母と娘
10月16日10時 一部誤字を修正しました
謎の少女から差し出されたのは、一見何の変哲もない銀の指輪だった。
しかしその実、この指輪を構成する金属は銀ではなく魔法銀だ。
魔法銀の特徴はその名の通り“魔力”を帯びていること、そして魔力を注入して蓄積したり、その魔力を使用することが可能であるということだ。
こちらの世界風で言うなら、外付けの充電式乾電池という表現が最も近いだろうか。
もちろん魔法銀の指輪の出所は異世界で、渚は数日前からコレと同じ魔法銀の指輪に自分の魔力を溜め始めていた。
その目的は、自分の魔力が切れても、魔法銀の指輪の魔力を使って女体化を維持すること。
通常、【変身魔法】を使用する場合は3秒ごとに1の魔力を消費する。
渚は自身の総魔力量を計算して兄一の前では女体を維持したり、一人のときは変身魔法を解除してMPの回復に努めている。
渚の最終的な目標は変身魔法の永続的に使用し続けることであり、そのための修練の効果もあって、少しずつ少女の姿でいられる時間は延びている。
だが、本来魔力や魔法の存在しないこちら側の世界において、魔法は安定せず、急激に魔力が空になってしまうことがある。
その結果、女体変身をまだ維持できると思っていても、突然男に戻ってしまうことが数回あった。
だからこそ、渚は魔力を少しずつ、自らが持つ魔法銀の指輪に込め始めたのだが、その変換効率は最悪である。まる1日女体化できる魔力を注ぎ込んで、指輪に溜まるのはわずか1秒分。
故に渚は先行きの長さに頭を抱えていたのだが。
「凄い……この指輪に込められた魔力なら、半年以上絶やさずに魔法を使い続けることができるよ」
「ふー。無事名前も知らないお姉さんに指輪を渡せてよかったわ」
少女が佇まいを直しながら、額の汗をぬぐう仕草をする。
彼女は全裸だから、当然胸や局部が丸見えであるが、それを直視しても狼狽えることはない。
当たり前だ。渚はロリコンではないし、今は同性同士。
彼女のかすかな胸の膨らみも、無毛の地に引かれた一筋の線も、大きさの差異はあれど、自分の体にもついているものなのだから。
「ママからは『私の素性がばれないよう、指輪をこっそり置いてきないさい』って言われてたから、無事におつかいができてよかったわ」
「…………そうなんだ」
今度、生まれてくる子供の教育方針について兄とじっくり語り合う必要があるだろうか。
「そういえば、タイムパラドクスとか大丈夫なのかな?」
「たいむぱらどくす? 何それ、強いの?」
「…………」
それでいいのか、(自称)時間移動能力者。
まあ、未来の自分はこの少女の性格や知能指数を理解したうえで過去にお使いに出したのだろうから、心配はいらないと思うが。
それにしても、と渚は目の前の少女を改めてじっと見る。
「ん? 何なに、どうしたの?」
いま自分がいる現在と、この子のいる未来は地続きなのか、はたまた断絶されたものなのかは分からない。
この子という存在を知ったことと、未来の自分から魔法銀の指輪を受け取ったことで、未来がどう変わるかは分からない。
何をしてもこの子が生まれるかもしれないし、未来の断片を知ってしまったことで別の道へと派生していくのかもしれない。
「みぎゃっ!」
渚は彼女の前に座り込み、自分と兄を足して2で割ったような愛くるしい少女を優しく抱きしめる。
何と言うか、この少女を見ていると胸の奥がじんわり温かくなるという、これまでに感じたことの無い感情が芽生え、その気持ちの赴くままに抱きしめてしまったのだ。
子供を産んだ経験がなく、女としてもわずか半月
程度の初心者である渚には、その感情が我が子を慈しむ母性本能であることに気付かない。
「えへへ……ママ、いい匂い……大好き……」
「僕も君のことが大好きだよ」
この子は可能性だ。
どこかの時間軸において、自分と兄が結ばれる未来が存在するという確たる証拠。
兄と弟だから絶対結ばれることがない、という常識を覆してみせたことの証明。
未来の自分が、大切な人と共に歩む未来を諦めるなと送ってくれた宝物。
なればこそ、自分はこの子が存在する未来へ向けて、臆することなく歩み続けよう。
「うにゅにゅ……あ、あれ?」
「き、君。体が透けてるよ!?」
少女の実体がはじめから無かったかのように、抱きしめ続けていた渚の腕も空を切る。
「んー、魔力切れみたい。ママの【変身魔法】と同じように、私の【時渡り】も発動中は魔力を消費続けるの……あうあう、えーと……と、いう設定なの」
ことこの期に及んで、彼女はアホの子を演じているだけなのか、純粋に誤魔化せていると思ってるのか。
……見た目や雰囲気からして、後者の可能性が大だろうが。
「あ、そうだ。最後に君の名前を教えてもらっていいかな?」
「え? 私の名前忘れちゃったの!?」
いや、そこで真顔をされても困る。
第一こっちは名乗られてないのだ。
……いや。
そこで思いついた渚は、もし自分に子供が生まれたらつけようと考えていた名前を口にする。
「――――ちゃん、またね」
「うん、さようなら。マ……名前も知らないお姉さん」
果たして少女の名前当ては正解だったようだ。
つまりこの子の名づけ親は、未来の渚だったということに他ならない。
未来から来た少女は脱いだ服共々、最初から存在しなかったかのように消えてしまった。
しかし、この出会いが現実だったことは、託された魔法銀の指輪が証明してくれる。
「そう。“また”会えるよね?」
渚は自分の下腹部をそっと撫で、次いで兄一の股間部を見つめる。
「ん……うーん」
と、そのとき、ベッドで横でなっていた兄一が軽く唸って身じろぎひとつ。
どうやら目覚めが近いようだ。
「そう言えば、あの子に折檻するのを忘れてたけど、まあいいか」
そんなことより彼女のことを話すべきか、秘めたる思いと共に今はまだ胸のうちに収めておこうかと、兄一に寄り添いながら思案する。
それから数分。
やがて目覚めた兄一は、自分の体をぺたぺた触った後、渚を見てこう言った。
「なんで僕の体、こんなに大きくなってるの? それにお姉ちゃん誰?」
繰り返しますが、この話のコンセプトはゆるくてお気楽なTSラブコメです。
多少山や谷があっても、タグにある通りハッピーエンドなのは謎のちみっ子の存在が保証しますので、肩の力を抜いて気軽にお楽しみください。




