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多重人格のヒロインを手伝う件について  作者: るなふぃあ
第三章 新たな協力者は思いの外厄介だ
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おい、弄んでんじゃねえよ!!

「ほら。買ってきたぞ。クリームパンと野菜ジュース」

「ご苦労さま、そこに置いといて」

 放課後、新聞部の部室にて。

 ちょうど今、陽花に頼まれていた買い出しを終えたところだ。

 言われた通り、袋ごと買ってきた物をテーブルの上に置く。

 雑用がどうのこうのと言っていたけど、まさかパシリだったとは。書類整理や情報収集を任されるのかと思っていたのに、期待外れじゃねえか。

 なんでも『そんなものアンタに任せたら記事が台無しになる』だってよ。

 ほんとひでえよな。俺だってやろうと思えばできる自信はあるんだぞ。

 エクセルとワード、その他諸々のファイルを閉じ、陽花がパソコンをスリープモードにさせた。

 休憩するならちょうどいい。

 ひょいと陽花に向けて右手の平を差し出す。

「陽花、ほら」

「え? あたしからお金を取るの?」

「当たり前だろ。別にパシリ代が欲しいってわけじゃないんだ。いいからこのレシートに書かれてある金額をよこせ」

「返す」

「ちょ、押し返さないでくれる!?」

 レシートを手渡した瞬間に押し戻された。ふざけるな。パシリはしても奢ってやるつもりはねえぞ。

「いくらなんでも酷いぞこれは」

「知らないわよ。アンタはあたしの雑用をするとあの時頷いたのよ。あたしに貢ぐのが当然でしょ。どう、光栄でしょう? 天使に貢物をするのは」

「いつから雑用がそんなひどい扱いになったんだよ。こっちは買い出しに労力使ってんだ」

 聞いたことねえよ。雑用が貢物をするだとぉ? んなバカな。こちとら購買まで片道八分もかかってんだ。

 しかも購買は一階。それに対して新聞部は五階。学生用にエレベーターがつくられていないから大変なんだぞ。

「ったく、今回だけよ」

 陽花が胸元に仕舞っていた生徒手帳を取り出し、百円玉を手渡してきた。

「おう、サンキュー。って足りねえよ! 二つで二百円だったんだぞ。もう百円よこせ」

「却下。きちんと買い物もできないバカには百円で十分」

「はぁ? 何言ってんだお前」

 買ってきた物を確認する。

 買い間違えたなんてことはないはずだ。陽花から頼まれたものは、野菜ジュースとクリームパンの二つのみ。たったこれだけの買い物で間違うバカなどいるものか。

「ほら、ちゃんと二つともあるだろ」

 俺が机の上に置いてある野菜ジュースと陽花が手に持っているクリームパンを指摘する。パンが入っていた袋にはちゃんと『くり~む』と平仮名で書かれてあるから、中身が違っていてもそれは俺のせいじゃない。

「渡したメモをちゃんと見なさいよね。あたしは紫の野菜ジュースを頼んだのに、なによこれ。嫌いな黄色い野菜ジュースじゃない!」

「え、あれ? 黄色の野菜ジュースじゃなかったっけ?」

「メモをちゃんと見て」

 俺はポケットに仕舞った一枚の紙切れを取り出す。

 あ、ほんとだ。黄色じゃなくて紫色と書かれている。しまった、完全に見落としていた。

「すまん、俺のミスだ。ちゃんと買い直してくる」

「そこまでしなくていいわよ。待つの嫌だし。嫌いだけど飲んであげる」

 陽花が紙パックにストローを刺し、ごくごくと飲んでいく。

 おぉ、苦手と言っていたわりにはよく飲めるなあ。しかも一気飲み。

「ぷはーっ。美味しいわねこれ」

「って、お前さっき嫌いって言わなかったか!?」

「言ったわよ。でもそれは飲まず嫌いと言うやつね。どうもこの色を見るとまずそうにしか見えないから」

「……もういいよ。それで? 他に手伝うことはないのか?」

 この際だ。俺のミスってこともあるし、ジュース代は奢りで構わん。でも、パシリはもう勘弁だぞ。やりがいのある面白い仕事をよこせ。

 と、期待の眼差しで陽花を見つめると、彼女は顎に人差し指を当てふうむと唸った。

「んー、まだ記事を書くには情報不足ね。よし、暴力女を呼んできて」

「海梨を?」

「この記事をもっと面白く書くためにはあの女の情報が不足しているのよ」

「なんなら俺が海梨のことを教えてやろうか? 俺はあいつの幼馴染だ。お前が知らないこともいっぱい知っているはず」

 例えばほら、俺以外は知らないデレデレモードの存在とか。

 もちろんそれを喋ったりはしないけどさ。海梨についてなら答えられることは多いはず。

「そう? それならわざわざ呼ぶのも面倒だし、アンタに訊くわ」

「おう、何でも答えてやるぜ」

「じゃあ質問その一。暴力女は何カップ?」

「は?」

「聞こえなかったの? アタシはあの暴力女が何カップあるのかと」

「ちょ、ちょっと待て! なんでそんな質問してんだよ、意味わかんねえよ!」

 打倒副会長の記事を書くのに、どうして胸の情報なんて知る必要があるんだ。どう考えても不必要だろ。

「何言っているのよ。面白い記事を書くには身体的特徴まで知っておく必要があるの。さぁ、奴は何カップなの? あの細さであのボリューム、信じられない。あぁもう一体何なのよ、ムカつくわね。さぁ、夕。答えなさい!」

「ちょ、なんか嫉妬混じってねえか!? ていうか、んなこと俺が知ってるわけねえだろ! それにお前、本当に俺が海梨のバストサイズなんて知っていると思ってんのか!?」

「もちろんよ」

「変態かよ。陽花の中で俺は変態扱いされているのかよ」

「あれ、変態じゃないの? 本当に暴力女のバストサイズを知らないの?」

「知らねえよ。それにもう一度言うが俺は変態じゃねえ」

「あ、ごめん。紳士だったわね」

「そうだよ、俺は紳士。ってそっちの変態でもねえよ!」

 クスクスと陽花が笑った。

 あっ、こいつからかいやがったな!?

