電波で何が悪いの!?
力弱くドアを開け、教室に入る。
五時間目終了まであと二〇分。昼寝するにはちょうどいいだろう。
そんなことを考えながら自席へ視線を移したところで。
「あれ? 陽花じゃねえか。どうしたんだよ、女子はバレーじゃなかったのか?」
そう。女子が一名、窓側の席に座っているのを発見したんだ。
彼女の名は清水陽花。クラスメイトにして、数少ない女友達の一人だ。どうやら彼女は本を読んでいるらしく、って全然気づいてねえ。
「おーい、陽花」
「ふーん、なるほど、そういうことね。でもアンタ、それでいいの?」
ええっとぉ、どうしてお前は本に向かってしゃべりかけているんだ?
「え? 別に構わないだって? まぁ、アンタがそういうのならあたしは何もしないけど。うん、うん。それで? そっか。てことは、やっぱり問題になりそうなのは」
どうやら取り込み中らしい。何の相談をしているのかはわからないけど、この通り陽花は電波だ。さすがに本と会話しているところは初めて見たけど。
とりあえず座ろう。
「――ッ!?」
椅子を後ろに引いたところで、漸く俺の存在に気づいたらしく、電波っ子は話しかけていた本を閉じた。そして左側に括った紫色の髪を触りながらこちらを向いて、
「なーんだ、夕か」
「なんだとはなんだ」
失礼な奴だな。そんなに本との会話を邪魔されたのが気にくわなかったのかよ。
「一瞬、あの教師が様子を見に来たと思って身構えたじゃない」
「あの教師?」
「体育教師のこと」
「へえ、珍しいな。お前でも身構えることなんてあるのか」
「当たり前よ。相手はあの体育教師。イコール、悪魔なのよ。天使は如何なる時も動じないことで有名だけど、天敵は存在するの」
「あ、うん。そうでしたね」
自称天使。羽など生えていないのに陽花は天使を名乗っている。
それを少しでも証明するためなのか、前髪に天使の羽の形をした髪留めをつけている。
「で、本に向かって何の相談をしていたんだ?」
「べ、別に何でもいいでしょ。アンタには関係ない」
「教えてくれてもいいじゃねえか」
「しつこい。それよりもアンタ、男子はサッカーじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ、五時間目が始まる直前に学長室へ呼び出されて、ってお前こそどうしたんだよ。女子は体育館でバレーだろ」
「あんなものする価値がない。ただ手を痛めるだけ」
「突き指でもしたのか?」
「違う。冬にするのがおかしいと言っているの」
「ただのサボりかよ」
おそらく体調がすぐれないから教室で自習するとか言って出てきたのだろう。ほんとは昼寝をするつもりだったけど、ちょうどいいや。さっきのことを相談してみようかな。
「なあ、お前に一つ相談があるんだけどさ」
「相談? 一応聞いてあげるけど、アドバイスは求めないでね」
「ただちょっと悩みがあるだけで、聞いてくれるだけでもいいんだ」
「ならさっさと話せばいいじゃない」
「ありがと。実はさ」
今までのことをざっくりと説明する。海梨が生徒会長になるための手伝いをすること、俺が次の期末試験で赤点を回避したいこと。
さすがに生徒会の裏事情や留年の話は省いたけど。
「……やっぱりね」
「やっぱり?」
「あ、ううん。なんでもないわ、こっちの話、ねー」
本に向かって同意を求める陽花。
さ、さすがの俺でも引きそうだぞ。
「何よその顔は」
「い、いや、なんでもない。それで、お前はどうするべきだと思う?」
「どうするって、アンタね、アドバイスを求めないでって言ったばかりでしょーが」
「悪い。じゃあ質問を変える。お前がそういう状況になったらどう行動する?」
「んー、あたしなら、って騙されないから。浄化させるわよ!」
杖の形をした鉛筆を取り出し、俺に先っぽを向けてきた。
出た、陽花のお得意ポーズ。
「ちっ、さすが自称天使だな」
「自称じゃない、本物。あたしは本物の天使なんだから!」
「あーはいはい、そうでしたね。で、天使のお前ならどう行動するんだ?」
「そんなの決まっているわよ。あたしなら勉強優先。手伝いはあくまでも手伝い。自分最優先に決まっている。って謀ったわね!?」
「ふーん、なるほどねぇ」
目の前でわーわーと喚いている電波っ子を無視して思案する。
確かに陽花の言う通り、他人はあくまでも他人。自分じゃない。
でも。
「一度した約束を破るのは嫌なんだよなあ」
「なによそれ。だったらあたしにわざわざ訊く必要なかったじゃない」
「……なんでお前にこんなこと訊いたんだろうな?」
「そんなことわかるわけないでしょ」
陽花はそれだけ言うと再び机の中から本を取り出し、ペラペラとページを捲り始めた。
「ところでさっきも訊いたけどさ、その本に何の相談をしていたんだ?」
「アンタには関係ない」
「関係なくてもいいじゃないか。本なんかに相談するくらいなら、俺に相談してくれよ」
「うっさい、浄化させるわよ!」
「してください!」
「ふぇ!?」
お、これは意外な反応。
陽花は顔を真っ赤に染めながら右腕で無い胸を庇うようにした。
「ア、アンタってば、ほんっっっとサイテーなんだから!」
「なんで!?」
意味がわからなかった。
その後、明らかに不機嫌になった陽花は口をきいてくれなかった。何か地雷を踏むようなこと言ったかなあ。
ここはおとなしく引き下がって昼寝タイムだな。
そして起きた時には六時間目が始まっていた。