うーん、困ったなあ
精神的な面においての問題を解決した陽花は前の人格を見せるようになった。学校では天使モードを、俺たちといる時は人とのコミュニケーションが苦手らしいお嬢様モードも一緒に。
結局、どっちがどっちなのかわかりやすくするために俺はそう呼ぶことにした。
なんで俺たちといる時にお嬢様モードが出てくるのか。どうやらそれはあいつ自身も学園生活を楽しみたいかららしい。
今まではずっと天使モードとの会話を通じて学園生活を送ってきたみたいだけど、よかったな。今のところ天使モードと接してきたおかげか、お前が苦手としている人とのコミュニケーションには問題が見られないぞ。
ちなみに他の生徒たちから酷い目で見られることは想像以上に少なかった。
あんな酷い記事を書いたのに、翌日も今までと変わらずに接しているからだろう。変な評判は広まってしまったけれど、それはもう済んだこと。気にしないことにした。
そして例のイベント前日の放課後。
「さて、ここからが問題ね。このバカをどうやって元に戻すかよ!」
天使モードは痴女モードを指さした。
そう。新聞部に集まった俺たち三人は海梨のことについて話し合っていたのだ。
同じ多重人格者である陽花曰く、本来であれば中にいる人格との会話は可能らしいのだが、どうやら痴女モードは単体で孤立しており、デレデレモードやツンツンモードとコンタクトを取ることができないらしい。
「アンタどうにかしないとまずいわよ」
「何がまずいのですか」
「アピールタイムに決まっているでしょーが! 今のアンタじゃ暴力女の時みたいなえげつなさを醸し出せない」
「そうよ、どう見ても地団太を踏んでいる変態にしか見えないわ」
追い打ちをかけるお嬢様モード。
こうして彼女が突然会話に入ってくることにも慣れた。傍から見れば一人二役なんておかしなことをやっているようにしか見えないけど、俺たちは陽花の中にもう一人いることを知っている。今更驚くなんてことはない。
「確かに陽花の言う通り、全然迫力がないんだよなあ」
ちなみに、正攻法で生徒会長を倒すことに決めた。陽花が親に相談すれば早い話だけど、海梨はそれを望んでいない。二度と出てこないなんて脅しを受けたらやめざるを得ないだろ。
もしかしたら生徒会長はここまで読んでいたのかもしれない。
弐海の脅しが失敗しても、結局俺たちは不正を公にはできないことを。
「このままじゃ生徒会長にひと泡を吹かせてやるどころか、アンタが望んでいる次期生徒会長にすらなれないわよ」
「それは困ります」
「だったらアンタの中に眠っている二人を表に出しなさい」
「それができたら困っていないです」
「同じアンタでしょ。コンタクトくらいどうにかして取りなさいよ」
「あの二人に現状を教えて誤解を解いてもらう方が一番手っ取り早いのだから、頑張りなさい」
「頑張れと言われましても」
陽花たちに文句を言われた痴女モードは、むぅと呻りながら自分に話しかけ始めた。
「ヘイ、ワタシ! カモン、ですよ。今アナタの大好きなヒトが話したいと言っているデース!」
「なんで片言なんだよ!」
ツッコまずにはいられなかった。
ダメだこりゃ。やっぱりこいつはポンコツだ。
「もう、ただ見ているだけじゃなくて手伝ってくださいよ!」
「手伝ってくれと言われてもなあ」
「あたしには何もできないわよ。あ、でも待って」
陽花は一冊の本を取り出した。
「おっ、もしかしてそれ、以前お前が相談していたやつ?」
ずいぶんと前の話だけど、印象的だったためか覚えていた。
そう。陽花が誰もいない教室で本に向かって相談していた時のものだ。
「よく覚えていたわね。そうよ、あたしは基本的にこれを使って会話をするの。その方がより正確に物事を伝えられるからね」
「どうやって使うんだ?」
「レクチャーしてあげる。はい、これ」
陽花が痴女モードに本を手渡す。
「まずこの本を開いて、意識を集中させるの」
「本を開いて、意識を集中、ですか?」
「雑念は一切取り払って。自分の声以外何も聞こえなくするのよ」
「ぬぬぬ……」
眉間にしわを寄せ、痴女モードは本を必死に睨む。
「するとほら、見えてくるでしょ? 彼女が何を言おうとしているのか。なにも書かれていない部分に文字が浮かび上がってくるでしょ」
「何もないところに、ってあなた何言っているのですか! 私は中二病じゃないです、そんなもの見えてくるわけないですよ!」
「おかしいわね、あたしにはちゃんと見えてくるのに。アンタ才能ないんじゃない?」
「中二病じゃないですってば!」
うがーと痴女モードが吠える。
ポンコツが二人いた。
忘れていた。天使モードは中二病患者だった。
そう。自分のことを天使だという変態だったんだ。
お嬢様モードがため息を吐いた。
「あなたこんな時に何を言っているのよ。いい加減その中二病どうにかしなさい」
「う、うっさいわね。これがないとあたしはあたしじゃなくなるの!」
