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第11話 ブサメン退却す。(下)

 引き締まった体躯をしており、全然猫背じゃないので、兄に似た人はこっちの世界の住人だろう。

 存在するだろうなとは思っていたが、まさかこんなに早くこっちの世界の家族に会うとは思わなかったので正直びっくりだ。これを世間は狭いというのだろうか。


 “ペラペラの紙よりキラキラ光るこっちの方が恰好いいだろ”と、幼いぼくからお年玉の千円札を百円玉と交換したり、同級生と山で遊ぶ時は汚れるからとぼくの自転車を勝手に乗って行ったりする兄だったので、中身は違うが顔が一緒の分、顔や腕についた青たんや傷の跡を見ると弱冠溜飲が下がる。


 兄を見たから余計に思うけど、こっちの世界のぼくも存在してるんだよね。不思議な気分だ。

 きっと兄のそっくりさんに聞けば分かるはずだし、何よりぼくの姿を見たら、こっちの世界の名前を呼ぶはずだろう。恰好いい名前だったらいいな。


 捕まってる人間は兄の他に7人いた。

 兄だけなら見なかったことにしたかもしれないが、さすがにこの人数だと見なかったことには出来ないよね……。4年後くらいに不意に思い出してちょっとだけ後悔しそうだもん。


取りあえず後ろに回された両手を見るために回り込む。刑事ドラマで見る手錠じゃなく黒い金属のいばらが手首に絡まっていた。内側に棘の部分はないので手首には傷は無い。

 兄も含めて簡素な生地と作りで、幾つもの血の跡やシミなどで汚れているザ・捕虜と呼べる服装の中で

ゆったりとしたローブを着てる人が二人いる。手入れをしてある口髭の人と、鷲鼻が目立つ壮年の二人。顔の雰囲気から裕福オーラを感じる。指輪とか嵌めてそうだが装飾品は一切身に着けておらず、ポケットにも膨らみは無かった。


 さて、どうしよう。ほっとく訳にもいかないが、かといって大の男を抱えて運べるほど力はない。勇者であるうめしゅんに報告して助けてもらうのが一番だろう。

 でも「無理です」って断られる可能性もあるから、こっちの世界のぼくのことだけでも聞いてみたいが、猪頭や黒ヒョウが周りにいるため難しい。


 8人いるから1人増えてても気付かれないかな~。最悪気付かれたら時間を止めて逃げればいいだけだけど、真ん中でしゃがんでいれば見つかる可能性も減るよね。


 周りの人が驚いて、声さえ出さなければいけると思う。

 でもワンクッション入れて、一旦遠くにいるぼくに気付いてもらう方法のがいいと思うので、モンスターの死角に入る家具の陰から手を振ってみようかな。


「えっと、この辺でいいかな。いいよね」


 誰からの許可もないまま、壁を向いてる勉強机みたいな机の下に潜って顔を出してみる。

 見上げると、入口に視線を向けてる前髪が後退しつつあるおっちゃんが一番近い。上手いこと気付いてくれたらいいな。淡い期待を込めつつ《時間停止解除》!


「ウゴウガ! ガルル」

「フゴッ、ブルルル」


 世界が動き出したら、部屋の中は獣語なのか結構うるさく動物園の臭いがムアッとする。

 臭いに耐えつつ机の下から一生懸命手を振ってアピールするも、キョドキョドしてるだけで全然おっちゃんがこっちを見てくれない。

 この瞬間も恐怖で毛根が死滅してるのかもしれないが……おっちゃん! たのむ、気付いてくれ!


 ……無理だ! 全然気付かないし、なにより振ってる腕も疲れたよ。

 《時間停止》! ピタッ! 世界が動きを止め、無音になる。


「ふう」


 袖口で額の汗を拭いつつ机から出る。

 仕方がないから、部屋の隅にある綿ぼこりを拾いに行き、おっちゃんの左上くらいに浮かしてから、再び机の下へと潜る。


 今度こそ気付いてよ、おっちゃん! 《時間停止解除》!


 ふわふわっと軽やかに綿ぼこりが落ちる気配に気付いたおっちゃんが、ビクッ!と綿ぼこりを見た。

 そして、その視線の直線上にいるぼくに……目が合ったので、おっちゃんが気付いたことに気付く。良かったー。

 ポカンと口と目を見開き、キョロキョロと忙しなく視線が泳ぎ出した。

 あれ? 何だかおっちゃんがキャパオーバーしてる気がするぞ。大丈夫か?

