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多重人格のヒロインを手伝う件について  作者: るなふぃあ
第二章 面倒事は赤点野郎に
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おほーっ! この奇声は……!!

「うへー、重い」

 学長室からチェーンソーをだらだらと運ぶこと早三〇分。俺の腕はすでに限界がきていた。

 この学園はかなり広い。生徒数一万人を超えているのだからクラスの端から端まで移動するのに恐ろしいほど時間がかかる。つまり、学長室から一番遠い各部室へ、この場合は林業部へお届け物をしようと思えばそれだけで相当な時間がかかってしまうのだ。

「やっと半分か」

 予想以上に重いチェーンソーをベンチの上に置く。もう腕がぷるっぷるだ。一、二分休ませてもらおう。

「ぷはー。これが夏場じゃなくて良かったぜ」

 自販機でジュースを買い、ベンチに座って一息つく。チェーンソーなんて物騒なもんを持ち歩いていたせいか、かなり注目を浴びてしまった。

 でも、もう大丈夫だ。建物の中から出てしまえば林業部員だと思われるだけ。鬱陶しい視線もない。

 と、俺がジュースを飲みながら青空を眺めていると、

「あれ、アンタなんでそんなもの持ち歩いているわけ?」

 横から声を掛けられた。

 振り向くと自称天使の姿が。

「なんだ陽花か」

「なんだとはなによ、失礼ね」

「それお前の言う台詞か? 教室で同じこと言ってきたのをちゃんと覚えてんだぞ」

「ねちっこい男は嫌い」

「浄化してくれるの?」

「し、しないわよバカ! それよりもアンタさ、どうしてチェーンソーなんか持ち歩いているのよ。林業部員だったっけ?」

「違う。生徒会の雑務でこいつを林業部に届けているだけだ」

「雑務かぁ、そういやアンタ、赤点取ったのよね。ほんとバカね」

「好きで赤点を取っているわけじゃねえよ」

 あれもこれも全て海梨のせいだ。いつもあいつはテスト前日になって遊ぼうと言ってきやがる。そのおかげで俺はこれっぽっちも勉強できていない。

 だから俺は留年なんて危機的状況に陥って、

「こ、こほん。ところで陽花はどうしてこんなところにいるんだ? 新聞部の活動時間じゃないのか?」

「サボっているわけじゃないわよ。ネタを探しているの」

「ネタ?」

「ええ。例のイベントのせいで写真を取らないといけないのよ。ほんと面倒くさい」

 陽花がポケットからデジタルカメラを取り出した。

 なるほど。新聞部も大変なんだな。

「どうして休んだあたしにこんな面倒くさい仕事を押しつけるのよ」

「みんなやりたくないからじゃないのか? 詳しいことは知らねえけどよ」

 俺は新聞部じゃないから事情なんてものはこれっぽっちも知らない。

「夏休み明けに休んだらこうなっていたのよ。重要なことを決めるなんて一切聞いていなかったのよ」

「俺にそう言われてもなぁ、夏休み明けに休むお前が悪いんじゃねえの?」

「あ、あれは仕方がなかったのよ。ジメジメした暑さと熱気、強い日差しが悪い」

「実はお前、吸血鬼かゾンビなんじゃね?」

「知らないのアンタ、天使は暑さに弱い。そして強い日差しに弱い」

「夜行生物?」

「そんなわけないでしょ。じゃあなんであたしは今活動しているのよ」

「あぁ、そうですね」

 だんだん面倒くさくなってきた。ただ単に夏が嫌いなだけらしい。

「で、林業部にソレを届けるとか言っていたわね?」

「そうだけど?」

「ちょうどいいわ。それまでの間、良さそうな風景があるか一緒に探しなさい」

「探せって、拒否権はねえのかよ」

「忘れたとは言わせないわよ、あたしに借りを返しなさいよね」

「借り?」

「五時間目」

「あ、あぁ、そういうことか」

 こいつには五時間目に意見をもらった借りがあるんだった。

 林業部へチェーンソーを届けるまでの間だし、これでチャラになるんだったらラッキーかな。

「ちなみにどんな写真を撮ればいいんだ?」

「この学園らしいところ。そう頼まれた」

「かなり適当だな。逆にそう言われると難しいだろ」

「だからあたしも困っているのよ」

 うーむとお互いに頭を悩ます。この学園らしいところって何だ。

 特徴を挙げるとすれば、生徒数が多いところだろう。生徒数が多いってことは必然的に校舎が広くなるし、部活動も多くなる。つまり今から俺がチェーンソーを届けに行く林業部なんて珍しい部活動もあるわけで。

