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多重人格のヒロインを手伝う件について  作者: るなふぃあ
第二章 面倒事は赤点野郎に
7/26

この変貌ぶりには惚れちゃうよ

「はぁ、終わった終わった」

 全ての雑務が終了した。予想以上に時間がかかってしまい、結局終わったのは一八時を少し過ぎた頃。

 生徒会室にいるのは俺と海梨だけ。下校時刻はとっくに過ぎているけど、先生に見つかっても大した問題は起こらない。

 というのも学生寮が校舎内にあるからだ。下校時刻を過ぎても部室などに残っている生徒が多いんだよ。

 さすがに二一時を過ぎたら学生寮以外の建物へ入ることはできなくなるけど、それを超えない限りは大丈夫。

「お疲れ様。ゆーくん」

 ぴとっ。首筋に冷たい何かが押しあてられた。

「冷たっ! んだよ、ビックリさせんなよ」

「ふふっ、一度やってみたかったんだ。部活のマネージャーみたいな? それよりもポカリいらないの?」

「いるいる。ありがたくいただくよ」

 俺は海梨からスポーツ飲料を受け取る。

 え? 目の前にいるのは海梨じゃないって?

 口調からして違うし、とてもそんなイタズラをする子には思えない?

 そりゃそうだろう。なぜなら今は海梨と二人きり、密室。

 つまり海梨はデレデレモード。

 そう。特定の状況下でのみ海梨はデレデレモードになるんだ。先に言っておくがツンデレではない、デレデレだ。

「どう? 美味しい?」

「あぁ、仕事上がりのポカリは最高だ」

 この通り海梨は二重人格の持ち主だ。ツンツンモード時の海梨とは別人。口調や態度が全く違う。

 昔は今みたいな雰囲気だったんだけど、いつの間にか俺以外の人がいる時はツンツンモード化するようになっていた。まるで仮面でも被っているかのようで、ツンツンモードの海梨は相手し辛い。だから俺は全くの別人だと思って接するようにしている。

「しかしまあ、本当に面倒な雑務ばかり残してくれたな」

「しょうがないよ。だって会長さんが決めたことだし。私に権利はないし」

「それだったらもっと早く手伝って欲しかったな」

 結局、俺一人でほとんどの項目をこなした。海梨以外の生徒会メンバーは自分の仕事を終えるなり、先に帰るし。全然約束と違うじゃねえか、何が手伝ってくれるだよ。

 ま、それでも他のメンバーが全員いなくなってから海梨が手伝ってくれただけマシだったけど。

 海梨が申し訳なさそうな顔で俺を見つめてきた。

「ごめんね。最初はみんなで手伝う予定だったんだけど」

「いやいいんだ。別に謝ることないよ。そもそも赤点取った俺が悪いわけだし。それにほら、俺の仕事だから」

 素早く手を振って海梨に非がないことをアピールする。

 デレデレモードの海梨にはとことん弱い。こうして上目遣いをされただけでこれだ。見栄を張ろうとしてしまう。

「それよりも腹減ったな。どっか飯でも食いに行くか? 門限までまだ時間あるし」

 腹の音が鳴ったため、俺はデレデレモードの海梨を食事に誘ってみる。

 寮の門限は二二時だ。それを超えると必然的に全てのドアに鍵が掛かり勝手に寮へ入ることができなくなってしまう。もちろん、寮長に連絡を入れれば鍵を開けてもらえるけど、とんでもない目に会うのは一目瞭然。

「いいよ、私もお腹空いたし。ゆーくんはどこで食べたい?」

「そういう海梨は何を食べたいんだ? 食いたいものを決めてから場所決めようぜ」

「んー、食べたいものかあ。私は何でもいいかなあ。ゆーくんが決めて?」

「えー、俺が決めるのかよ。んーと、そうだなあ」

 俺もこれといって食べたいものはないんだけど。

 何でもいいのなら学内喫茶がよさそうだな。あそこは二〇時まで開いているから、今からでも十分間に合うし。

 でも学内喫茶だと他の人が大勢いるんだよなあ。

 他人がいる、イコール海梨は必然的にツンツンモードになってしまう。

 どうせならデレデレモードの海梨と食事をしたい。

「ゆーくん。二人きりがいいんだ」

 ポッと海梨が頬を赤く染めた。

「え、もしかして俺。今の声に出てた?」

「うん、バッチリ。へー、そっかあ。ゆーくんは私と二人きりで食事したいんだあ。なんか嬉しいなあ」

「えと、その、うぇあ、こ、こほん!」

 無理やり咳払いをして何とか動揺を誤魔化す。

 この通り一番厄介なのが、海梨が二重人格の所持者であるという自覚を持っていることだ。だから俺が『デレデレモードの海梨』なんてうっかり口を滑らせてしまっただけで二人きりだと解釈されてしまう。

