっ!」
がばっと布団を飛ばして跳ね起きる。
暗闇の中、時計の秒針を刻む音が妙に響く。
「え、ああ……夢、か」
枕元のガラケーをパカッと開くと、液晶ディスプレイには午前2時18分と表示されていた。
どうやらうなされたせいで、変な時間に目を覚ましてしまったようだ。
「いくら最近アイツの事ばかり考えてたからって、何て夢を見たんだよ……」
シンプルに言うなら、渚とイチャイチャしながら子作りをする、という内容の夢だった。
しかも黒髪少女に競泳水着を着せたまま致すという、マニアックなプレイでだ。
眠りの世界から覚醒したにも関わらず、渚の体温、吐息、そして柔らかさをしっかりと思い出すことができる。
「もしかして……うっ……やっぱり……」
妙に下半身がヌラヌラしてるかと思ったら、トランクスが濡れていた。
渚との淫夢を見てアレがナニするなんて、色々と最悪すぎる。
「にしても、まるで体感したかのように夢の内容を覚えてるなんて、もしかしたら予知夢か?」
ほんの片手の指で数える程度の回数だが、俺は今までに予知夢をみたことがある。
予知夢を見るときは、決まって『未来の出来事を体験し、その感覚を五感がしっかり覚えている』という特徴があるから、他の夢と違って区別がつきやすい。
まあ、予知って言うと何ぞ凄そうに思えるだろうが、実際は
『食堂で麻婆豆腐の中辛を頼んだのに、後ろの席に座った神父の注文と間違えられて、食べたら激辛だった』
とか
『タンスの角に足の小指をぶつけて、激痛で転げまわったところに、頭の上に金ダライが落ちてきた』
とか、どうでもいいレベルの内容だった訳で。
それがいきなり、渚とそういう関係になっている未来を見た(体験した)、と言われても到底信じることができない。
なら、予知夢に近いが普通の夢を見ただけと割り切るべきだろう。
「……本当に予知夢だったらいいんだけどな」
そうボソリと呟いてしまう程度には、北風と太陽事件(後に命名)以降、俺の中で少しずつ何かが変わっていた。
「なあ渚。夜中のうちに洗濯カゴに入れておいた俺のトランクス知らないか? 朝起きて洗濯しようとしたら、どこにも見当たらないんだよ」
「それなら僕が盗……んんっ、コホン。寝ぼけて変なところに投げ捨てたんじゃないの?」
やっぱり知らないか。
「あ、そ、それよりそろそろ期末テストだけど、兄さんの方の調子はどう?」
「……ヤバい。すっかり忘れてた」
朝の登校時。
渚と二人で歩きながら、何気ない話題に花を咲かせる。
ちなみに渚の服装は、学校指定のブラウスにリボン、そしてスカートといういでたち、つまり(外見は)大和撫子バージョンだな。
渚のヤツは先日までの男で過ごした日々の反動が来たかのように、女の子になる時間が多くなってきやがった。
え?
制服のブレザーはどうしたかって?
今は衣替えの移行時期なんだよ。
今年は暑かったり寒かったりとやたら気温が安定しないから、衣替えの猶予期間がやたら長くとられてるって訳。
だからブラウス姿の妹の隣で、俺がブレザーを着ていてもおかしくない訳で。
「テストの件はちょっと置いといて、とりあえず今日は上着を貸してやるから羽織っておけ」
「気持ちは有難いけど、寒くないから大丈夫だよ」
「いいから受け取れ。その……透けてるんだよ」
何が、とはあえて言わない。
「あ!? ゴ、ゴメン。それにありがとう、兄さん」
「こっちこそ気付くのが遅れて悪い。夢見が良かったせいもあって、色々考えてたら、細かいことまで気が回らなかった」
ようやく察した渚が俺のブレザーを受け取る。多少ブカブカだが無いよりはマシなはずだ。
ふう、これでようやく青色のブラ……もとい透けていたものが隠れたか。
周囲を歩く男子生徒からは『チッ』とか『余計なことをしやがって』とか怨嗟の込められた視線を飛ばされるが、当然無視だムシ。
(女の子になってるときのお前は、たまにガードが緩いことがあるから気を付けろよ)
(分かったよ。女の子としての経験が浅いのが原因だろうから、極力気を付けるね)
内容が内容だけに、周囲に聞こえないよう声を潜めて会話をする。
まわりの野郎共にはイチャコラと内緒話をしてるように見えるようで、怨嗟が殺意へと昇華していく。
男としてすごく勝ち誇った気分に浸れる反面、あまり煽り過ぎると後が怖いな。
いくら兄妹と言え、学校一の美少女との仲睦まじさを見せつけるフツメンの存在なんて、男として面白い訳がない。ぶっちゃけ俺も他人の立場なら、唾のひとつでも吐いてやりたいくらいだ。
(それと、僕が隙を見せるのは兄さんと二人きりだけのときにするね)
(ぜひともそうしてくれ。お前のサービスカットを他の男になんて見せたくないからな)
(ッ!?)
ん?
渚のヤツ、なんで助走をつけて殴りに行ったら、カウンターでキューピッドの矢に狙撃されたような面してんだ?
「ふふっ、兄さんって独占欲が強いんだね」
「あ、おい、なつくな! 俺の胸元に頭をつけてグリグリするな! 腕をからめてくるな!」
この光景を見てる男連中が骨を鳴らしたり、凶器を取り出し始めやがった。
とりあえず、学校についたら囲まれないうちに逃げるとするか。




