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横暴なツンツンモード

「ねえねえ、聞いた? 例のあの人、日本史のテストが三点だってさ。それに数学では〇点らしいよ?」

「うわーマジか。朝日野さんがいるのに三点かよ。それに数学で〇点って」

 どうして噂というものはこうもあっさり広まってしまうのか。俺が前の席で飯食ってんのにこいつら、隣のクラスのカップルと思しき連中は俺の存在に気付いてねえ。

 それとも何か? わざとやってんのか?

 少しイラッとしながら箸を手に取った刹那。

「聞いたぞユウ。日本史のテストで三点を叩きだしたらしいな」

「げっ、海梨!?」

 思わず箸を落としそうになる。なんだよ、断りもなく俺の隣に座ってきたのは海梨だったのかよ。

 話しかけてきた奴は俺の幼馴染、朝日野海梨。生徒会書記である。

 ちなみに今の海梨は目つきがキツく、一睨みしただけで睨まれた奴はちびっちまうだろう。それくらいに恐ろしい。

 そんな人相の悪い女は俺の言葉を聞くなり、よ、余計怖い顔になってんぞ。

「げっとはなんだ、げっとは」

「そりゃもちろん今一番遭いたくない奴に出遭っちまったからな」

「ストレートだなユウ」

「当たり前だ。なんで今のお前に遠慮する必要が」

「くたばれ」

 海梨が左手の中指をピンと立てた。おー、怖い怖い。そんなことしているからいろんな人に怖がられるんだろ。

「で、何の用だ」

「話がある。隣座ってもいいか?」

「もうすでに座っている奴のセリフか? い、いや何でもない。好きにしてくれ」

 また眉根を吊り上げたので、俺はすごすご引き下がった。

 危ない危ない、忘れるところだった。今の海梨はツンツンモードだ。

 先に断っておくがこれはツンデレではない。決して間違えるな。ツンツンである。

 そう。デレが一切ないということだ。

 海梨がジトッとした視線を俺に向けた。

「お前、また赤点を取ったらしいな」

「なんで俺のテストの点知ってんだよ、違うクラスだろ」

「お前はバズで有名だからな。三点なんて面白い点数を取ったら知れ渡るのは当然だ」

「そんなので有名になりたくねえ、って、え? 今バズとかなんとか言ったか?」

「バズと言ったぞ」

「嘘だろ。もうその嫌なあだ名まで広まってんかよ」

 あの先生、約束を破りやがったな!?

「日本史の教師が新しいあだ名をつけたらしいな。二時間目に私のクラスでそのことを話していたぞ」

「絶対いつか仕返ししてやる」

 ほんと、どうしてそんなこと広めるのかな。マジであの人教師なのか? 生徒虐めて何が楽しいんだよ。

「ところで海梨、話があるって、まさかこれのことじゃないよな?」

「うん? そうだが?」

「ただの嫌がらせかよ!」

「冗談だ。私がこんなことをするためだけにわざわざ改まって話があるなんて言いに来るわけがないだろう」

「じゃあその話って何だよ」

「一つは雑務についてだな。すでに何の雑務をするのか決まっているのか?」

「いや、まだ決まってないけど」

「そうか、それはちょうど良かった。例のイベントのせいで最近雑務が増えている。だから生徒会の雑務を」

「断る」

「即答か、そんなに生徒会の雑務が嫌か」

「ああ。お前が何でもするといっても絶対に断るからな」

「なんだと?」

 海梨は眉間にしわを寄せ、プルプルと拳を震わせた。

「ちょ、なんでお前急に怒って……はぁ、理由か? 生徒会の雑務はマジで勘弁だからだ」

「理由になっていない」

「だから俺は不良の相手をしたくないって言っているんだ。殴られるのは俺なんだぞ」

 生徒会の雑務。それは主に要望、いや、実現不可な要望をねじ伏せるお仕事のこと。

 大体こういう要望を出してくる奴らは不良が多かったりする。そのせいか生徒会自らが説得しに行くことを嫌がる傾向にある。

 だからそういうところへの説得には男、いわゆる俺みたいな赤点野郎が宛がわれ、結果痛い目に会う。

 酷い話だろう?