 恥ずかしい。俺はなんつーことを口走っちまったんだ。

「じゃあ私が何か作ろっか?」

「いいよ、そんなの面倒だろ」

「でも学内喫茶とかだと私ツンツンになっちゃうよ? それでもゆーくんはいいの?」

 どうしよう。一体なんて答えるのがベストなんだ。

 海梨に夕飯を作ってもらい、二人きりで食べるのか。それとも学内喫茶などへ行って、ツンツンモードと化した海梨と食事を取るのか。

 その二択なら俺は後者を選ぶだろう。

 デレデレモードの海梨と食事をしたいのは事実だ。しかし海梨の料理は殺人的な不味さ。自分の命と引き換えにデレデレモードを優先するなんてアホらしい。

 だからここは、

「私の料理じゃ、いや?」

「とんでもない。お言葉に甘えて作ってもらおうかな」

 こんなに可愛くお願いされたら断れるわけがない。



 数時間後。

「ん、はぁはぁ」

「ゆーくん、だいじょうぶ?」

「大丈夫だ。ちょっと食べ過ぎただけだから」

 結果的に俺は酷い目に遭った。

 不味い、非常にマズイ。どうしたらこんなにも味がカオスな料理を作れるんだよ。ほんと、一度でいいから料理教室に通って勉強して来いよ。

 なんて言いたいけど、言えるわけがない。

 だって俺にとってデレデレモードは唯一の救い、女神なんだ。彼女に嫌われてしまったら生きていけねえよ。

 とまあ、そんなわけで。

 苦難を乗り越えたこともあって海梨はデレデレモードのまま。二人きり最高、密室最高!

 海梨が正座をし直した。

「ねえ、ゆーくん。ちょっと真面目なお話、いいかな?」

「なんだ?」

 一体どうしたんだ。そんな改まるような間柄でもないのに。

「真面目な話いうのはね、もちろんこれからのことなんだけど。あっ、これからのことっていうのはね、生徒会の選挙についてなんだけど」

「おう、それで?」

「どうすれば勝てるのかな?」

「いきなり難しい質問だな」

 どうすれば勝てるって、んなこと俺がわかるはずねえだろ。強敵は生徒会副会長なんて言っていたけどさ、俺は副会長のことをよく知らないし、そもそも生徒会選挙がどのように行なわれているのかさえ知らねえんだぞ。

 まずそこんとこから詳しく教えてもらわないと、アドバイスのしようもないのだが。

「海梨。昼間も言ったかもしれねえが、俺は戦力外だぞ」

「どうして?」

「だって選挙について何も知らねえし。立候補する人についても知らないから」

「それなら私がある程度把握しているから大丈夫だよ」

「……なんで俺を頼るんだ?」

 昼間にも同じ質問をしたけど、あの時はツンツンモードの海梨に対してだ。今はデレデレモードだから理由を教えてくれるかもしれない。

「えっと、それはもちろんゆーくんのことが好きだからだよ。ゆーくんが大好きだから私は手伝って欲しいの」

「そ、そうか」

 うまく誤魔化されてしまった。好きという言葉の意味が友達としてだとわかっていても、こうも好意をストレートに伝えられると照れるし、勝手に頷いちまう。

「それで? 海梨は具体的にどうして欲しいんだよ」

「まずは一緒に考えてほしいんだ。どうすれば会長になれるのかを。今から私が調べたことを全部教えるから、ね?」

 俺が了解すると、海梨は事前に調べたことを余すことなく説明し始めた。

 立候補者数が五名であることやその人たちの詳細。俺が知らなかった選挙システムについても面倒くさがることなく懇切丁寧に教えてくれた。

「なるほど。確かにそう考えると一番の強敵は副会長になりそうだ」

 現生徒会の副会長。二年生で性別は男。運動神経抜群であり、成績も上位。しかもイケメンときたもんだ。イコール、かなりの人気者。

 俺は純粋に興味がなかったせいで副会長のことなんてこれっぽっちも知らなかったけど、海梨いわく彼のことを知らない学生はほとんどいないらしい。俺が知らないと答えたら海梨はビックリしていたからな。