 ナウローディング中なのかな…このまましばらく待ってていいのかな。


 ……ダメだ! 全然ダメだ。

 ぼくは急いで、隣! 隣! と指を差して“隣の人に伝えて”とジェスチャーを送る。

 おっちゃんは何とかそれは理解して、隣のおっちゃんに肩と肩をぶつけて知らせてくれた。グッジョブだおっちゃん!

 そして、隣のおっちゃんは何事だと視線を移し、その先のぼくを見た。その瞬間、ポカンと口と目を見開き、キョロキョロと忙しなく視線が……って、もういいわ!


 結局、役に立たないおっちゃんたちの不審な挙動に気付いたゆったり服の口髭の人が察してくれた。

 周りの人々に何やら呟いて、皆が顔を動かさず目だけをこっちに向いたところで、ぼくが“シーッ”と 口に指立てる。

 皆が微かに頷くのを見て、ぼくは自分を指差し“ぼくが”、“そちらに行きますね”と向こうを指差す。

 対応してくれた口髭の人は「ん? どういうこと?」という顔をしたが、もう気にせずに《時間停止》! 完全に理解してもらうって無理だね。多少強引でも行ってしまおう。


 世界が停止したのを確認してからいそいそと這い出し、やれやれと一団の中に入っていく。

 ちょっと狭い。

 先に“真ん中空けて”ってジェスチャーすればよかったかな。いや、伝わらないか。

 サラリーマンがひしめく満員電車みたいと思いながら《時間停止解除》!


「!?」

「んぐ!?」

「むぐんぐっ!?」


 シーッと伝えていた効果で驚きの声こそ上がらなかったが、手で口を塞ぐことが出来ないために皆の鼻がスピスピ鳴っている。

 もちろん両目は驚きにこれでもかとばかりに見開かれていた。


 まずは挨拶だよね。


「えーと、初めまして」


 皆が気を使ってくれて若干スペースがあいた。


「瞬間移動の魔法……」


 鷲鼻の人が口に出すと、皆も同じ言葉を呟きだした。元の世界なら“瞬間移動見たナウ”みたいな感じだろうか。ゆったり服の口髭の人だけ「ちゅうおう」とも言っていたが、周りはあまり反応していなかった。

 それより“瞬間移動”というキーワードが出たら、もれなく“伝説の”と続くので先に否定しなくちゃ。


「えっと……私は伝説の魔法使いの子孫ではなく、西の勇者様に協力してる魔法使いなんですが……いや、ぼくのことより時間がないので、この状況を知りたいのですが」


 ぼそぼそと小声で喋る。西の勇者様がここに来てるのか? 俺たちは助かるのか? とすぐに返ってきた。


「いえ、勇者様はさっきまで近くにいましたが、今は遠ざかっています。皆さんのことは伝えますので、それは安心してください」


 それを聞いてホッとしたり目に希望の光が宿ったりしている人達がいるが、鷲鼻の人が溜息を吐く。


「普通に考えて助けにはこないでしょう」

「なんでだ?」


 思わず聞き返す眉毛が繋がりそうな濃い顔をしたおっちゃん。意外に高い声が料理のアニメに出てくる人物を思い出させた。その人にというか、周りに対し鷲鼻の人が説明をする。


「なんだそうかぁ……」


 聞き返したおっちゃんが心底がっかりした顔をする。その隣の兄のそっくりさんも落ち込んだ顔をしている。てっきりこっちの世界のぼくの名前を言うと思ったのに……まさか子供の時に死んじゃったとか、そもそも産まれてないとか?


「失礼ですが、中央の方ですよね」


 口髭の人がぼくに聞いてきた。全然違いますが時間もなく面倒なので微妙に頷いておく。


「我らはアープシフトの市民です。実は……」


 口髭の人と鷲鼻の人が交互に話してくれたその話は……結構長く、そして、この世界の状況を知らないぼくにはちんぷんかんぷんなうえに、登場人物含め全部カタカナだ。

 ぼくが上の空になってるのを感じたのか鷲鼻の人が「あの? 中央の方?」と聞いてきたので、


「ちょっと待ってください。やっぱり今呼んできます」


 と言って、強引に《時間停止!》

 無音になり、鷲鼻の人の表情が「え?」ってなってる。

 ここの情勢に詳しく、おばちゃんタレントの中島貴理乃並みの弾丸トークだが、ぼくより記憶力が良い、何より手軽に運べる妖精を連れてこようと思った。


 その前に足止めの紐を作ろう。

 魔法陣で運び出そうとしてる箪笥の中から、虫に食われて穴の開いてる服だけを裂いていき、穴の空いていない服は1階に運んでおいた。


 塔を出て、妨害作業をしてるとなぜかシャドーボクシングみたいな動きのリザードマンがちらほらいたりしていて、結構話してる時間が長かったのを感じた。

 なぜシャドーボクシング?