「私が殴られてもいいって言うんだな?」

「おうもちろんだ。殴られても俺が痛いわけじゃなぐっ!?」

 右足に鋭い激痛が走った。

「おい蹴るこたねえだろ蹴る――い、いえ何でもございません! はい、わかりました手伝います手伝います!」

「本当か? 本当に手伝ってくれるのか?」

「手伝う手伝う、手伝いますって。だからその拳をどうにかしてくれ!」

 おっかねえな。いきなり殴りかかろうとすんじゃねえよ。

 内心嫌々ながらも承諾すると海梨は握りしめていた拳を解き、着席してくれた。

「先生には私から言っておくぞ。放課後、ちゃんと生徒会室に来ること。いいな?」

 コクコク。無言のまま頷く。

 ふぅ、大した被害がなくて良かったけど、面倒なことになっちまったな。また不良の相手をしないといけないのか。嫌だなあ。殴られたくないなあ。

 あっ、そうだ。せめて殴られないで済むようにお祈りをしておこう。

 俺は両手を合わせ、軽く目を閉じる。

 どうか神様、俺は殴られませんように、無事でいられますように。あわよくば俺の代わりに海梨がそいつらの説得をしなければならない状況に追い込まれますように。

「いただきまーす」

「ちょ、海梨!?」

 お祈りをしている途中で、海梨が俺の目の前においてある器を取って中身を食べ始めた。

「こら、勝手に俺のうどんを食うなってやめ、あー食われた。それ最後に食べようと思っていたキツネなのに」

「安い味だな」

「てめぇ文句を言うんだったらとっとと返せ、俺の大事なキツネを返せ!」

「残念だったな。油揚げは腹の中だ。ん、しかしアレだな。少しうどんがふにゃ~ってなっているぞ。なんだこれは」

「それはもともとだ。気にすんな」

 一三〇円のうどんだ。だから味に文句を言えない。

 俺にとっては安いだけでもありがたいんだからな。

「そうか。じゃあ気にしないでおこう」

 海梨が汁を啜り始める。

「ってそれ俺のだから、お前のじゃないから。さっさと返せって!」

 俺の分が無くなっちまうだろ。まだ半分も食べてないんだぞ。

 しかし、俺がそう訴えるも海梨は無視。まだ食べ続けている。

「やはりマズイな」

「文句を言うんだったら早く返せよ!」

「ふんっ、三ツ星をつけてやろう」

「それ貶してんのか、褒めてんのか!?」

「クズだなと私は思っている」

「じゃあ何で箸進めてんだよ!?」

 俺が文句を言っている間にも器の中身が減っていく。あぁ、減っていく減っていく。言っていることに対してやっていることが完全に矛盾しているじゃねえか!

 その後もちゅるちゅると海梨がうどんを食べ続け、コトッ。

 漸く器を俺の目の前に置いたが、中身はもちろん――。

「ごちそうさま。ユウ、一つ相談があるのだが」

「俺の、うどん」

「お前も知っての通り、現生徒会の任期が一ヶ月後に終了を迎える」

「うどん、うどんが」

「終了するということは、わかっているよな。私が何を言いたいのかというと、次の生徒会選挙についてだ」

「一三〇円が、キツネが」

「もちろん、私は立候補するつもりでいる」

「うどん……」

「ただそれで問題なのが、って聞いているのか!? さっきからなにうどんうどんと連呼しているのだ。そんなにうどんが食いたいのかお前は」

「当たり前だ! どうしてわざわざうどんを買ったと思ってんだ。食いたいからに決まってんだろ! それをお前は全部食いやがって」

「ちっ、そんなにうどんが食いたいのならこれをくれてやる!」

 海梨がポケットから何かを取り出した。

 なんだ? プリント?

