第9話 ブサメン退却す。(上)
うめしゅんが退却命令を下した後、各々が動き出す。
「ピポリ様。これを」
春川あやながそっと手のひらにある小さな何かを妖精に見せた。
「ああ! キシャエル様! ありがとうございます」
「いいえ。さぁ、男性の皆様は背を向けてくださいませ」
プロレスラーが「やれやれ」と首を振りながら背を向ける。
「魔法使い様もです」と春川あやなに促されたので、後ろを向き隣のプロレスラーに聞いてみた。
「どういう事ですか?」
「妖精様はいつも寝る時は裸らしい」
え!? じゃあ、今までベッドから出なかったのは裸だったからってことですか? 病気じゃなかったの? ま、健康で良かったのだけど、そんな理由でずっと籠を持たされていたのか……。
そっか、妖精は裸で寝るのかと呟いていたら、ピポリ様だけなとプロレスラーが返してくれた。
妖精に背を向けて、うめしゅんと会話をしていた盗賊2人が「先に行って、馬を取って来ます」と言い残し、物凄い速さで森を駆けて行った。
アニメで見るニンニン走りのレベルで驚いた。盗賊と思っていたが、実はこっちの世界では忍者みたいなのかもしれない。
「多少の攪乱にはなるでしょうから、こことあちらの林に『幻覚』をかけておきましょう」
「ふむ。では、私は『幻聴』を」
モデルと部長神官がそれぞれ、魔法の棒とロッドを掲げ、ぶつぶつ言っている。
部長神官が今も持っている灯の付いていないランタンが目に入った。そうだ、気になっていたやつだ。横のプロレスラーに聞いてみよう。
「ああ、あれか。……俺の口からは詳しくは言えないな」
その口ぶりからマジックアイテムは確定だと思うけど、突然来た人間には教えてくれないよね。まあ、当然だろう。
いや、単純に分からないとか? バラエティー番組で芸人から「脳筋かよ!」って突っ込まれてたのを思い出すとありえそう。
「キシャエル様、ありがとうございます。これで自由に飛べます」
「男性の皆様、もう良いですよ」
春川あやなの涼やかな声に振り向くと、黄色のTシャツと、白と水色の縞の七分パンツを穿いた妖精がスイスイ空を飛んでいた。妖精って羽があるのが普通だと思っていたが、
「羽が無いんだね」
「え?」
ハッ! しまった! うっかり独り言がもれちゃった。しかも、春川あやなに聞かれてるし。
「羽のある妖精がいるのですか?」
うわ! 春川あやなに質問された! キラキラした目で見てる!
「それは、興味がありますな」
なぜか、部長神官のカットイン! こっちもキラキラした目で見てる……。
何と言えばいいのかと言葉に詰まっていると、
「ちょっとすまない」
うめしゅんとの会話が終わった戦士が声を上げたので、皆がそちらを見る。はあ、助かった……。
戦士が各人に命令を与えてる中、うめしゅんがこちらに来た。
「これから城に戻り国王に報告しないといけません。今回の貴方の働きは……その、評価にもつながるかと思いますので、城に同行していただけませんか?」
うわ! うめしゅんにお願いされてる。一瞬“評価?なんの?”と疑問に思ったが、お願いされてる驚きに消し飛んだ。
「本来なら拒否権はないのだが、そなたには瞬間移動の魔法があるからな」
命令が終わったのか戦士の顔がこちらに向けられていた。皆の視線を一斉に感じているぼくは、ほほが火照っていくのを止められない。あと、背中の汗も止まらない。
「…は(声掠れてる)、はい!(うわ、返事が大き過ぎ) い、行きます。えっと、お城ってあっちですよね?」
盗賊の二人が走って行った方角を指すと、うめしゅんがそうですと答えてくれる。
モデルが小さく「まさか……」と呟いたのが聞きとれた。
「じゃあ、瞬間移動で行きます」
「それでは、待っていますね」
と、うめしゅんが言い、戦士を伴い駆け出した。鎧を着けているのに速く、ガシャガシャという音もしないのに驚く。
「待ってくださーい! 勇者様ー」
慌てて妖精が追いかけ……いや、戻ってきた。
「魔法使いさん。一緒に私の籠もお願いします」
ええー、ぼくが持ってくの? 確かにあのベットのクオリティは捨てるのは惜しいから拾おうかなとは思っていたけど。
その後、春川あやなと部長神官が駆け出す際にも声をかけられた。
モデルが自分の足元に魔法陣の書かれた羊皮紙と、大きめの赤い宝石をその上に置いたのち、
「瞬間移動の魔法を多発するって……ふう」
とため息をつき、駆け出していった。
呆れられたの? 瞬間移動って、ひょっとしてMPの消費が多い魔法なのかな? ゲームではモンスターの翼で代用できるくらいだけど。あ、あれは城とか町限定だったっけ。
皆の反応を見てると、きっとすごい魔法なんだろうな。まぁ、ぼくは使ってないんだけど。
赤い宝石がクリーチャーのようにうねうねと人型になりつつある中、プロレスラーがぼくの肩にポンと手を置く。力がある人特有の、その人にとっては普通なんだけど、置かれた方は何気にちょっと痛くて重いんだよね。
「殿は俺か。はぁ~、傭兵って損な役回りだよな。魔法使いになればよかったと思うぜ」
「はは…」
いやいや、脳筋キャラのあなたには魔法使いは似合わない、とは言えない。代わりに、
「微力ですが、ぼくも足止めをしてみますね」
それを聞いたプロレスラーは驚いたが、次の瞬間破顔して、
「本当か? そいつは助かる。じゃあ、向こうで会おうぜ」
「はい」
《時間停止》! ピタ! 世界が活動を止め、無音になる。
目の前にはプロレスラーが大きく足を踏み出した姿勢で止まっている。
妖精を助けたのが大きいけど、基本みんな良い人たちで良かった。
いや~、有名人と喋って緊張したな~。会話した内容を思い出しながらニヤニヤ笑う。
あ、そうだ!
