湯上り少女と下着レス(後編)
「うーん、ここかなあ?」
にしてもほんと、渚のヤツはどういうつもりなんだか。
俺たち兄弟の仲は、ついこの間まで冷めきったものだった。
厳密に言うなら、相互不干渉。
「こっちの本棚の奥……にもない、か」
何てことは無い。あまりに優秀すぎる弟と比べられ、自分自身で勝手に劣等感を抱いてしまうのが辛くて、極力渚と関わらないようにしていたからだ。
「そこの机の下も探すから、ちょっと足元くぐるね。」
そして渚もまた、こちらの意を汲んだのかどうかは知らないが、俺との接触は必要最低限で済ませてきた。
――ふにゅっ。
その関係が一変したのはやはり一週間前。
渚が女の子に変身できることを俺に明かした際に一悶着あって、それ以来やたらと俺にからんで来るようになったんだよな。
しかもタチの悪いことに、俺が女の子が苦手(と言うか縁が無いから慣れてない)のを知ってて、逆セクハラまがいにからかって来やがる。
――むにゅん。
何だ?
さっきからやたら柔らかい物が俺の足に当たってくるな。
「なっ……なななななな……」
机の下を覗き込んだ俺が見たものは、いつの間にか机の下に入り込んでいた渚――の、四つん這いになっているせいでバスタオルが若干めくれて隠しきれず、わずかにむき出しになった――お尻だった。
白桃のように白く柔らかく、近づいて嗅いでみればいい匂いがするであろう魅惑の果実。
それがさっきから左右にふりふりと動き、俺の足にぶつかっていたんだ。
「…………ッ!」
思わず上げそうになった悲鳴をとっさに飲み込む。
渚がまだ気づいてない以上、もう少しこの感触とアングルを堪能したかったからだ……って、俺は何考えてんだよ!
――惑わされるな、俺。
そう言えば渚は裸にバスタオルを巻き付けただけで、下着を身に着けてなかった……んだよ……な?
(ゴクリ)
――惑わされるな、俺。
この尻の持ち主がいくら極上の美少女だろうと、コイツは本来男で、しかも弟なんだ。
――惑わされるなと言っているんだ、俺!
だから、渚の突き出したお尻の真下、運良く影かかって見えない“大事なところ”を何とか見ようと顔を近づけるのは間違っている。
「ねえ兄さん。さっきからすごく荒い鼻息が、僕の大事なところに当たってるんだけど」
「うわひゃうっ!」
目の前のお尻から不意に発せられた、少女特有の高く澄んだ(呆れ)声で我に返った俺は、頭を起こそうとして机の底に頭をぶつけ、痛みで転げまわる。
「あ痛たたた……」
「スケベ心を起こすからバチが当たったんだよ」
「…………」
土下座態勢で頭を抱えた俺のまん前に、机から抜け出してきた渚が立ちはだかる。
その言葉に反論しようとしたものの、事実なだけに何も言えない。
ならばせめて言い訳をしようとしたものの。
「それにしても、やっぱり兄さんは嘘ついてたんだよね? あれほど僕の裸や下着には興味無いって言っておきながら、このありさまだしさ」
「う、嘘じゃねえ……よ」
「釈明するなら、ちゃんと顔を上げて僕の目を見て言ってくれない?」
え? お前気づいてないの?
この配置で俺が頭を上げれば、お前のアソコが見えちゃうんだけど。
さっきは机の下だったからよく見えなかったけど、いまだと光の加減でバッチリクッキリだと思うぞ。
……まあ、ほぼ間違いなくコイツは気づいていて、そのうえでからかってるんだろう。
その証拠に声が妙に弾んでやがるしさ。
けど、それはあまりに危険すぎると言わざるを得ない。
だってそうだろ?
渚にしてみれば『女体に狼狽えるだけのチキン童貞には、手を出す勇気なんてないでしょ?』って感じで俺をいたぶってるんだろうが、俺も男だ。理性を無くして襲いかかってしまう可能性はゼロじゃない。
その男の本能は渚も知ってるはずなんだが、どうにもソコを失念しているきらいがある。
という訳でここは兄として、いつか取り返しがつかない事態に陥ってしまうまえに、軽くお灸を据えとこう。
そう。くどいようだがこれは渚への教育であって、決して俺が女の子のアソコを見たいからじゃない。
てな訳で勢いよく頭を上げ、視線を上に。
そして予想通り、俺の網膜には渚の大事なところが映っていた。
ただし女の子のアレじゃなく、見慣れた男の亀さんが。
「うっ……オエエエエエエエエ」
「プッ……ははははは。こんな思い通り引っかかるなんて、兄さん単純すぎるよ」
吐き気を催して再び下を向いた俺の頭上から降ってくる渚の声は、さっきまでの高い声質ではなく、男特有の低い声だった。
こ、この野郎。狙いすまして男に戻りやがった!
「ぐっ……こ、この野郎……」
まんまとハメられ、渚の掌の上で踊らされたことに気づいた俺は、悔しさに歯噛みする。
「あー、面白かった。いくら女の子の僕が可愛いからって、変な気を起こしちゃダメだよ」
そして男に戻った渚は目的を果たしたとばかりに、バスタオルを腰に巻きなおして悠々と部屋を去っていく。
一人残された俺は、言葉にできない屈辱と苛立ちで肩を震わせていた。
「あー、くそっ!」
自室に戻った渚は、悔しさと怒りをもって整った顔を歪めていた。
あと少しというところで、狙いすましたようなタイミングで急な魔力切れを起こし、男に戻ってしまったことが、その怒りの原因だ。
渚の見立てでは、あと1時間は女体化を維持できるはずだったし、それだけあれば万が一が起こって暴走した兄一が襲ってきても、十分に相手をできるはずだった。
「やっぱりあっちの世界と違って大気に魔素が含まれてない日本だと、安定して魔法を使い続けることが難しい、か」
かと言って諦める訳にはいかない。
とにかく魔力を練って練って練って、変化の魔法を永続的に発動できるように研鑽していかなければならない。
「それはそれでいいとして……はぁ……絶対兄さんを傷つけちゃったよね」
あまりにもでき過ぎな魔力切れ。
咄嗟にそのフォローをしようとして、心にもないことを口走ってしまった渚は、自己嫌悪に陥り頭を抱える。
――渚はこれまで、何かを手に入れようと積極的に動いたことが皆無だった。
そんなことをしなくても、大抵のものは望む望まない以前に、手元に勝手にやってきたからだ。
たとえば人間関係であれば、渚が何をするまでもなく、相手の方からこちらにすり寄って来たり。
だからこそ、能動的に兄と仲良くなりたい・兄妹以上の関係になりたいと思っても、どうすればいいか分からず、結果空回りをしてしまう。
「……けど、そんなの言い訳にならないよね」
渚にとって、この世で最も大切な人を深く傷つけたという事実は変わらない。
とにかく誠心誠意謝罪をしなければならない。
そのための方法は……。
――その後、いろいろあって渚の謝罪を受け入れた兄一であるが、彼(彼女)のズレた謝罪方法に頭と股間を悩ませ悶々としていたのは、またべつのお話である。