閑話 西の勇者
俺の名前はアート・ザック。
西の王国サーバトンの一騎士だったが、今は西の勇者と呼ばれている。
初めは気恥ずかしさから身の置き所がなかったが、中央神殿の聖女様から指名され、サーバトン国王からも王命を受け、すでに一年も経つのでその呼称にもすっかり慣れてしまった。
俺の大失態で恥ずかしい限りだが……現在俺たちは魔王軍の手により連れ去られた妖精を、秘密裏に救出に向かっている最中だ。
怪しげな馬車の情報を追いかけここまで来たのだが、魔道院きっての秀才であるビーエの探知魔法にも妖精の魔力を感じないとのことなので、無駄足だった可能性が出てきた。
ただ、大陸のあちこちに出現した魔障域の濃度が、この辺一帯やたらと濃いのでその中心部分である石の塔へと進んでいる。
「この辺りは魔王軍が出現してすぐに占領された北の区域ですな」
周りの空気の層をゆがめる魔道具を手に持つ神殿長補佐のザルハンが小声で言う。
この程度の声なら周りには聞こえなく、また俺たちの匂いも魔物に感づかれないらしい。
「国境を越えて来ていたのか」
俺の前で周囲を警戒しながら進んでいるザルハンの従妹である第二騎士団長のザシュハンが声を出す。
「直に林から出ます。この先の森に入る前に魔物に見つかる可能性が高いです」
その横の盗賊ギルドから派遣されてきたトラウが指先で示す。
木々の隙間からとかげ戦士がちらちらと見え隠れする。
「結構いるな……」
「ここで騒ぎを起こすのは得策ではありませんので、戦うにしても沈黙の魔法をかけましょう」
俺が呟くと、ビーエから提案が出る。
「魔力は大丈夫なのですか?」
俺の隣にいた初の女性神殿長であるキシャエルが心配そうに振り返りビーエに声をかける。
魔力を回復させるには休息や睡眠しかないのだが、ここまで強行軍で碌に休息を与えていない俺は唇を噛む。
「キシャエル様、心配していただきありがとうございます。塔の中に何がいるのかを調べるまでですから」
あの禍々しいまでの魔障域なのだから魔王、もしくはそれに準ずる者がいるのではとビーエは思っているらしい。
「ああ、手は出さずに何か情報を持ち帰るだけにしよう」
手が出せないが正しいのだが、悔しさからあえて出さないと言った。みなに無理をさせてすまないと詫びながら、魔法の力が付与されている白銀の剣を抜く。
盗賊と傭兵のシシムが倒したとかげ戦士を森へと隠す。
「お怪我はないですか?」
完全に息が上がっている俺の肩にキシャエルがそっと手を置く。
とたんに息が落ち着いた。
神官が使う初歩の魔法だ。
「ありがとう。怪我はない」
俺は姿勢を正しながら感謝の言葉を述べる。
盗賊が魔物の死体に透明の液体をまき、その上から葉をかけていた。
匂い消しと早く死肉が分解する効果があるらしい。
元の上官であるザシュハンに近づき声をかける。
「今まで戦ったとかげ戦士とは比べものにならないくらいに強かったです。なぜでしょうか」
ザシュハンはとかげ戦士の剣を足でこんと蹴り、
「武器や装備が強化してるわけでもないから、魔障域の差だろう」
中央の魔道協会の調べによると、魔障域とは擬似的に作られた魔界らしく、その効果内にいる魔物は本来の強さになるのだという。
「人間は魔界には行かないほうがいいですね」
正直な感想を述べたら皆から当たり前だという笑い声が起こり、魔物達に鎮魂の祈りを捧げていたキシャエルが吹き出すのを堪えていた。
読んでいただきありがとうございます。
黒ヒョウの剣士とブサメンが塔から見た魔法のエフェクトは、勇者たちととかげ剣士たちとの戦闘でした。
次回はブサメンと勇者パーティとの初会話になります。