「はっ、紙なんて食えるかバーカ」

「バカはお前だ。よく見ろ」

「よく見ろって言われても、これはどう見ても食べ物じゃなっ!? おいなんでお前がコレ持ってんだ!?」

 海梨が差し出したのは数学のテストの答案用紙。

 霧崎夕という名前の横に〇点という華麗な数字が書かれてある答案用紙で、

「返せ!」

 即座に危険物を引っ手繰ろうとする。

 が、

「返してほしければ私の話を聞け」

 ひょいっと海梨に取り上げられた。

「ちょっと待て! お前さっきくれてやるって言ったよな!? ていうかどうしてそんなもの持ってんだ!? 俺は間違いなくこのブツを抹消したはずだぞ!」

 ちゃんと教室のゴミ箱に捨てたはずだ。ぐちゃぐちゃに丸めて捨てたはずだぞ。

 放課後になればゴミ箱の中身はゴミ収集所行になる。数学のテストの答案用紙が返ってきたのは二日前。だから間違いなくこの回答用紙は抹消されたはずなんだけど、

「お前の教室にあるゴミ箱で見つけた」

「まさかのゴミ荒らし!?」

「とか何とか言いながら、数学の教師から渡されたのだ」

「あー……」

 なるほど。そっちだったのか。

「何故残念そうな表情なんだ」

「いやー、うん。なんでだろうね」

 敢えてお茶を濁しておく。あれは先生との約束だしな。秘密にしておいてあげよう。

 彼が相当貧乏なことを。

 しかしまあ、ついにゴミ荒らしまでやっちゃったかー。あの人そこまでいっちゃったのかー。

「まったく、なぜ私に渡すんだ。しかも一〇〇円で売ってやると言われたんだぞ。意味がわからん」

「そりゃあ先生が、こ、こほん。俺としてはそれを買った海梨の方が意味不明なんだけど」

「と、とにかく私の話を聞けっ! そしたら返してやるっ!」

 腕を組み、ぷいっと顔を背ける海梨。

 こいつ、今誤魔化したな? 顔真っ赤だし、超早口だったんだけど。

 でも掘り返すのもアレだし、ここは素直に、

「かったるい」

「なんだ、嫌なのか?」

 海梨が右手に持っている危険物をひらひらさせる。お、おいやめろ。みんなに見られたらどうするんだ。

 裏面に描いた俺の漫画を。

「私の話をちゃんと聞くのか、聞かないのか。さあどっちなんだ」

「き、聞きます。聞きますから早くそれを返して下さい」

「うむ。素直は美徳だ。では先ほどの続きだが」

 ぐしゃぐしゃぐしゃ。海梨が危険物を手のひらで握りつぶし、丸めたそれを胸ポケットに仕舞った。

「話が違うぞ、聞いてやるから今すぐそれを返せ!」

「ちゃんと聞いたらな。お前がちゃんと私の話を聞き、了承してくれたら返してやる」

「さっきの話と違くないか?」

 それに一体何に了承しろというんだ。嫌な予感しかしないぞ。

「とにかく私の話を聞け、いいな」

 しょうがない、聞いてやるか。

 ま、面倒くさいから適当に聞き流すけど。返事くらいはちゃんとしてやろう。

 俺が無言のまま頷くと、海梨が急に真面目な顔になって話し始めた。

「先ほども言ったが、私は次期生徒会長の座を得ようと思う」

「あぁ、そうか」

「そこで敵となり得る者はたくさんいる。特に副会長」

「あぁ、そうか」

「ん、理由は聞かないのか? むー、まあいい。もちろんそれ以外にも強敵はたくさんいる」

「あぁ、そうか」

「つまり私が何を言いたいのかというと、現状では次期生徒会長になるのは難しいということだ」

「あぁ、そうか」

「で、どうして私が副会長ではなく、生徒会長に立候補しようと思ったことについてだが……私はあることを知ってしまったのだ。ユウは聞きたいか?」

「あぁ、そ」

 ギロリ。鋭い眼光が俺を射抜いた。

 も、もしかして聞き流しているのがバレた?