「そんなこと言っているからいろいろな人から変な目で見られるんじゃない」
「なっ!? アンタには言われたくないわよ! 夕とアホの子以外、まともなコミュニケーションをとれない癖に!」
「あ、あなたねえ」
「こらこらそこ、喧嘩をするな」
一人漫才をしているようにしか見えない陽花を宥める。
ったく、仲がいいんだか悪いんだか。多重人格ってやつは大変そうだな。
俺は未だに自分の中に眠っている二人と会話ができないポンコツに視線を移した。
「で、進展はありそうか?」
「見てわからないのですか、バズ」
「もしかして怒ってる?」
「当たり前です! 私を放置して清水さんとイチャイチャするなんて許せません!」
「どこにイチャイチャ要素があったんだよ! 宥めていただけじゃねえか」
「それがイチャイチャなんです! 夕さんは私しか見ちゃいけないのです!」
「……帰ってもいいか?」
「なぁっ!? 私を見捨てるのですか!?」
「お前とまともに取り合っていたら疲れるんだよ。どうしてこんなポンコツが出てきたのやら。ホント生み出した張本人を問いただして――はっ! それだ!」
「何かわかったのですか!?」
「そう、それだよ。生み出した理由だよ! なあ陽花、お前の場合は天使モードを自分の意志で生み出したんだよな?」
「ええ、そうだけれど?」
「てことは、海梨がこいつを生み出した理由があってもおかしくはないってことだ。勝手に生まれたんじゃなくて、あいつが望んで」
「そういうことになるわね」
「それについて少し考えてみよう」
どうして海梨はこんなポンコツを生み出したのか。
てっきり俺は勝手に生まれてしまったものだと思っていたけど、そうじゃない可能性だってある。
陽花がその例だ。天使モードは勝手に生まれたわけじゃない。お嬢様モードが望んで生み出した人格だ。
もし、痴女モードを海梨が望んで生み出したのだとしたら?
「わからない。全くもって理解できねえ」
「考える気ないですよね!?」
「わたくしもお手上げ。どうしてこのような残念な子を生み出したのか、本当に理解できないわ」
「清水さんまで!?」
「同じく。アンタみたいなポンコツを生み出して何になるっていうのよ」
「あなたまでそんなことを言うのですか!? ちょっと諦めないで下さいよ、きっと私を欲した理由があるはずです」
俺たちの肩を揺する痴女モード。
しょうがない、一つ一つ考えてみるとしよう。
こいつは前代未聞のアホの子だ。
どんなシリアス要素が来てもそれを吹っ飛ばすくらいのバカ。
そう。残念すぎて全てがどうでもよくなるんだよ。
「ん? もしかしてそれが狙いなのか?」
ふと引っかかった。
陽花の裏切り。それを見抜けなかったら俺たちは一体どうなっていたのか。
いや、それ以前にいつもの海梨のままだったら、あの後どんな展開になっていたのか。
想像するだけで恐ろしい。
ツンツンモードはまだしも、デレデレモードは精神面が非常に弱い。
デレデレモード化した瞬間、海梨は倒れこんで精神的な病にかかっていたかもしれない。
「だからこそ、こいつを生んだ?」
意識を共有できない存在を生み、それを防いだ。おまけにそのポンコツさを活かして俺が抱いていてもおかしくない不安までも取り除こうとした?
改めてポンコツを見る。
片言で自分自身に話しかけ、変なポーズを取っているアホの子。
見ているだけですべてがどうでもよくなる。悩みがあってもそんなこと忘れてしまうほどに。
でもツンツンモードだぞ。デレが一切ない、ドSなあいつだぞ。そこまで他人を気遣うとは思えないけど――生徒会選挙に出て、会長の座を得ることで裏事情を丸く収めようと考えた張本人でもあるだよなあ。本当にただのドSなら裏事情を公表し、生徒会長たちを学園から消し去っていてもおかしくない。
「なんとなくだけど、お前は求められて生まれたような気がする」
「ですよね! 私はちゃんと求められて生まれたのですよね!?」
「食いつきすぎ。今までの経緯から考えればそうなる。でもそれがわかったところでなぁ、根本的な問題の解決はできていないんだよ。どうやったらあの二人を呼び戻せるのか」
「そう、ですか」
「残り時間もわずかだし、どうする?」
「どうすると言われましても」
陽花に視線を向け、助けを求める痴女モード。
「んー、そうね。違う方法を考えてもいいけど、おそらくそれじゃあダメ。あの会長を出し抜くことはできないと思う」
「だよなあ、こいつはどう頑張ってもギャグにしかならないし」
「夕さん、さっきから酷くないですか? どうしてそんなに私のことを貶すのですか」
「ホント、どうしようかなあ」
「無視ですか! 私のことは放置ですか!」
その後もわーわーと喚いているアホの子を放置し、二人で考え続けたのだが、結局アピール時のいい案や解決策は見つからなかった。
ヒントは痴女モードにあるのかなあ。




