やっぱりツンツンはツンツンなんだよなぁ
例のイベントが一週間前になった。そのせいか学内は騒然としている。
特に放課後。部活動の連中なんかは出し物を何にするかでまだ揉めているところもあるらしい。
まあ、そんな面倒くさいイベントは置いておくとして。
規則を破ったことにより、あれから俺は海梨や陽花と言葉を交わすことができないでいた。
というのも罰則が『一週間女子との会話を禁じる』だったからだ。
その間俺は岸野と話をしてばかり。女子と会話ができないって辛いものだとよく実感したよ。
「だが今日で解禁だ。そろそろまじめに話を進めないといけないし」
ベッドの上で伸びをしながら気合いを入れる。
まじめに話を進めるというのは、もちろん海梨の生徒会選挙について。
試しに一度岸野に相談をしてみたけど、所詮凡人。良いアイディアなど一つも出てこなかった。
「おはよ。やっと解禁らしいな」
「よう、岸野。そうなんだよ、ようやく解禁だ」
教室に入るなり岸野と挨拶をする。一週間だけだったが、こいつには大変お世話になった。
「海梨を見てないか?」
「朝日野さん? さぁ、どうだろう。そもそもクラス違うし」
「そうか」
さっき海梨のクラスを覗いてきたけどいなかったんだよなあ。一体どこにいるんだろう。すでに登校しているとは思うんだけど。
岸野がずいっと顔を近づけてきた。
「なあ、やっぱりお前たちは付き合っているのか?」
「はあ? なんだよいきなり」
「昨日クラスの男子から聞いたけどよ、お前ら二人きりでいるところを清水に邪魔されたらしいな。それって修羅場か? もしかしないでも修羅場なのか? 実は朝日野さんだけでなく清水とも付き合っているとか? だーくそ、羨ましい奴め! それならそうと隠さず俺に言えよ、相談くらいは乗ってやるのに」
「勝手に勘違いするな、話を進めるな。俺はどっちとも付き合ってねえよ」
「またまたそんなこと言って。別に隠さなくていいってば」
「付き合ってないんだって」
「だから隠さなくても」
「付き合ってないんだ」
真面目な顔をして答える。嘘言ってもしょうがないし。
「マ、マジで付き合ってねえの?」
「だからそうだって言ってんだろ。二人から告白されたことなんて一度もねえよ」
「じゃあお前から告白したことは?」
「それもしてない。だってフられるの目に見えているし。っていうか俺は二人と付き合えるのなら大歓迎だぞ」
陽花は電波だけど可愛いのは間違いないし、海梨はデレデレモード限定だけど。
「んだよ、それならお前がその気なら付き合えるじゃねえか。清水は知らないけどよ、朝日野さんはお前のこと大好きだろ」
「どこがだよ、いつも暴力振るわれてんだぞ」
「それがツンデレなんだって」
「あいつはデレない。何があっても」
こいつは知らないだろうけど、ツンツンモードはとことんツンツンだ。デレた瞬間なんて一度も見ていない。
それに俺と海梨は幼馴染だぞ。海梨が俺のことを一人の異性として見ているなんてあり得ねえだろ。
その証拠にほら、俺はデレデレモードから一度も愛の告白なんて受けたことがないんだからさ。
「ほんと朝日野さんが可哀そうだなぁ」
「鬱陶しい奴め」
そうして俺が自席へ向かおうとしたところで、ガラガラガラ。
「お、清水が来たぞ」
「え、マジで?」
教室の入り口を見る。お、本当だ。これはちょうどいいや。
俺は陽花の方へ歩み寄る。
今一番探しているのは海梨だけど、実は陽花にも用事があったんだよな。
もちろんその用事というのは例の写真について。罰則を受けていたから陽花に確認を取れなかったんだよ。無事に削除されたのなら良いんだけど。
「おはよう、陽花。ちょっといいか?」
