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お菓子が大好きなんです

 五時間目は体育。しかもサッカー。

 つまり、待ちに待った楽しい時間。最高のひと時――

 に、なるはずだった。

「はぁ……」

 正直言って最悪だ。気分はどん底。

 なぜかって? そんなの理由は明白だ。

 サッカーをできていないから。

 雨で中止、それなら納得することもできた。しょうがないといって諦めることもできた。

 しかし今日は晴れ。快晴である。

 そう。雲ひとつないんだよ。

 なのに俺だけサッカーをできていない。今頃みんなはグラウンドで楽しいひと時を過ごしているはずなのに、俺はグラウンドにいるわけでもなければ、体育館にいるわけでもない。

 学長室にいるんだ。

「何ため息をついているのだ。ん、あぁ、そうであったか。夕のクラスはこの時間体育だったのだな。いやー、悪い悪い。でもこういうことは早めに言っておかなければならないと思って」

 俺の目の前に座っているのは学長、もとい俺の叔母である。仕事中だというのに水饅頭をつついてやがる。

「ん? なんだその目は。はっ、もしかしてこれが欲しいのか? 仕方ないな、お前にもくれてやる、ほら。ってやるかバーカ」

 しかも何も言ってないのにこのウザさ。さっきからまともな会話は一つもしてない。ただ呼び出されて来てみたら、この人ずっと抹茶を飲みながらお菓子食べてるし。

 そろそろここへ呼び出した理由を聞きたいんだけど。

「あの、叔母さん」

「私のことは学長と呼べ」

「別に今は誰も見てないし、叔母さんでもいいんじゃないですか」

「学長と呼べ」

「叔母さん」

「学長!」

「叔母」

「が・く・ちょう!」

「初めて聞く蝶の名前ですね」

「バカか。そんな蝶いるものか。いい加減学長と呼べ!」

「じゃあ学長」

「じゃあとはなんだ、じゃあとは」

 面倒くせえ。毎度思うがなんなんだこの人は。

 文句を言いたいところだけど、さっさと本題に入ってもらわないと本当にサッカーをする時間がなくなっちまう。

 俺は咳払いをしてから学長の目を見た。

「そろそろ俺をここへ呼んだ理由を話して欲しいのですが」

「おー、そうであったな。忘れていた。夕を呼びだしたのは他でもない。夕が、おほーっ、これは苺味! ん、なかなか美味いではないか。やはり水饅頭はサイコーだなっ。えーっと銘柄をちゃんと覚えておかないと」

「叔母さん、だからいい加減説明を」

「学長!」

「ご、ごほん。では学長。水饅頭もよろしいですが、そろそろ俺をここに呼んだ理由をきちんと説明してもらえませんか?」

「ふむ、よかろう。が、その前に。なんだその拳は。プルプルと震えているぞ。はっ、もしかしてトイレか? おしっこをしに行きたいのか?」

「違います」

「なんだうんちか」

「そっちでもねえよ!」

 あぁもうイライラするなあ。人がせっかく我慢しているというのに。

「別に我慢する必要はないぞ? 逆に漏らされる方が面倒だからな」

「だから違いますって! んなことはどうでもいいので、早く話を進めやがってください」

「こ、心なしか言葉が暴力的になっていないか?」

「気のせいですよ、気のせい」

「そうか? うー、まあいいか。では本題に入る。私が夕を呼びだしたのは他でもない。夕が、おほーっ、この煎餅はかの有名な」

 バンッ。俺は無言のままテーブルを勢いよく叩いた。

「お、おお、すまぬ。私としたことがついお菓子に心を奪われて、ってなぜ夕が怒っているのだ。意味がわからん」

「……なんか頭痛がしてきたので保健室に行きますね」

「おう、行ってこい。ってバカ。そんな嘘に私は騙されないぞ。こら逃げるな。にーげーるーなー」

「はいはい」

 俺はため息をつきながら、学長の対面に当たるソファーに座り直した。

 すると学長は、

「おほーっ、このようかん最高だなっ」

 またお菓子を貪り始めやがった。いい加減真面目になってくれ、ちびっこ学長さん。

 じゃないと本気で怒るぞ?