「あっ、林業部の写真でも撮ってみたらどうだ?」

「なんで林業部」

「テーマはこの学園らしさだろ? だったら他の学園にないものを写せばいいと思って」

「なるほど。だから林業部を写せということね」

 どうやらこれだけで俺の言いたい事を察したらしい。

「ま、一番良いのは全校生徒が集まっている様子とかだろうけどさ」

「どう考えても不可能でしょ」

「だよなあ」

 一万人近く集まっている風景なんて撮れたら圧巻だろうけど、生憎全校生徒が集まる機会なんて皆無に等しい。

「でもアンタにしては思いの外いい案を出してくれたわ。これで何とかなりそう」

「それは良かった」

 よし、これで借りは返せたかな。

 俺はチェーンソーを両手で持ち、立ち上がった。

「結構重いの?」

「うん。なんなら持ってみ」

「断る」

「即答かよ。少しは手伝おうって気にはならねえのかよ」

「ならないわよ。あたしはこの通り両手が塞がっているわ」

 小さなデジタルカメラを両手で持つ陽花。

 そうですね。両手、塞がっていますよね。

 陽花と肩を並べて歩き始める。

「林業部かぁ。写真を撮るとしても何を撮ろうかしら」

「集合写真とか部室とかでいいんじゃねえの?」

 別に凝る必要はないだろ。この学園らしさの一つとして珍しい部活があることを紹介するだけだし。

 しかし陽花は鼻で笑いやがった。

「これだから素人は。バカね。そんなの面白くないでしょ」

「面白さを求めるのかよ」

「当然。面白みのない写真なんてただの背景にすぎないわ。普通の写真を撮っても人を惹きつけるはずないでしょ」

「そりゃそうだろうけどよ」

 難しいぞ。そもそも俺は林業部が何をしているのかさえ知らねえし。

「じゃあこのチェーンソーで人を襲っている光景なんてどうだ?」

 思い付いたことを陽花に提案してみる。

 そうだよ、チェーンソーだよ。あえて林業部員に特殊メイクを施し、ゾンビみたいな姿にしてチェーンソーを持たせば、ほら。

「根本的におかしいでしょ。そんな写真を見たら林業部が人を襲う部活だと勘違いするじゃない」

「やっぱ却下されたか」

 考えている途中で俺もどうかと思ったけど、陽花に言われた通りだった。そんな写真を載せたら、多くの人が勘違いするだろう。

 いや、そもそも検閲する生徒会が認めるはずはないか。

「んー、ここで考えてもダメね。林業部に着いてから考えようかしら」

「その方が良いかもな。林業部が何をしている部活か知っているのか?」

「さぁ? 取材したことがないから詳しいことは何も知らない」

 部活名を聞く限りでは木を切ったり植物を育てたりしているんだろうけど、何が面白いんだろう。

「木を切るって楽しいのかな?」

「あたしがわかるわけないでしょ。少なくとも楽しいとは思わないけど、林業部で有名な森とかいうチェーンソー使いがすごく楽しそうに木を切っているところを見たことはあるわよ」

「チェーンソーで、か」

 視線を落とし、赤色と銀色でコーディネートされたチェーンソーを見る。こんなに重いのによく扱えるもんだ。とてもじゃないがこれを扱いきれる自信なんてねえよ。

「そうそう。林業部の森といえば――」

 引き続き陽花と適当に雑談をしながら林業部を目指す。電波っ子とはいえ、こうして普通に話す分には楽しいんだよなぁ。それに陽花は新聞部なだけあって、俺の知らないことをたくさん知っているし。

 そうしてあれやこれやと話しながら歩いていると、あっという間に林業部に到着。

「思いのほか早かったな」

「そう? あたしはもう足がくたくたよ」

「よく言うぜ、カメラしか持ってねえのに」

 などとしょうもないことを言いながらドアをノックする。林業部にお邪魔するのはこれが初めてだ。部室の中はどうなっているんだろう。やっぱり工具とかいっぱい置かれているのかな。

 なんてわくわくしながら待っていると、

「おほーっ」

「は?」

 耳を疑った。まさか今の声は、学長!?

