TS少女は幼女プレイをするようですよ(その2)
俺と渚が二人で暮らしている湊音家の食事は当番制だ。
基本的に平日は1日交代で作り、土日は2人で一緒に料理をする。
俺たち双子が疎遠だった頃は、各自が勝手に食事を用意して勝手に食べるというスタイル。
それが渚たっての希望で、当番制に変化したのは1か月前。
言わずもがなだが、渚が性別変更する術をどうやってか身につけ、俺に積極的にからんでくるようになってからだ。
ちなみにどうでもいいことだが、料理の腕前は俺の方が上だったりする。
渚も料理が下手な訳じゃないんだが、アイツの料理は大雑把なんだよ。
基本は煮るか焼くだけで、野菜の切り方も乱雑。
味付けもほとんど塩コショウのみのくせに、手際だけが妙にいい。
まるで文明の発達していない時代で、何年も野営して料理を作り続けてきたかのようなアンバランスさだ。
そうそう。
渚は料理を作るときは常に女の子になっている。
何でも男と女だと味覚感知力に差があり、総じて女性の方が味を感じる能力が高いとのこと。
『だから女の子の舌で味見しながら作る料理の方が、美味しくできるんだよ』
だそうだ。
料理そのものがワイルドだからあんま意味なくね? って思うものの、あえてツッコミは入れてない。
例え身内と言えど、どうせ食べるなら野郎より女の子の手料理の方がいい訳だからな。
もっと今回は、その女の子の姿でいたことが悲劇――あるいは喜劇に繋がった訳だが。
「じゃあお兄ちゃん、一緒に……いただきます」
「い、いただきます」
いつも通り向かい合って座る俺たち。
いつも通りじゃないのは、幼児退行した渚が箸をわしづかみにして食べているため、料理をボロボロと我が高校指定のブラウスやスカートの上にこぼしていくということだ。
くどいようだが、渚は日本人形を思わせる、長い黒髪と凛とした佇まいを感じさせる美少女だ。
その外見で汚い食べ方をしているのは、どうにもいたたまれない気持ちになってくる。
精神年齢を考えれば仕方のないことかもしれないが、ついつい口に出して注意をしてしまった。
「そんなにこぼしたら食べ物が勿体ないぞ。ほら、このスプーンとフォークを使えば食べやすいだろ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
そう言った渚だが、食器を受け取らず何かを考え込みはじめる。
「どうした?」
「えへへ~ないしょ~」
内緒と言いながらやることを全然隠せてない渚が、椅子を持ってよいしょよいしょと俺の隣へ移動してくる。
「あ~ん」
「まさかと思うが、俺に食べさせろって言ってるのか?」
ヒナ鳥がエサをねだるように、ちょこんと口を開ける渚。
真っ白な歯の奥に見えるサーモンピンクの粘膜を見ていると、妙な気分になってくる。
「あ~ん」
「分かった分かった」
俺が拒否したところで、押し問答が続くだけだろう。
それくらいならさっさと飯を食わせて、大人しくさせた方がいい。
俺はスプーンにジャガイモの塩茹でを盛り付け、渚の小さな口に入れてやる。
「んきゅっ……もきゅっ……」
「しっかり噛んでから飲み込めよ。ほら、次は切り分けた肉の丸焼きだ」
「もぐもぐもぐもぐ……」
「ちゃんと味噌汁も飲めよ」
「ごきゅっ……ごきゅっ……」
なんだか餌付けしているみたいで楽しくなってきた俺は、一通り食べさせるまで自分の食事を中断していたことに気付く。
「んじゃあ俺も……って、袖を引っ張ってどうしたんだ?」
「スプーン貸して」
「あ、ああ」
スプーンを受け取った渚は、最初に俺がそうしたようにジャガイモの塩茹でを乗せる。
「はい、お兄ちゃんも“あーん“」
「まさか食べさせてくれるってのか?」
「うん!」
体は大人、心は子供の渚がお日様のような笑みで頷く。
「い、いや。俺はいいよ」
俺だって男だ。
可愛い女の子にご飯を食べさせてもらうというシチュエーションに憧れがない訳じゃないが、相手が渚じゃ……いやまあ、“可愛い女の子”って部分じゃ申し分ないんだが……いやいや、落ち着け俺。
やっぱりこういう事は、彼氏彼女の恋人同士で行うべきであって……でも、いまの渚は純粋に子供が保護者に甘えるような好意から来る行動を取っているだけであって、それを無碍に扱うのはコイツの心に傷を残しかねないから……ああもう、訳わかんなくなってきた!
「はい、あーん」
「んごっ、むぐぐっ!」
頭を抱えて大口を開けた瞬間、口内にスプーンを突っ込まれた。
やむを得なしにそのまま咀嚼する俺。
ん? これって渚との間接キスじゃないのか?
「いやいや、惑わされるな俺」
たかが間接キスごときに狼狽えるな。
渚と間接キスすること自体は何度もあったろ。
相互不干渉のときといえ、渚(♂)から飲みかけのジュースを貰って飲む、なんてことは1回や2回で済まなかったろ。
そう。
そのときのジュースで間接キスした男も渚で、いま向き合っている女の子も渚だ。
そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!
……だけど俺の男としての感性は『違うのだ!』と訴えてくる。
渚の口内に入っていたスプーンが、たった今まで俺の口に入ってたと思うと、急にドキドキしてきた。
「って渚。それは俺が口にいれたスプーンだから、ペロペロ舐めるのはやめろ」
「ああっ! お兄ちゃんのヨダ……渚のスプーンかえして!」
いくら幼児退行してるからって、スプーンをオモチャにしてはいけません。
絵ヅラだけなら、男が舐めたスプーンにしゃぶりつく危ない女子に見えるんだからな。
「ぶー、いいもん。それなら……」
スプーンを取り上げられた渚は、人差し指ぐらいの長さのソーセージを掴んで、自分の口に含む。
「ふぁひ……ふぁ~ん」
「いくら何でもそれはマズいだろォォォォ!」
さすがに看過できず、渚の口からソーセージを引っ掴んで抜き取って皿の上に戻す。
まったく、ポッキーゲームじゃないんだぞ。
「うっ……ぐすっ……びええええええええええええん!」
うげっ、渚のヤツいきなり泣き出しやがった。
そんなに拒否られたのがショックだったのかよ。
けど、普通口移しでの“あーん”はないだろ……っていまの渚は普通じゃなかったか。
「ひっく……おにいちゃん……渚とゴハン食べたくないんだ!」
「いや、いや違うぞ。嫌な訳じゃないから」
「じゃあ、渚のソーセージを“あーん”で食べてくれる?」
男が化けてる女の子が『自分のソーセージ食べて』って言うのは、ずいぶんウィットに富んだ冗談だなオイ。
けどまあ、黒水晶のような瞳からボロボロ涙を零す渚を見ていると、妙な罪悪感に駆られてくる。
渚だって悪気はないんだろうし、いつもと違って純粋な好意だけでソーセージを勧めてくるから断りづらい。
はぁ、しゃあない。覚悟を決めるか。
勘違いするヤツなんて誰もいないだろうが、子供精神の渚を悲しませたくないだけで、決して口移しをしたい訳じゃないんだからな。
文章が長くなったので、ここで分割。
次回予告:ちゃんと口移しでソーセージを食べます。
それはそうと、男のツンデレって面倒くさい。