「冗談よ冗談。しかしアンタ面白いわね。あのちびっこ学長といい勝負をしているわ」

「やめてくれ。あんな学長と一緒にしないでくれ」

「さすが血が似通っているだけはあるということね」

「だから一緒にしないでくれ、ってお前知っていたのか」

「あたしの情報収集能力を舐めないで。アンタが学長と親戚関係にあたることなんて、とうの昔に知っているわ」

「じゃあ海梨のことをどれくらい知っているんだ? お前なら俺の知らないバストサイズとか知ってそうな気がするんだけど」

 この様子だと俺の知らない海梨の秘密まで知っていそうだぞ。

「アンタ、そんなにあの女が何カップか知りたいの?」

「い、いや、俺は決してそういうつもりで言ったんじゃなくて」

「慌てすぎ」

「……お前なあ」

「ちょっとからかっただけよ。そんな怒らないで。それにしてもあの暴力女のことねえ。んー、アンタがいうデレデレモードなら知っているわよ」

「え!?」

「この目ではっきり見たことがあるからね。あの変貌ぶりには天使であるあたしでさえも驚いたわよ。なによあの態度。本当にデレデレじゃない、気持ち悪い」

「き、気持ち悪いって」

 確かにあの豹変ぶりは普段の海梨からは全く想像できないだろうけど。

 いやしかし、俺しか知らないことだと思っていたのに、まさか陽花がデレデレモードのことを知っていただなんて。

「まさかとは思うけど、他のみんなも?」

「ううん、このことを知っているのは他にいないはず。全く隙を見せないからね。この情報を得るのに相当苦労したわ」

「そんなところに労力をかけるなら他のところにかけてくれよ」

「却下。面白いことにしか興味がないもん」

「はいはい、そうかよ。それで? なんで海梨が二重人格だって知ったんだ? 普通に過ごしていたら気づくことないだろ」

 俺みたいに海梨と幼馴染ならわかるけど、陽花はこの学園に入ってから知り合った仲だ。俺の知る限りでは、海梨が二重人格の持ち主だなんて知る機会など一度もなかったはず。

「それはアンタが『海梨ぃ、デレデレモードのままでいてくれよぉ』なんて気持ち悪い寝言を夏休み前の授業で言っていたからでしょ」

「おいマジかよ」

 俺、そんな恥ずかしい寝言を言っていたのか。

「てことは、やっぱり陽花以外にも海梨が二重人格の持ち主だと疑っている人がいるってことになるのか?」

「さぁ、それはどうでしょうね。でも、さっきも言ったけどあの暴力女はほとんど隙を見せないわ。おそらく知っているのはあたしとアンタだけ」

「それならまあ、別に」

 いいか、と言いかけたところでふと疑問が湧いた。

 もし海梨がこのことを知ったらどうなるのか。

 俺と二人きりでもツンツンモードのままになってしまうのか。それとも常時デレデレモードになってくれるのか。

 わかんねえ。不確定要素が多すぎる。

 とりあえず内緒にしてもらおう。

「陽花。絶対に言うなよ」

「誰に? 何を?」

「もちろん海梨にデレデレモードのことを知っているという事実を」

「いいわよ。言わないでおいてあげる。その代わりに、はい」

 陽花が左手を差し出した。

 くっ、お金を取る気なのかこいつは。

 だがやむを得ん。これは自分のためでもあるんだ。

「わかった、払うよ。いくらだ」

「一万円」

「は?」

「ごめん間違った。十万円」

「え、十万?」

「まだまだいけそうね。なら百万円でどう?」

「ちょっと待て! なんであり得ない倍率で金額が跳ね上がってんだよ!」

「そんなのアンタが余裕そうな顔をするからでしょ」

「余裕そうな顔じゃねえよ! ビックリしてんだよ! あり得ない額にビックリしてんだよ俺は!」

 と、ここでまたして陽花がクスクスと笑いやがった。

 だーくそぅ、またからかったのかよ!

「なんだかアンタといると本当に面白いわね。さすが……プロポーズしただけはある」

「プロポーズ? 何の話だ」

「な、なんでもない、なんでもないから! こ、こほん。それにしてもアンタ、学長とはまた違ったからかい甲斐があるのよねー」

「頼むから勘弁してくれ」

 そして叔母さん、あんた学長だろ。一人の生徒にからかわれているなんて恥ずかしすぎるだろ。

「さてと、そろそろ作業に戻るわ。ま、安心して。別にこのことを言うつもりはないから。それと本当に暴力女を呼んできて。情報が足らないのは事実なのよ」

「わかった、今すぐ呼んでくる」

「あ、ちょっと待った」

「なに?」

「もう一個このジュースを買ってきて。色は黄色。今度は間違えないでよね」

「結局気に入ってんじゃねえか!」

 俺は愚痴りながらも新聞部を後にした。


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