「な、なんか目が怖いぞ」

「そうですか?」

「う、うむ。なんだかものすごく機嫌が悪そうだ。ど、どうだ。この水饅頭でも食べるか?」

「いえ、結構です」

「そう言わずに、ほら」

「いりません。それよりも本題に入ってください」

「でも」

「お願いします」

「そ、そこまでお願いされたら仕方ないな。では本題に入るとしよう」

 漸く真面目になったらしく、学長が目の前においてあったお菓子の箱を棚に戻した。

 そして、こほんとわざとらしく咳ばらいをし、

「授業中に呼びだしたのは他でもない。お前のテストの点数についてだ」

「はあ、テストの点数、ですか?」

「そうだ。お前、今自分がどんな状況に陥っているのかわかっているのか?」

「まあ多少なりとは」

 赤点を取ってしまったからな。雑務をしなければならない。あと補習も。

 それだけだ。別に危機的な状況ってわけじゃないだろ。雑務とか補習とか面倒なことをやらなきゃならないだけだし。

「ふん。その様子だとわかっていないようだな。夕、来月にある期末テストで赤点を取ったらどうなると思うのだ」

「雑務をするだけじゃないんですか? あと補習と」

「ばかもの。雑務や補習だけではない。下手をしたら留年だ」

「え?」

 今、なんて言った?

 このちびっこ学長から留なんとかって言葉が聞こえてきたような――。

「あぁ、そういうことですか! 来月の期末テストで赤点を取れば留学することになるんですね!」

「そうそう、留学だ」

 学長が頷きながらポンと手のひらを拳で叩いた。

「で、俺はどこへ留学するんですか?」

「そうだな。アメリカの――って、どうしてお前みたいなばかものを留学させなければならないのだ! そんなことしたら学園の恥、一生残る汚点なのだ。泥塗りまくり、名誉返上なのだ!」

「なにもそんなに罵らなくても」

「留年したいのか、お前は」

 急に真面目な顔になって俺の目を見つめてきた。

 逃げるわけにはいかない。間違いなく学長は留年という恐ろしい言葉を口にした。

「できれば、したくないです」

「そうか。その返事を聞けて良かったぞ。もしお前が留年してもいいですって答えていたらどうしようかと思っていたのだぞ」

「ちなみにそう答えていたらどうなっていたんですか」

「んー、そうだな。右半身がなくなっているだろう。ほら、そこにあるチェーンソーで」

 などと口にしながら、そのブツを指差し、手に取る学長。

「さすがにそれは冗談がすぎますって」

 ギュイン、ギュイーン、ギュイィィィィン!

「怖いから! わざわざふかさなくていいから!」

 ギュインギュイン!

「その返事も怖いですよ!?」

「ふんっ、結果的には不要だったか。仕方ない、あとで林業部に返しておこう」

「あ、ははは、そうですね」

 林業部員さんもビックリしただろう。学長がチェーンソーを貸してほしいだなんて言ってきたら焦ったに違いない。

「私から言いたいことはそれだけだ。来月にある期末テストで赤点を取ってしまった場合、留年になる可能性が非常に高い。こればかりは私でもフォローのしようがないのだ。だから」

「はい、しっかり勉強します」

「うむ、がんばるのだぞ」

 これで話が終わりだと思い、俺はソファーから立ちあがった。

「それじゃあ、戻りますね」

「長くなって悪かったな。早く体育の授業へ、あっ、ちょっと待て」

「なんですか」

 学長は棚からお菓子の箱を取り出した。

「ほら、このクッキーをやるからちゃんとするのだぞ」

「わざわざ念を押されなくてもやりますってば」

「いいから貰っていけ。文句を言わずにしっかりとやるのだぞ」

 その後、俺は学長からクッキーを一枚もらい、学長室を退出。

 ドアが閉まりきったのを確認してから、深く息を吐いた。

「知らなかったな」

 まさかそんな危機的状況下にいたなんて……。

 とぼとぼとローカを歩き、更衣室を目指す。が、さっきの話を聞いたせいで、すっかりサッカーをする気分じゃなくなってしまった。

 こうなったらいっそ図書室へ行って勉強でもするか? まだ五時間目が終了するまで三〇分もあるし。

 でも、勉強する気分でもないんだよなあ。

 正直言ってごろごろしたい。

 この鬱々とした気分を眠って消し去ってしまいたい。

 そう思うけれど、

「教室でいいか」

 結局、保健室まで行く気力がなかった俺は一番近い自分のクラスへ足を運ぶことにした。

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