部長神官が妖精に掛けられていた布に興味を持っていたので、取りに行ってみよう。
春川あやなに「すごーい」とか言われるかもしれないしね。
森を出て塔の方向に行くと、狼みたいなのとリザードマンがわらわらとこっちに向かって来ている。こんなに数いたっけ?
ああ、そうか。塔の周りの全方角にいたのが大集結したのかもしれない。
たまに飛ぶ猫もいて、場違いだが癒される。
黒ヒョウの剣士が見当たらないので塔の中にいるのかな。走るスピードが速そうなので、追手に参加しないのはありがたい。いや、逆に二足歩行は遅いのかも。
向こうの林にはホログラムみたいな勇者を切ってるリザードマンがいた。
はいはい、幻覚とか言ってたモデルの魔法だね。目を凝らすと木の隙間から数人のうめしゅんが見える。
振り返って空を見る。あの辺に本物のうめしゅんがいるのか。渦の中心の下なのでとても分かりやすいよね。
うーん、この数はなんとか足止めしないといけないレベルだ。『RPG』じゃなくほぼ『無双』だもん。
足止めってどうしよう。とりあえず歩きながら考えよう。
塔の内部に入り、押収したアイテムを隠してる場所を確認する。無事でひと安心。
階段を上り下りしているリザードマン達の横をジグザグに抜け、骸骨戦士の数がぐんと増えた気がしつつも最上階へと向かう。
ふー、到着。といっても時間停止中なので疲れないだが。
部屋の前のガーゴイルがいなくなっていた。あれ? 妖精を連れて部屋を出た時はいたっけ? 記憶がないな。
玄関の石像はいたよね? ……うん、いたいた。
じゃあ、ガーゴイルは逃げた? いやいや、それはないな。勇者を追ってるのかな? すぐ追いつくくらい早そうだけど、ガーゴイルってゲームでも弱い部類に入るから勇者なら大丈夫だろう。
大体、時間止めててもはるか上空を飛んでたら手出しは出来ないしね。
だいぶ破壊されかけた扉を開いて中に入ると、沢山いると思っていた黒ヒョウの剣士は6頭しかおらず、部屋の中はガランとしていた。
机の上の書類はないし、引き出しはすべて開いていて空だし、ぼくが持って行けないなと諦めたアイテムも含め、目ぼしい物は全てない。当然ながらあの布も。
赤い魔剣の入っていた空の木箱が、無残に残されていたのはちょっと笑ったが。
ま、ないなら諦めよう。
部屋から出ていくときに、床に描かれていた大きな魔法陣も綺麗に消されている事に気付いた。
ちょっと良い妨害方法を思いついたので、タンスから虫が食ってる衣服を取り出し、短剣を使って細く裂いていく。
数十本切ったところで、これだけあればいけるかなと外に出る。
さぁ、追跡者の妨害をしよう!
とりあえず、リザードマンやリードで引かれてる狼みたいなのに細く切った布で目隠しをしていく。もちろん固結びで。
転倒を狙って交差してる両足にも布を結ぶ。
足が交差してないリザードマンには、嫌がらせでブーツに小石を入れておこう。着地する足の下に石を置いて、ついでに足首をぐねらそうかな。
鞘に入ったままの武器は、剣だけ抜いて森へと隠したす。何本も隠してると不意に“刀狩り”という単語が頭に浮かんだ。
隠してる時に自生している白い花が視界に入ったので、なんとなく摘み、それぞれの鞘に挿してみた。わあ! 急にメルヘンになったよ。これ絶対リザードマン驚くよね。口元に笑みが浮かぶ。
ちょっと進んだところに狼が2頭並んで走っているので、目隠しした後にちょっと体をずらしてぶつかるようにしてみた。
口が大きく開いているので、太い木の枝でも咥えさせてみようかな。長さ的に縦でもいいかも。あ、ピッタリ!
あっちにも結構な数がいるので、同じことをしておくか。
飛んでる猫もちらほら見かける。
おそらく凄い速度で進んでいるんだろう、顔がニューってなってる。これ太い木の幹の前に置いたらどうなる? と想像する……いやいやいや、死んじゃうから絶対駄目だわ。
そうだ、進行方向を上に向けたら打ち上げ猫になるんじゃない? これなら命の危険もないし、なにより面白そうだ。
よし! 妨害作戦の一発目は完了!
あとはこれを少しずつ時間を進めながら、延々繰り返そう。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回は(中)になります。