 無断で中へ入り、部屋の奥へ。

 するとそこには、

「この蜂蜜最高だなっ」

 やはり学長がくつろいでいた。畳の上で正座をし、左手には小さな瓶を、右手にはプラスチックのスプーンを持っている。

 それに対して部長と思わしき人物はテーブルを挟んで学長の対面に座り、苦笑いをしていた。

「学長! なんで林業部にいるんですか!?」

「おぉ、夕。ようやく来たのか。もちろんお前がちゃんとお届け物をするか気になったからだぞ」

 それが自分の仕事であるといわんばかりに、偉そうにスプーンをこちらへ向ける学長。

「んなことするんだったら自分で運んでくださいよ! わざわざ確認するくらいなら俺に頼む必要ないじゃないですか!」

「そんなことはないぞ。私はこんなにもひ弱なのだ」

 ぐっと細い腕を見せてきやがった。

「自分で言いますかねそれ」

「う、うるさい! とにかく、うむ。御苦労であったぞ。きちんとお届けものはできたみたいだな」

「当たり前です。与えられた仕事くらいちゃんとこなします」

「そうか偉いぞ。ご褒美にこの蜂蜜を」

「夕とちびっこ。そこ動かないで」

 学長が言い切る前に陽花の声が遮ったかと思うと、ピピッ。

 う、嘘だろおい。

 撮られた。撮られてしまった。学長と言い争っているところを陽花に撮られちまったじゃねえか。

 満足そうに陽花が頷いた。

「よし、これでいいわね」

「よくねえよ! なんで俺と学長が言い争っているところを撮って満足してんだよ!?」

「珍しいからよ。『林業部で蜂蜜を食べる学長とチェーンソーを持ちながら文句を言う学生』。どう? 見出しはこれでいいでしょ?」

「長げえよ! っていうかやめてくれ。そもそも俺は林業部員じゃない!」

「夕の言う通りだぞ。そんな恥ずかしい一面など絶対に載させないぞ。今すぐ削除しろ。削除だ削除。さーくーじょー」

 学長がわーわーと喚く。

 やはりこんなところを多くの学生に知られるわけにはいかないらしい。

「もし創立者に知られたらおきゅーりょーカットなのだぞ!」

 違った。重要なのは金の問題かよ。

「ふんっ、そんなことあたしが知ったことじゃないわ。あとは適当に林業部員が作業しているところを写せば完璧」

 くっくっく、と陽花が愉快そうに笑う。珍しいな、陽花が笑うなんて。意外と学長といるのが楽しいのかもしれない。

 学長がスプーンを持った右手で机をバンバンと叩いた。

「早く削除するのだ。削除だ、削除。夕、お前も何とか言え」

「お、おう。そうだぞ陽花。確かに面白いかもしれんが、この写真を載せたらみんなが誤解する。いろんな意味で」

 たとえばほら、俺が林業部員だったとか。チェーンソーを持って学長に襲いかかるような危険人物だとか。そんな勘違いをされるかもしれないだろ。

 学長は知らん。蜂蜜を食べて林業部の邪魔をしているなんて知られても自業自得だ。

 あー、でも。

「残念だけど、生徒会が許すとは思えねえぞ」

 もっともなことを指摘しておく。

 そう。生徒会だ。このような写真の公開を許可するなんて考えられない。

 陽花が明らかに舌打ちをした。

「あいつらはいつもあたしの邪魔をする」

 よほど生徒会を恨んでいるのか、その後も文句を言い続ける陽花。本人いわく、今までに五つほど記事を握りつぶされてしまったらしい。どれも最高の記事だったなんて言っているけど、その記事が握りつぶされてしまった以上、俺が知ることはない。

