湯上り少女と下着レス(前編)
家族や幼馴染など、身近なTS少女にいい意味でからかわれる、というコンセプトが好きで書いてみました。
兄の名前は兄一。弟の名前は渚。
ごく普通の双子は、ごく普通に生まれ、ごく普通の日常を過ごしていました。
でもただひとつ違っていたのは、弟はTS能力者だったのです!
この世は様々な不条理や理不尽にあふれている。
身近な例として、とある双子の兄弟の話をしよう。
愚兄賢弟……とまで行かないにしろ、兄は平凡を絵に描いたような存在で、対する弟は完璧超人ときたもんだ。
例えば容姿。
兄は身長170センチ中肉中背の地味フェイス。
弟の方は身長180センチ。目鼻だちは整っていて、男性モデルとしてちょくちょく雑誌の表紙を飾っている。
ちなみに身長差が10センチあるにも関わらず、座高差はほとんどない。
え? どういう意味か分からないって?
足の長さが違うんだよコンチクショウが! 兄は短足、弟は足長ってことだよ!
見た目の差をより詳しく説明するなら、バレンタインデーという胸糞悪いイベントが妥当なところか。
弟サマは紙袋一杯でも入りきらないほどのチョコを貰ったにも関わらず、兄の方は一個も貰えなかったりする。
そう、一個も貰えない。つまりはゼロってことだ。
クラスメイトはおろか、母親からすら義理チョコを貰えなかったんだぞ。
それでいて母親は堂々と弟のヤツにはチョコレートを渡しやがるんだよ。
あのクソババァ! テメェの老後は保証しねえからな!
……コホン。
次に語るべきは学力だ。
ついこの間行われた高校2年1学期の中間テスト。
兄は普段なら平均点が関の山だが、この時だけは頑張った。俺超頑張った。
寝る間を惜しんで1日10時間の勉強×1月半。
そしてたたき出した点数が80点~90点。
一方弟はロクに勉強せずとも95点~100点を連発。
これっておかしくないか?
……不条理や理不尽について語っている最中だから、ある意味じゃおかしくはないんだけどさ。
後は運動神経だが、以下同文。
そんなこんなで、俺は完璧な弟と常に比べられ、16年間コンプレックスを抱えながら生きてきた。
途中から『兄』が『俺』になってたけど、細かい事は気にすんな。
ここまでの不条理や理不尽はあんまり言いたくないが、今の日本じゃそれなりにある事だ。
当事者の劣った方としては面白くないし『はいそうですか』と納得できかねるが、それでも我が兄弟限定の不条理に比べれば遥かにマシだ。
ではその不条理がどんなものかと言うと……。
「兄さん、入るよ」
「俺の部屋に入るときはノックしろっていつも言ってるだろ、渚」
突然かけられた声に俺は数学の課題を中断し、ため息をつきながら文句を垂れ、座っている椅子ごと振り返る。
その先には、濡れ羽色の髪を腰まで伸ばした美少女が立っていた。
アーモンド型の目は黒水晶のような深く澄んだ輝きを放ち、鼻梁は小さいながらも高く形が整っている。
さらに唇は薔薇の花弁を模したように瑞々しく……早い話が超のつく美少女だ。
人によっては綺麗系と言う奴もいれば、可愛い系と評する奴やつもいるだろうか。
もちろんその恵まれた造形は顔のみならず、スタイルの方にも適応される。
背丈は俺より一回り小さく160センチほどで、胸は巨乳でも貧乳でも無い丁度いいサイズ。
丸みを帯びた肢体は程よい肉付きで、その肌は風呂上りにも関わらず水を弾くほど上質できめ細かく……ん? 風呂上り?
「ッ、お、おい! お前その恰好は何だよ!?」
「何って言われても、見てのとおりバスタオルを1枚巻き付けただけだけど?」
そう言いながら、部屋主の許可なく室内へ勝手に足を踏み入れる半裸美少女。
こういうときに痛感するのは、男の本能の悲しさだ。
いくらコイツが血を分けた双子の弟だって言っても関係なしに、視線がバスタオルの隙間から見えてる上乳や太もも部分に勝手に動いちまうんだよ。
その視線を敏感に察した渚は、綺麗な顔にチェシャ猫のような笑みを浮かべる。
「あー、もう! 何の用事か知らないが、とにかく服を着てから出直してこい! 最低限下着くらいは何とかしろよ!」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、風呂に入る前に用意していた下着が見つからないから、兄さんに返してもらおうと思って来たんだよ」
え? 何コイツ?
まさか、俺がお前の下着を盗んだと思ってんの?
「いい加減にしろよ渚。そんなナリしてようと、お前は男だろうが。俺は男でお前も男。ましてや弟の体や下着なんざ、これっぽっちも興味が無いんだよ」
そう。これが最大の不条理だ。
この見た目から声から全てにおいて女の子にしか見えない……否、女の子そのものになっているのは、我が家の弟様。
元からチート的なスペックを誇っていた賢弟だが、つい一週間前にとうとう常識の壁をブチ壊して、女の子になる方法を編み出したらしい。
はじめはとても信じられなかったが、目の前で女になったり男に戻ったりを実演された以上、信じない訳にはいかない。
「…兄さん。そういう硬派なセリフは、僕の胸元じゃなく目を見て言ってくれる?」
『興味が無い』と言われた渚は一瞬ショックな表情を浮かべた。
しかし、すぐ俺の視線がどこに向いてるか勘づいて、上機嫌にも見える猫なで声を出し、椅子に座っていた俺の肩をグッと抱いてくる。
クソっ。俺と同じボディソープやシャンプーを使っているはずなのに、何でコイツ、女になってる時はこんないい匂いさせてんだよ。
それに首と肩に回された二の腕も餅のように柔らかだし、ムダ毛ひとつ無い腋がやたら色っぽいし。
「あー、もう! と・に・か・く! 俺はお前の下着なんざ知らないからさっさと出てけ!」
ムラムラと沸き上がってきた劣情を誤魔化すように、逆ギレしてみせる俺。
我ながらみっともないなあ。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、渚は清純そうな顔のままクスクス笑うだけだし。
「兄さん、正直に話してよ。そんなに僕の下着が欲しいんだったら、洗濯済みの下着じゃなく、さっき脱いだ使用済みをプレゼントするからさ」
「いるかっ!」
弟の下着が欲しいってどんなハイレベルな変態なんだよ。
コイツが女の子になってるときの下着は身体に合わせた女物だが、そこを考慮しても妹の下着に欲情するってのと同じことだからな。
……実のところ、渚が女の子の姿をとるようになってからたった一週間で、女としてのコイツは見慣れてないから、家族って実感が薄いんだよなあ。
例えるなら、両親が再婚した際についてきた可愛い義理の妹的な感覚で、ちょっと気を抜くと性欲対象でセーフ判定しちまいそうだから、惑わされないようにしないと。
「つうかそんなに俺の事疑ってんなら、部屋の中を探してみてもいいぞ。けどもし見つからなかったら、疑った罰として何でもひとつ言うことを聞いてもらうからな」
「うん。僕の使用済み下着が欲しいんだよね?」
「違うよバカ! 俺が今やってる数学の課題をやらせようと思ったんだよ!」
もう付き合ってられないからさっさと探して気が済んだら出ていけとばかりに、俺は悪戦苦闘していた課題に向きなおった。