第10話 ブサメン退却す。(中)
石の塔の3階にある窓付きの部屋へと移動。周囲の安全は確認できているので《時間停止解除》をする。
「にゃにゃにゃーー!?」
「フギャーーー!!」
かなり小さいが、モンスターである猫たちの鳴き声というか悲鳴がここまで聞こえる。
たまやー! って叫びたいくらいに飛んだ“打ち上げ猫”たち。その数20数匹。なかなか圧巻である。
真下から見上げるよりも、どうせなら最高の場所で見ようと塔に戻りこの部屋に決めて正解でした。
お! リザードマンが両足を縛られていたため、派手に転び悶絶してるのが眼下に見えた。くぅ~、痛そうだ。
その後、痛みから復活したリザードマンが慌てて目隠しを上にずらす。
せっかく固結びしたのに、リザードマンの顔の構造上あんなにあっさり外されるのか。効果薄だったな。
しばらく格闘した足の紐は、剣で切った方が早いと鞘に手を伸ばす…が、剣はないよ。いいね! その、大きくのけ反るリアクション! バラエティーでよくある巻き戻して繰り返すやつで見たかったかも。
あ~、面白かった。
やっぱり剣を花に変えるアイデアは良かった。
ここから見えない他のリザードマン達も驚いてるといいな~。
その後、しばらく眺めてから《時間停止》で時を止める。
妨害用に新たに衣服を裂いて作った紐を手に持ち、塔から出る。目に付いたので石像にも目隠しをしておこう。ただの石像だったら効果はないけど一応念のために。
塔の上からチェックしていたリザードマンの所に行き、ほぼ解かれている紐を「お疲れ様でした」と言いながら再び固結びにする。場所をずらしてもう1本結んでおく。よし、次に行こう。
先に進むと、転んでるリザードマンや、足首を抱えながら苦悶の表情で地面に転がってる者、花の抜かれた鞘を片手に辺りを探してる者など様々だ。
足止めにはなってるようなので安心した。
取りあえず足は結んでおいて、大きく口を開けてる者にはその辺りで引きちぎった草を入れてみる。苦い! ぺっぺっってするよね。……ってこれで何秒稼げれるんだろう? まぁ、いいか。
背中から無数の棘が出てる狼と、明らかに先ほどより速度を抑えている猫にも同様に目隠し等の足止めもしていく。
モンスターはいないがプロレスラーとの距離を確かめるべく歩く。ドスドス駆けてる背中が見えたところで、安全な塔へと引き返し、またしばらく時間を進める。
詰められないように気をつけながらこれを何度か繰り返してると、ふいにモデルが魔法で作った赤い人型のこと思い出した。
確か気味悪いクリーチャーみたいになってたよね。すっかり忘れていたけど、今頃すごく大きくなってたりして。
出会うモンスターたちを紐で結んだりしながら探しに行く。
この森だったよね。途中でホログラムのうめしゅんに何人か会いつつ、皆で分かれた場所へと辿り着いた。
「おおー!」
思わず感嘆をあげる目の前には、なかなかな光景が広がっていた。
細かい血しぶきが宙に舞う中、子供サイズにまで成長したモデル似の赤いクリスタルのマネキンが、一体化している細い棒の先を天を指している。
マネキンを中心にスパッとした深い傷を負う狼が3匹、木の幹に打ちつけられていて、リザードマン1匹が両腕を顔の前でクロスさせて防いでいる状態で停止していた。
リザードマンの腕の鱗にも複数の切り傷が付いているから、これ絶対風の攻撃魔法だよね。かまいたちだっけ。
ゲームでは炎や氷ほど威力がないから、あまり使わないけどリアルは強いんだね。あと、見た目痛そう。
リザードマンがクロスさせてる腕は紐で縛るには丁度いいのだが、停止中とはいえかまいたちの中に入っても大丈夫かな? 停止した世界で切り刻まれないよね。
落ちてる長めの枝を拾って、そろそろと振ってみた。うん……大丈夫そうってことで、縛ろう。
深い傷を負ってる狼も一応手足は縛って、拾った枝を口に入れてつっかえ棒にしておく。
出来ることはしたので、あとはマネキンに任せておこう。
いやあ、魔法って凄いな。
せっかくこの世界に来たんだから、町の魔法学校みたいなところがあれば習おうかな。
何を習おう? 巨大な火の玉は憧れるけど、風の魔法でスカートめくりは必須だよね。などと考えながら歩いていたら、盛り上がった木の根っこにつまずいて転びそうになった。
ああ、びっくりした! 森を出るまでは足元に気をつけて慎重に進もう。
その後は、注意していたので何事もなく妨害を繰り返しながら時間を進めていく。塔から見えていた赤黒い渦も順調に遠ざかっていっている。
あの渦の下、うめしゅんが頑張って走ってるんだよね。
「よし! ぼくも頑張ろう」
24時間テレビのマラソンを雪見だいふくとか食べながらボーっと観ている時は、何とも思わなかったが今は元気を貰ってやる気が湧いてくる。
妨害を繰り返しさらに時間を進める。
引きちぎられることが多い紐を調達するため、低い階層の服を取り尽くしては階層を上がるのだが、塔の中で変化が起きてきた。
目の前にいるこの……巨体で立派な牙が生えている二足歩行の猪のモンスター……なんて名前だろう? オーク? いや、違う。妖精がぼくを初めて見た時にオークと間違えてたけど、こんな目立つ牙の生えたモンスターとは間違わないだろうから……うーん、猪頭でいいか。
その猪頭が、なんと各部屋から家具を運び出していたのだ。
黒ヒョウより体格がいいから、大きな机も1頭で楽々と担いでいる。
アイテムや宝物などを持ち帰るのは分かるが、元はここに住んでいたであろう人間用の備品も持っていくとは正直思わなかった。
もう完全に引っ越しだよね、これって。しかも、梱包もしないから仕事も早そうだし。
厨房とかの備品も持っていく可能性がグッと増えたかもしれない。
早いうちに隠してるアイテムを別のとこに移さないと!
いや待てよ。ここで、フムと考える。
さっきまでいなかった猪頭が、突然いるってことは、魔法陣から現れた可能性が考えられるよね。
逆に持って行かれないように、魔法陣を消しちゃうって手もあるな。
でも、消しちゃったら今ここにいるモンスターは残るってことだよね。うわ~、邪魔になるかな? どうしようかな。
「まぁ、取りあえず見に行こう」
考えても仕方ないので10階に上がってみることにした。
「ああ、やっぱり運んでる」
9階のどの部屋もさっぱりしちゃってるから確信を得たけど、全部の階のを持っていくつもりだね。
10階へと続く階段を上るが、モンスターの多さに驚く。
扉が開けっぱなしの部屋へと入ると、運び込まれた机や箪笥などが一列に並んでいて、その傍らに「ふう~」という表情でタオルで汗を拭いている猪頭がいる。
さらには、タオルを首に巻いて再び家具を取りに戻ろうとしている猪頭さえもいた。出来ればさぼってて欲しい。
その集めた家具を転移させるであろう魔方陣の方を見ると、後ろ手を回してるみすぼらしい服を着た人間の集団が、皆一様に不安そうな表情で立っている。
そして、その集団の中にFランクの大学に通っている肉親と瓜二つの人間を見つけた。そう、その人物とは……
「兄ちゃん!?」
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