 そして一区切りついたところで、新聞部部長がおずおずと前に出てきた。

「えっと、新聞部の方、ですよね? 今回はどういったご用件で?」

「例のイベントで客向けの写真を取らないといけないのよ。テーマはこの学園らしさ。光栄に思いなさい。あたしはこの部を学園らしさの一つとして選んだんだからね」

「なんでお前は偉そうなんだよ」

「うるさい。で、部長さん。写真撮らせてくれるの、くれないの?」

「そう、ですね。部としては大歓迎なのですが、いい場所があるかどうか。とりあえず作業場を案内しますね」

 その後二人が部屋を去り、俺と学長だけがその場に取り残された。

 また叔母さんと二人きりなのか。俺は陽花と違って弄ることは不得意なんだよなあ。

 特にすることもなく、ぼーっと学長を眺めていると、何を思ったのか学長がひょいっと瓶から蜂蜜を掬い出し、スプーンをこちらに差し出してきた。

「この蜂蜜食べてみるか?」

「いりません。また何か頼みごとを押しつけるつもりなんでしょ」

「ちぃ、ばれたか」

「それよりも学長。本当に俺がチェーンソーを届けるかどうか、その確認をするためだけに来たんですか?」

「そんなわけなかろう。なぜ私がわざわざここへ来て確認する必要があるのだ。そんなもの他にいくらでも手段はある」

「じゃあなんでですか?」

 学長の真の目的がわからない。さすがにその蜂蜜が目的ってわけじゃないだろうし。

 なんて思っていると、学長は瓶をスプーンで優しく叩き、

「見てわからんのか。コレだ、コレ」

「まさか蜂蜜のため!?」

「それ以外に何があるというのだ。本当はここに来るつもりはなかったが、林業部員が美味しい蜂蜜を入手したなんて噂を聞いてしまったからな。行かないわけにはいかないのだ」

 えっへんと胸を張る。

 全然偉くないですからね、それ。

 結局、食べ物に興味を惹かれただけだったらしい。なんだよ、特に林業部で問題が起こったわけじゃないのかよ。それを聞いたら余計にムカついてきたぞ。

「おほーっ!」

 学長は引き続きおいしそうに蜂蜜を食べている。

 あっ、そうだ。あとで陽花に頼んでさっきの写真を加工してもらおう。学長だけが写っている写真にしてもらえば制裁を下せるじゃないか。おまけに俺に対して変な噂が広がることもないし。

 見出しとしては、そうだなあ、『学長、林業部の蜂蜜を盗み取る!?』みたいな感じでやれば、

「終わったわ」

「はや!? もう写真撮り終えたのかよ」

 俺が考え事をしている間に陽花は用事を済ませたらしい。

 そしてまたピピッと音が鳴り、あっ、また学長が撮られているぞ。おー、怒った怒った。

「だから消せと言っているのだ!」

「アンタが悪いのよ。仕事をせずに蜂蜜なんてものを食べているから」

「むっ、聞き捨てならないな。これは立派な仕事なのだぞ。この蜂蜜に有害な物質が含まれていないか、私が直々に確かめているのだぞ」

 どうだ偉いだろと言わんばかりにふんぞり返る。

 それに対して陽花は、

「相変わらずお子様脳ね」

「なんだと!? 私は立派な学長なのだぞ」

「立派な学長、ねえ」

「何か言いたそうだな」

「ただあたしは、立派な学長とやらは自ら毒味をするバカな人間なんだなぁって思っただけよ」

「なっ!?」

 下僕がやるようなことだと指摘されて漸く気付いたらしい。学長が地面に手をつけ落ち込んでいる。

 それを見た陽花がくっくっくと愉快そうに笑った。

 やっぱり陽花は楽しそうだ。俺もあれくらい学長を弄れたら面白いんだろうけど。

「んじゃ、俺はこれを無事に送り届けたことだし、生徒会室に戻るから」

「そっか。それじゃああたしは他の珍しい部を見て回ろうかな」

 そうして俺と陽花が林業部から出ていこうとすると、

「待て清水、その写真を削除しろ! 削除だ削除、削除するのだー。さーくーじょぉぉぉ……うぅ、おかわりだおかわりっ。部長、早くこの蜂蜜のおかわりを、ん? もう用意できているのか! うむ、苦しゅうない苦しゅうない。どれこっちの蜂蜜は、おほーっ、やはり甘いものは最高だなっ!」

 どうやら学長は林業部に居座るつもりらしい。部長さんも大変だな。

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