「あ、あぁ」

 顔には出さず、一応返事をし直すと、

「よし、聞きたいのだな。なら教えてやろう!」

 どうやら俺の気のせいだったらしい。

 もう面倒だし、一言でいいや。

「ここからは大きな声では言えないが、現在の生徒会は無駄に金を隠している。いや、むしろ自分たちの懐に入れているのだ」

「あぁ」

「ん? ユウはこのことを知っていたのか?」

「あぁ」

「それは驚きだな。私しか知らないと思っていたのだが。それなら話は早い。ユウも知っての通りこの学園の生徒数は一万人を超えている」

「あぁ」

「つまり相当な額が生徒会に集まり、それらを各部に振り分けているということだ」

「あぁ」

「ここまで言えば私が生徒会長になろうとしている理由はわかるな?」

「あぁ」

「なら答えてみろ」

「あぁ。……え? すまん聞き逃した。もう一回言ってくれ」

「なら答えてみろ」

「いやそこじゃなくて。もっと前のところから」

「くたばれ」

 海梨が中指をピンと立てた。

「やはり聞いていなかったのか。仕方ない。今からこの裏に書かれてある漫画を掲示板に張り付けてやる」

「ごめんなさい、マジでごめんなさい、俺が悪かったです」

 即座に椅子から立ち上がり、ジャンピング土下座をする。

 おっ、今のは我ながら華麗だったな。完璧な土下座だ。

 よし、これなら海梨は、

「本当に反省しているのか?」

 ちっ、ジャンピング土下座だけじゃ許してくれねえのかよ。

「私は反省しているかと訊いているのだぞ」

「ぅ……し、してる、じゃなくてしてますしてます。マジで反省してます」

「そうか。それじゃあ話を元に戻すぞ。二度はないからな」

「はい、わかりました」

「だから私は」

 また最初から話が始まった。



 数分後。

「なるほどな」

 詳しいことはとりあえず置いておくとして。要は海梨が生徒会長になるための手伝いをしろってことか。

 そうか、海梨の手伝いをするのか。海梨の手伝い、海梨の――

「断る」

「なぜ断るのだ。今の副会長が次期生徒会長になっても良いというのか?」

「俺には関係ないからな。そもそも俺は帰宅部だし」

 帰宅部に予算なんて下りるわけがない。イコール無関係だ。

「何を言っている、お前に関係ないということはない」

「なんでだよ」

「よく考えてみろ。予算は学費の一部から集められているのだぞ。つまり、ユウの学費からも使われているということになる」

「ええっと?」

「お前が支払っている学費の一部も無駄にされていると言っているのだ。むしろ盗まれていると考えればいい」

「盗まれている!?」

「そうだ。盗まれているのだ。毎月財布の中から一万円盗られていると思え」

「一万円って、俺の朝食千日分じゃねえか!」

「お前は一体朝何を食べているのだ」

「うめぇ棒だけど?」

「そうか……」

 あれ? なんでそんな可哀想な子を見る目をしているんだ?

 うめぇ棒でいいじゃねえか。味の種類豊富だし。

「こ、こほん。とにかく腹立たしいことこの上ないのだ。この事実を知っているのは今のところ主犯の生徒会長と副会長を除けば私とユウだけ。その他の生徒は誰一人として知らない」

「そうなのか? でも生徒会って他にもメンバーいたよな」

 会計とか広報とか監査とか庶務とか。いろいろあるはずだ。

 だから生徒会の中でも主犯を除いて海梨しかその事実を知らないということはおかしいと思うんだけど。

「残念ながら他のメンバーは知らないのだ。一応会長と副会長がいない時にそれとなく確認をしてみたのだが、皆同様に首を傾げて?」

「どうした?」

「いや、もしかしたらすでに知っているのかもしれない。予算に一番関わっているはずの会計が知らないということはないだろうし」

「さすがに知っていると思うぞ」

「やはりそう思うか。どちらにせよ、こういう話題が一切出てこなかったのだから誰も知らないのか、はたまたすでに買われているのか。この話を会議に持ち出せば、不利になるのは確実か」