「弱点があるとすれば性格か?」

 唯一触れられていない点について訊いておく。弱点の一つくらい知っておかなければ、太刀打ちできないし。

 海梨は首を横に振った。

「ううん。残念ながら弱点ってほどじゃないんだよね」

「というと?」

「性格がまるで違うの。私は一度見ちゃったから知っているけど、表の人格と裏の人格が全然違うの」

「てことは、俺みたいな一般生徒は副会長が猫を被った性格しか知らないってことか?」

「うん。そうなるね」

 これは厄介だな。せめて性格が最悪だということをみんなが知っていたら少しは票が減りそうなんだけど。猫を被っていることすら知らないとなれば票を減らすことは難しいぞ。

「ちなみにさ、海梨はみんなにその裏の性格を伝えるつもりはあるのか?」

「ないよ」

「だろうな」

 デレデレモードはとことん優しいからなあ。

 裏の性格を暴露してしまえば一発なのに。

「ゆーくん、わかっているとは思うけど、私はあまり問題事を起こしたくないの。副会長の本性をみんなが知ることで、生徒会の裏事情まで知れ渡る可能性がないとも限らないし」

「それもそうか」

 みんなが知らない副会長の本性を暴露することで、副会長は信用を失い、立候補すらままならなくなるだろうけど、そんなことをすれば昼間に言っていたような面倒事が起きてしまうかもしれない。

 海梨は自分が次期生徒会長になることで事を上手く収めたいのだから、そう答えたのは当然といえば当然か。

 しかしまあ、正直言って今の情報だけではお手上げだ。海梨を現副会長に勝たせてあげる方法なんて一つも思いつかない。

「とりあえず副会長のことは置いておこうぜ。それよりもどうやって票を多く得るか」

 どうやらこの学園の生徒会選挙システムは少し変わっているらしい。全校生徒が一万人を超えているためか、一人一人が投票するわけじゃない。各部活動の部長と副部長、クラス委員長などの代表者が投票を行なうことになっている。

 基本的にクラス委員長はそのクラスの多数決によって誰に投票するかを決めるため、どちらにせよ全校生徒が投票したくなるような演説をする方が良いとは思うけど、

「一般受けする演説も聞き飽きた感があるからなあ」

「そうだよね」

 そう。問題はそこだ。どのような演説をするべきか。今更生徒の要望に答えるような公約を掲げても、みんな不可能だとわかっているから投票しようなんて思わない。

 何か面白みのある演説を。もしくは一部だけでもいいから票を確実に集められる演説を――。

「あっ、そうか。一部の票を確実に取ればいいのか」

「どういうこと?」

「信憑性の低い演説をするくらいなら確実に一票を獲得するような演説の方が良いんじゃないかなと思って」

「確実に一票を獲得する?」

「例えば、自分が会長になったら文化部の予算を減らす代わりに、運動部の予算を増やすとか。そんなのはどうだ?」

 結構いいと思うんだけど。だってさ、こうすれば運動部の連中は確実に投票してくれるだろ? 文化部と運動部、どちらが多いのかは知らないけどさ、半分くらい票を得ることができれば当選すること間違いなし。

 しかし、海梨は、

「それは、ちょっと」

「ダメか?」

「だってそんなことしたら文化部が可哀そうだもん。まともな部活ができなくなっちゃうよ。ゆーくんひどい」

「……悪い」

 何バカなことを言っていたんだ、海梨の言う通りじゃないか。仮にそんな公約を掲げて生徒会長になれたとしても、文化部の皆さんから反感を買うこと間違いなし。

「やっぱり無難な演説をするしかないのか? 海梨、何かいい考えは」

 と、俺が海梨にいい案がないか訊ねようとした瞬間。

 ピピッ。

「え?」

 突然機械音と共にフラッシュがたかれた。

 ビックリして後ろを振り返ると、

「撮った。アンタたちが恋人ってことをようやく写真に収めてやったわ!」

「なっ、陽花!?」

 デジタルカメラを両手で持った陽花が達成感に満ち溢れた表情をしていた。

「前々から怪しいと思っていたけど、まさか本当だったとはね。寮で二人きりになるくらい発展していたなんて。これはスクープよ。『生徒会書記、淫行に走る』。今週のトップ記事はこれで決まりね!」