「なに?」
俺は付近に誰もいないことを確認してから陽花に耳打ちする。
「例の写真のことなんだけどさ」
「あー、あの写真ね。あれならもう消したわよ」
「え、本当か?」
「二度も同じことを言わせないで。ちゃんと消した」
「それは良かった。でも何で消したんだ?」
陽花のことだ。面白がって新聞記事を作っただろうに。削除するなんて珍しい。
「仕方ないでしょ。先生に削除しろと強要されたんだから。ただ消すだけだと納得できなかったから『それで処罰をチャラにして』て言ってみたのよ。そしたらどうよ。意外にもすんなり受け入れたのよ? だから削除するしかなかったの」
「なるほど」
相変わらず体育教師以外には強気なんだな。羨ましい、俺もそれくらい強気に出てみたいところだ。
「そのせいで水曜日に貼り出す学内新聞に面白い記事がないのよね。このままだとあたしは星占いについて書かなければならないわ。どうしてくれるのよ」
「俺にそんなこと言われても」
「責任を取りなさい。あたしから面白い記事を取り上げた責任を」
「理不尽だろそれは。俺は関係ねえぞ」
「関係ないことはない。だってあの場でアンタが割り込んでこなければあたしたちは場所を移して決闘していたのよ。先生に見つかるなんてことはなかった。イコール、アンタのせい」
「無理ありすぎ」
「浄化させるわよ」
陽花がお気に入りの鉛筆を胸ポケットから取り出し、ピッとこちらを指す。
「面白い記事を見つける手伝いをしなさい。二度は言わないから」
選択肢はないってことか。
俺は沈黙を返すことで了承の意を示した。
「それじゃあ放課後までに考えておいてね。面白い案を期待しておくから」
陽花はあざとくウインクをした後、自席へ。
ったく、面倒なことになったじゃないか。海梨の生徒会選挙についても考えないといけないのに、放課後までに面白い記事を考えろってか。
面白い記事、面白い記事ねえ。あっ、ちょうど例のイベントまで一週間だし、それについて書けばいいんじゃないのか?
あーでも、あいつは面白がらないだろうなあ。意外性を突く内容じゃないと興味を持ってくれないし。
「どうしたユウ。教室の入り口に突っ立って。考え事か?」
「そうなんだよ。陽花に面白い記事を書くための手伝いをしろって強要されてさ、って海梨!?」
右を向くと幼馴染みが佇んでいた。
もちろん今の海梨はツリ目。
「私がいるのは不自然か?」
「いや、お前のことを探してたんだよ」
「何の用だ」
「生徒会の件について。あれから選挙のこととか全然話していなかっただろ」
「あぁ、そういえばそうだったな」
「えらい暢気だなお前」
もっと焦れよ。自分のことだろ。
「む、それは勘違いだぞ。私は私なりに考えている。それよりもお前はどうなのだ。何か良い案の一つや二つ思いついたのか?」
「いや、俺は全然」
「ほんと使えない奴だな」
「お前なあ」
好き勝手言いやがって。ほんとツンツンモードはムカつく奴だ。勝手に俺を巻き込んでおいて使えない宣言か。んなこと言うくらいならそもそも俺に手伝わすなっつうの。
「ちゃんと考えろ。お前は私の下僕だろ」
「下僕になった覚えはねえよ。俺も考えてはいるんだ。ただ思いついていないだけで。あ、そうだ。何か案があるなら昼休みにでも聞かせてくれ」
「ふんっ、仕方ないな」
偉そうに腕を組む海梨。どうやら一つや二ついい方法を思いついているらしい。
「ところで、さっき面白い記事がどうとか言っていたよな?」
「あぁ、それか。お前のせいでもっと面倒な事にまで巻き込まれたんだよ。この水曜日に出す学内新聞に面白い記事が全然ないんだとよ。お前も考えてくれ」
