空腹な怪物と遭遇
先輩の驚愕した顔が見える。
その視線の先は今さっきまで目を通していた資料に書かれている内容とは全く異なり、無惨に荒らされた惨状を捉えていた。
刺さってる十字架はポッキリと折れ、埋まってたであろう棺桶は掘り起こされ、祭壇の前に転がっていた。
「え? これって……ま、まさか……」
「そのまさかだ……。くそ、これはもう研修だとか言ってられん」
ナマリの震える声に先輩はナマリの方を振り向くと、緊迫した空気を振り払うよう声を張上げ、周囲を警戒する。
「一端退くぞ、長居は無用だ。封印されてた奴がまだいるかもしれん」
「は、はい! わ、わかりました」
先輩の張り詰めた声に圧倒されながらナマリは来た道を戻ろうと振り替り足を踏み出そうとした途端。
グシャア!!
と何が潰れたような音を立てながらナマリの目の前に何かが落ちてきた。
「え? えぇ!? も、もしかして……」
「ナマリ、下がれ」
咄嗟に先輩がナマリを守る体勢で前に出る。
「せ、せせせせ先輩……」
「とにかく、隙を見て通路に逃げろよ?」
降ってきた衝撃で舞い上がった土煙から視線を外さないまま先輩はナマリにそう指示する。
緊迫した空気が流れる中、土煙の中から現れたのは…………
白目で仰向けに倒れたままのか細い少女だった。
大体10代くらいの容姿に血のように赤い髪。少々痩せ細った白い身体。衣類のような物は身に付けておらず、落ちた衝撃で気を失ったのかピクリとも動かない。
「…………これが、怪物の正体……?」
「まぁ、吸血鬼と言えど、成りは私たちと変わらないのだろう。だがそれでも危険なのは確かだ。今のうちに通路へ走れ」
先輩の走れと言う言葉を合図に返事しつつ、ナマリは通路へ駆け出す。
「…………た、……………べぇ……」
ようやくビクビクと動き出した少女の姿をした怪物は何やら呻き声をあげながらそのまま這いずりながら先輩の方へ近付いていく。
「先輩!」
「早く行け! 私なら大丈夫だ」
どんどん先輩に近付いていく怪物を目で追いながらナマリはオロオロして立ち止まってしまう。それを先輩が大丈夫だと促すがナマリは動かない。
「よ…………こぉ……せぇ…………!!」
「よこせ? 今、よこせと言ったか? 何をだ?」
怪物が近付きながら発して声は呻き声でなく、何かを訴えてると感じた先輩は問い返す。それに対して怪物は精一杯声を絞り出した。
「た……食べ物…………」
「は?」
しかし、その言葉に先輩が固まった。食べ物? いや、その前にこの怪物はどうやら衰弱しているような……。
そんな思考を巡らせる間に怪物はバタッと聞こえる勢いで自分の方に上げていた顔を地に伏せた。
「……………………」
反応が無い、ただの屍のようだ……。
「せ、先輩大丈夫ですか?」
「……ああ、それよりナマリ。とりあえず食事の準備だ」
「……え?」
先輩の言葉にナマリはそんな間抜けな声を出す。しかもここで食事するとはどういうことか、すぐそこには再度動かなくなった怪物がいると言うのに。
「でも……怪物が……」
「とりあえずこれは私が縛っておく。頼む」
「は、はぁ……」
よく分からないが害は無いんだろうか? と疑問を覚えつつナマリは背負っていた荷物を床に下ろして食事の準備を始めた。