 ふむふむと海梨が頷き、勝手に納得している。

 その推測はほぼ合っていると思う。生徒会の会議でそんな議題を持ち出し、仮に証明できたとしても周りに味方が一切いない可能性は高いだろう。

 その後も独り言を呟き、海梨が自己完結したところで。

「それで、ユウは手伝ってくれるのか?」

「うーん、どうしようかなあ」

「やけに渋るな。なぜだ」

「一ついいか?」

「なんだ」

「どうして海梨は俺にわざわざ話したんだ? 他に相談する相手ならいくらでもいるだろ。例えばほら、先生とか」

「バカかお前は」

「はぁ? お前こそ何言ってんだよ。どう考えてもこういうことは先生に話すほうがいいに決まってんだろ」

「そんなことはない。こういうことを教師に話すとあとあと面倒なことが起こるのだ」

「面倒なことって?」

「例えば教師に話して会長や副会長を退学あるいは停学処分にすることができたとしよう。しかしそうした場合、他の生徒たちはどう思う」

「何か悪いことしたのかな、程度になるんじゃないのか」

「それだけで済んだら最高だがな。そういうわけにはいかないのだ。新聞部などが詮索してくることは間違いないし、そもそも二人とも生徒会役員。イコール、有名人」

「だから?」

「理由を隠し通すことは難しいと言っているのだ。それくらい察しろ」

「わ、悪い。確かにそう考えると隠し通すのは難しいかもな。生徒会に入っているだけで注目を浴びるし。それにうちの学園は有名だから外部に漏れるといろいろ大変そうだ」

「それも私が教師に教えたくない理由の一つだな。だが一番厄介なのは生徒数だ。全学年合わせて一万人もいる。今回の話は全校生徒に関係することだから今の状況がばれてしまうと」

「戦争が起こるっていう例えは大げさすぎるかもしれねえが、それくらい大変なことになるってわけか」

「うむ。そういうことだ」

 部費が減らされていたわけだから、今までに奪われていた分を返せとか主張してくる部は少なくないだろう。それにただ返却するだけで済むかどうかもわからないし。

 仮にそれで済んだとしても現役の生徒会役員たちに非難の目が向けられることは間違いない、か。

「で、なんで俺に相談したんだ?」

 話を元に戻す。先生に話すことが無理だということはわかったけどさ、こういう話はもっと賢い奴に話すべきだろ。

「そんなこともわからないのか?」

「わかんねえからこうして訊いているんだろ」

 素直に答えると海梨が表情を曇らせた。

「なぁ、ユウ」

「なんだよ」

「どういうわけか今の一言で胸の奥がズキズキと痛み始めたぞ。これは何だ? 私は病気なのか?」

「知らねえよ。んなことより早く教えろ。俺じゃなくてもいいだろ」

「ダメだ。ユウじゃないとダメなのだ」

「いや、ダメだって言われても」

「ダメなのだ」

 海梨はダメの一点張り。なんでここまで頑固なんだこいつは。ちゃんとした理由を言ってくれよ。

 念のためにもう一度訊くが、

「ユウじゃないとダメなのだ」

 やはり同じ言葉しか返ってこなかった。

 勘弁してくれ。ただでさえ雑務なんて厄介ごとが残っているのに。

 でもま、この雰囲気から察するに、

「わかったよ。手伝ってやるよ」

「本当か?」

 海梨がパッと表情を明るくさせた。

 面倒なのはわかっている。でも手を貸さないと嫌な予感がするんだよな。

 海梨のことだ。俺が手伝わなくても一人で突っ走るだろう。

 それに了承しないと例のブツは返ってこないだろうし、ここは一つ借りを作っておくのも悪くない。

「約束する。だからお前も約束を守れよ。その手に持っている危険物をよこせ」

「むぅ、仕方ない」

 不承不承ながらも海梨がぐちゃぐちゃに丸めた危険物を俺に手渡した。

 よし、とりあえず一難去ったぞ。

 でも次の問題も厄介だよなぁ。

 約一ヶ月後に行われる生徒会選挙で海梨を生徒会長へ導く。

 一体俺に何ができるんだろう。今の段階では不明だけど、わざわざ海梨が俺を選ぶくらいだ、きっと俺じゃないとできないことがあるはず。

「さて、それじゃあ作戦は後ほど立てるとしよう。ユウ、放課後の雑務、忘れるなよ」

「わかってるよ」

 ったく、嫌なこと思い出させんなよ。せっかくの休憩時間なのに、全然休んだ気にならなかったじゃねえか。時間もあと五分しかねえし。

「って五分!? やべえ。四時間目始まっちまうじゃねえか!」

「後片付けは任せたぞっ」

「え、ちょおい! 最後に食ったのお前だろうが!」

「放課後、待っているぞっ」

 あの海梨にしては珍しくルンルン気分で食堂を出ていきやがった。

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