「なぜ私が考えなければならないのだ。面白い記事といっても、ん?」
「どうかしたのか?」
「学内新聞、と言ったよな?」
「陽花はそう言っていたぞ。それが?」
「つまり、掲示板に貼り出されるということだな?」
「だろうな。学内新聞だし。ババンと掲示板に大きく貼り出されるだろ」
「そうか。それなら……よし、いい方法をまた一つ思いついたぞ。昼休みに清水を連れて学食に来い。絶対だぞ。いいな?」
「え? ちょ、おい!」
理由を聞こうとしたら海梨がスタスタと自分の教室へ戻ってしまった。
退屈な授業が終わり、昼休み。
俺は海梨に言われた通り、陽花を学食へ連れてきたのだが。
痛い。非常に痛い。
何が痛いって? そりゃあ視線に決まっている。俺と海梨、陽花の三人で一つの丸テーブルを囲んでいるんだけど、そこへ好奇な目が集まっているんだよ。
「どういうことだこれは」
「どうしてあたしたちはこんなにも見られているのよ」
「さ、さぁ?」
どうやら二人は知らないらしい。現在俺が海梨と恋人の関係にあると間違われているところに向けて、さらに陽花が加わってきたという、修羅場であるなんてデマを。
とりあえずそれはおいておくとして。
「他人の視線なんかどうでもいいだろ。それよりも海梨、話があるんだろ」
本題に入る。
学食に陽花を連れて来いと言ったのは海梨だ。今朝いい方法をまた一つ思いついたなんて言っていたから、それについての話だろう。
「清水、お前に頼みがある」
「断る」
「む、せめて私の話を聞いてからにしてもいいだろ」
「よくない。あたしはアンタのことが嫌いよ。そんな奴の頼みなんて聞くはずないでしょ」
「そうか、面白い記事になると言ってもか?」
ピクリ。その一言に陽花が眉根をひそめた。
「面白い記事ぃ?」
「絶対面白い記事になる」
「その自信はいったいどこからくるのよ?」
「さぁ? それは言えない。どうする清水? 私の話を聞くだけ聞いてみるか?」
「ふ、ふんっ。一応聞いてあげるわ。でも面白くない記事だったら即座にアンタを浄化させるから」
ピッとお得意のポーズを決め、格好をつける陽花。
「残念ながら決まってねえぞそのポーズ。お前、聞きたくてしょうがないってオーラ丸出しじゃねえか」
「夕、アンタは黙っていなさい。今あたしはこの暴力女と話をしているんだから」
口を挟んだら睨まれたので俺はさっそく聞き専状態に入る。
俺はどうせ弱い者。痛い思いをしたくないから黙っているのが一番だ。
陽花がうずうずしながら海梨の目を見た。
「それで? その面白い話って?」
「私が次期生徒会長に立候補することだ」
えー、それかよ。生徒会長に立候補するという話がとても面白くなるとは思えないんだけど。
なんて思っていたら案の定陽花がため息をついた。
「聞いて損した。帰る」
「ちょっと待て。最後まで話を聞け」
「聞いていられないわよ。そんな話、面白くなるはずがない」
「じゃあ逆にこう言えば興味を持つのか? 生徒会副会長を倒す、と」
「……アンタ、本気で言っているの?」
陽花が何かを察したらしく、海梨の顔をまじまじと眺めた。
「本気だ」
その問いに対して嘘偽りなく答える海梨。
そして、少々の間があって、
「いいわ。そこまで言うのなら記事にしてあげる。あの醜い生徒会をブチ壊すつもりなんでしょ?」
「やはり知っていたか」
「当然よ、あたしは新聞部よ? そんな裏事情知っていて当たり前でしょ。生徒会長と副会長に何度も記事を握りつぶされてきたもの」
へえ、そうだったのか。この前面白い記事が何度も握りつぶされていると言っていたけど、主な原因は会長と副会長だったのか。