 向こうでは回し蹴りをしているのもいる。ひょっとして透明人間の仕業だと思ってるのかも? バカだなーと思いつつ浮いた軸足の下に着地した時にぐねるよう石は置いておく。


 少なくなった紐を手に進むと、全体に赤黒く尻尾を除いても50cm強はある大きなねずみみたいなのや、その鼠より一回り大きく、頭と体は緑色、他は黒のきつねのような長い顔の死骸を幾つか見てとれ、塔から随分離れた地点でやっとプロレスラーに追い着く。

 手にしている斧が汚れていないので、先ほどの死骸は彼が倒していないのかもしれない。


 プロレスラーを追い越すとさっきのモンスターの死骸があちこちに転がっていた。

 やっぱり前の、うめしゅんとかが倒してるんだね。


 さらに進んだ所で、走っている春川あやなと部長顔をした神官が見えた。

 あれ? 魔法使いのモデルが後から出発したはずだが、この2人を抜いちゃったのか。

 春川あやなの躍動感に溢れた胸を見て癒されたのち、大地を力強く踏みしめながら歩く。


 斬られた鼠がちらほら見える中、結構大きな蝙蝠こうもりが頭部を完全に失った状態で地面に落ちていた。

 飛んできたところを魔法でズドン! ってやられた感じだよね。

 遠くの空には同じ蝙蝠のシルエットをしたのが飛んでいるが、この距離から考えると、この後ここを通る春川あやなは遭遇しないと思うので大丈夫。


 あっちの林の中も一応見て行こうかな。

 鼠や狐がいたら目隠しをしておこう。


 一応鼠4匹がいたが、ちょっと離れた木の上には大きな茶色の蛇もいた。青大将? いやでも青くないから違うのか……。

 普通の蛇なのかモンスターなのかは不明だが、この蛇は鼠を食べるのかな?

 蛇は木の上で届かないから鼠にだけ目隠しをしておこう。

 あと薄黄色の茸がぽつぽつ生えていただけで、モンスターは見かけなかったので、林を抜けて先へと進む。


 禍々しい渦の中心の真下に勇者達がいた。

 疾走しているうめしゅんの前方に妖精が浮いていて、ナビ役なのか右手の人差し指で左側の林を指さしていた。

 うめしゅんの横を戦士が並走し、2人の後ろに魔法使いのモデルが両足が地面から離れて軽やかな感じで走っている。


 やや後方に胴を斬られ倒れている狐がいたが、うめしゅんや戦士が抜刀してない様子から、2人組の盗賊が先に倒しながら進んだのかもしれないと思った。

 露払い役ってやつ。

 何となくバラバラに出発したように見えたが、それぞれに役割があったのかもしれない。


 すぐ近くで時間停止を解除するわけにもいかないので、先に進んで適当な場所を探す。

 あれ鼠だよね。

 距離があり小さい姿だが、報告時間がいるのでモンスターが全くいない地点が望ましいので、もう少し進もう。


 あれ? 何か砂埃が上がって動物の集団が見える。こっちに向かって来てるのかな。

 振り返って勇者達を見ると、妖精が指さしてた方角かもしれない。

 確認できる距離まで詰めよう。


 あ、馬だ。集団の先頭を行く焦げ茶と茶色の2頭の馬にそれぞれ身を低くした盗賊の姿が見えた。

 綱で繋がれ人が乗っていない馬が8頭。もう一度数えても8頭。

 仮にぼくの分も用意してくれたとしても1頭多いよね。じゃあ、荷物運搬用かなとも思ったが、いうほど勇者達は荷物なかったし……予備? うーん、分かんないから、まぁいいや。

 中間地点からはだいぶ勇者寄りのこの地点でいいね。

 うめしゅんに話す内容を思い出しながら、《時間停止解除》!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次回は「ブサメンこの世界の兄と話す。」です

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