「おいバカ。んなことしたらぐぼぉッ」

 海梨に蹴り飛ばされて顔面から壁に激突。

 痛てえ。陽花のバカ! ツンツンモードが目覚めちまったじゃねえか。お前どうなっても知らねえからな!?

「確か清水陽花と言ったな。貴様は死にたいのか?」

 ツンツンモードと化した海梨がパキパキと拳を鳴らしながら、恐ろしい視線を陽花に向けた。

「なによ、あたしと戦るの?」

 対して陽花は怯えることなく、デジタルカメラをポケットに仕舞うと戦闘態勢を取った。

 頼むから俺の部屋で暴れないでくれ。

「珍しい、私を前にして好戦的な奴がいるとは。いいだろう。そういうバカは私が更生してやる」

「更生? はっ、何おかしなことを。ほんとアンタの彼女、頭大丈夫?」

「ユウは私の彼氏ではない。下僕だ」

「俺下僕だったの!?」

 衝撃的な事実が発覚した。どうやらツンツンモードの中では、俺は海梨の下僕らしい。

 驚愕している俺をよそに海梨は陽花を睨んだ。

「それと貴様。今私をバカにしたな?」

「当たり前よ。どう考えても頭のおかしな女にしか思えないでしょ」

「戦る気満々だな。かかってくるならさっさと来い」

「それはこっちの台詞。来なさい凶暴女」

 ちょいちょいと陽花が挑発の動作を取る。

 すると、海梨がパキパキとまた関節を鳴らしたので、

「ちょっと待ったあああああああああ」

 ピリピリした空気の中、俺は勇気を振り絞って二人の間に割って入った。

「何で二人ともそんなに好戦的なんだよ!? もうちょっと穏便に済まそうとは思わないのか!?」

「邪魔するな。こいつは私が更生させてやらねばならないのだ」

「何が更生させてやる、よ。更生するのはアンタでしょ、暴力女」

「だから落ちつけよ二人とも」

 今すぐにでも喧嘩をおっぱじめような雰囲気なので、二人の視線が交わらないように上手く体を動かす。陽花から手を出すことはないと思うから、ツンツンモードを止めればいいだろう。だが問題は、その写真をどうにかしなければ海梨が怒りを納めることはないということだ。

「とりあえず、な? 二人とも落ちつこう、な? な?」

 両手を広げながら海梨と陽花を交互に宥める。

 が、

「そんな不愉快な写真を撮られて落ちつけるわけがないだろう」

「こいつはあたしに宣戦布告をしたの。天使として受けて立つのが当然よ」

 め、めげるな俺。まだ引くには早すぎる。

「ユウ、これ以上たちふさがるのならお前からぶっ飛ばすぞ」

「邪魔しないで。なんならアンタから浄化させるわよ」

「ぐっ」

 全身に冷汗をかく。くそっ、どうしたらいいんだよ。どうすれば二人を止められるんだよ。何か二人を止める方法、方法は――。

 と、俺が必死に思案していると、突然ドアが開いた。

「おい。夜九時を過ぎたら女子は立ち入り禁止だぞ。まったく、女の声が聞こえてきたから来て見たものの。お前ら二人はどうして霧崎の部屋にいるんだ」

「あ、寮長先生」

 助かった。ナイスタイミング。

「ちっ、邪魔が入ったか」

「そうみたいね」

 寮長先生を見た海梨が舌打ちをし、陽花が同意する。

 よし、これで危機は去ったぞ!

「二人ともさっさと出ろ。抵抗はするなよ。あー、赤坂先生。ちょうど良かった。この二人を女子寮までお願いします。ええ、ええ。こちらでそのことについては処分しておきますので。はい。ではよろしくお願いします。おい霧崎。明日生徒指導室な」

 一難去ってまた一難か。

 翌日、生徒指導室で嫌になるほど説教されたのはいうまでもない。


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