にしても、良かったな。これで仲間が増えたじゃないか。
「海梨、陽花にも生徒会選挙の手伝いをしてもらったらどうだ?」
「うむ。それは良さそうだな」
「ちょっと、何二人して勝手に話を進めているのよ。あたしはそこまで許可した覚えはない」
「まあそう言わずに話を聞いてくれ。この前も言ったけどさ、俺は海梨が生徒会長になるための手伝いをしているんだ。それで今どうやって票を獲得しようか悩んでいたところで。頼む。新聞部のお前の力があれば何とかなるかもしれないんだ」
「あたしにこの暴力女に対する好意的な記事を書かせて、全校生徒の支持率を上げろってこと?」
「まあ、そういうことに――」
「その必要はない」
俺が言い切る前に海梨が首を横に振った。
「なんでだよ」
「私に対する良い記事など書いても面白くないだろう」
「じゃあ何を書いてもらうつもりなんだよ」
「基本的には清水の好き勝手にやってもらう。が、初めは私が生徒会長に立候補する記事を書いてもらう。打倒現副会長と発表してくれたらいい。その方が注目も集まるし盛り上がる。これの真意はわかるか、ユウ」
「強敵に立ち向かうことをアピールすることじゃないのか?」
思ったことをそのまま口にすると、なぜか陽花がため息をついた。
「アンタばかぁ? 立候補する人間は他にもいるのよ。つまり、この暴力女はみんなの注目を副会長と自分だけに集めようとしているのよ」
「それでどうしようってんだよ」
「ここまで言ってもまだわからないなんて。ほんとどうしようもない奴」
「悪かったな、どうしようもない奴で。それで?」
「この時点で敵を減らそうとしているのよ。『激突。生徒会副会長VS生徒会書記』なんていう記事を書いてみなさい。他の立候補者は注目度がかなり低くなるでしょ。イコール、票を集めにくくなるということよ」
「そういうことか」
新聞部がこの二人だけを取り上げることで、多くの生徒を他の候補者へ目移りさせないようにするためか。なるほど、海梨も考えたもんだな。
俺が納得すると、陽花が値踏みするような眼で海梨を見つめた。
「アンタは生徒会長になったらあたしをどうしてくれるつもりなの? それ次第によっては手伝ってあげないこともない」
「ギブ&テイクか。良いだろう。私が貴様の力を借りて生徒会長になった暁には広報にしてやる。新聞部よりも活動しやすいぞ。どうだ」
「ふんっ。わかっているじゃない。今の新聞部は腐っているわ。生徒会に恐縮しすぎて面白さのひとかけらもない。交渉成立よ」
パシッと海梨と陽花が握手を交わした。
すると周りの生徒たちから歓声が上がった。
どうやら和解したと勘違いしたらしい。
陽花は席を立つと、俺の方を向き、
「とりあえず、明後日に出す学内記事のトップはさっき言ったやつで飾るとして、あー忙しくなってきたわね。忙しい、忙しい。今日中に記事を書きあげなきゃならないのかあ。雑用の一人くらい欲しいところ。ねえ、夕?」
「わかったよ、手伝えばいいんだろ」
「じゃあ放課後、新聞部で」
そう伝えるなり、陽花はそそくさと学食から出ていった。おそらく購買で何か買って昼休みの間に少し記事を書いたり、情報を集めたりするのだろう。
大変だなあ、新聞部は。
「ところで俺の褒美は? 陽花には広報にしてやるっていう報酬があるんだろ?」
ふと気になったので海梨に訊ねてみる。陽花は広報をやりたかったようだからこれでいいだろうけど、俺の場合は生徒会に入りたいわけじゃない。何か別の褒美があってもいいだろ。
「褒美か? んー、そうだな。ユウ。お前は雑務に任命してやろう」
「ひでえ扱いだなおい」
あくまでも俺を下僕扱いする気満々なツンツンモードであった。