不穏な気配(?)
時間の経過はなんとあっという間なのだろうか。例のイベントに関するクラスの出し物の手伝いや海梨の手伝い、陽花の雑用をやっていると、いつの間にか例のイベント三日前になってしまった。
大がかりなイベントのため、三日前から授業はすべて中断。例のイベントへ向けての準備をするためのものになっている。
いつもの殺風景な教室もクラスのみんなで作った飾りなどによって華やかだ。
ちなみに陽花が作った学内新聞の効果は予想以上に凄まじかった。水曜日に張り出された新聞により、学園内は海梨と副会長のどちらが勝つかという話で盛り上がっている。その上、例のイベントで海梨がミスコンに出場するということまで載せたため、海梨に対する注目度は副会長以上。
そして放課後、新聞部にて。
「どう? ここまで盛り上げれば文句ないでしょ」
「十分すぎる。元々海梨が生徒会書記ということもあるし、海梨のことを知らない奴はだいぶ減ったはずだ。やっぱりお前の記事は凄いよ。ただ情報を載せるだけじゃなく、あんなにも面白く書けるなんてな」
「当然よ。あたしの力を舐めてもらっちゃ困る。といっても、ミスコンに関して面白くできたのはアンタのおかげでもあるんだけど。ん? その怪我、一体どうしたのよ」
左手の甲を指摘してきたので、俺は咄嗟に右手で覆い隠した。
「ええっと、階段で転んだ」
「そんなに話し難いことなの?」
「いや、別にそうってわけじゃないけど、ただ思い出したくないというかなんというか」
「暴力女が原因か。アンタも大変ね」
今の一言だけで察したらしい。さすが新聞部といったところか。
ちなみにこの痣。ツンツンモードと化した海梨にやられたものである。昼休みなどの空いた時間に俺は踏まれ続けた。海梨が納得するまで踏まれ続けた。もうやめてとお願いしても踏まれ続けた。
もちろん俺に拒否権なんてない。寮へ逃げ込んで一安心できるかと思ったら、海梨は問答無用で部屋に入ってきたからな。それでもっと酷い目に遭った。
結果、俺の身体は痣だらけ。今ではもうツンツンモードを目にするだけで身体が拒否反応を起こしてしまう。
ほら、思い出しただけで身の毛が立って、
「そ、そういえば陽花。生徒会の方に動きはあるのか?」
「副会長のこと? んー、今のところ不穏な動きはないわね。暴力女が新聞部に入部したことについて文句を言われたわけじゃないし、ミスコンについての文句も言われなかったし」
「そうか」
会長たちはまだ何もしてこないのか。てっきりミスコンに海梨が出ることに反対して、何かしらの理由をつけて新聞部の出場を不可能にしてくると思っていたのに。
「別に向こうも油断しているわけじゃないだろうけど、あたしが書いた記事で副会長も得をしているからね。現時点では副会長と暴力女の一騎打ちになると考えてもいいわ。これだけ二人の戦いが盛り上がっているのよ。流れというものもある」
陽花曰いわく事は順調に進んでいるらしい。
でも油断するわけにはいかない。今のところ生徒会長や副会長は何もしてこないようだけど、いつ何かしてきてもおかしくないし。
「それにしても遅いわね、暴力女は何をしているのよ。放課後ここに集まる約束でしょ」
「そのはずなんだけど」
海梨とはクラスが違うけど、七クラス分しか離れていない。すでに到着していてもおかしくないんだけど、一体何をしているんだ。集合時間はもう過ぎているのに、あいつが遅刻するなんて珍しい。
「陽花、悪いけど電話してくれないか?」
「なんであたしが。アンタがしなさいよ」
「寮にスマホを置いてきちまったんだよ。珍しく寝坊してさ」
「ったく、いいわ。さすがに探しに行くのはバカバカしいし、ん?」
スマホを見た陽花が眉根をひそめた。
「どうかしたのか?」
「ううん、別に大したことじゃない」
なんて言っているけど、スマホをタップする度に陽花の表情が険しくなっていく。
「なんだよ、よくないことでもあったのか? おい、陽花?」
「ねえ、夕」
「なんだ?」
「今から言うことを覚えておいて。あたしはあたしであって、あたしじゃない」
「なぞなぞか何かか?」
「そしてできることなら可哀想なあたしを助けてあげて」
「可哀想な? お前、一体何を言って」
「以上。ところでこの前頼んでおいた野菜ジュースはどうしたの?」
「ジュースぅ?」
唐突な話に俺は呆ける。
野菜ジュースを頼まれたァ?
一体いつの話だ。そんな約束をした記憶なんて、
「黄色の野菜ジュース」
「あ、あー……」
そんなこと、あったような、なかったような。
うん、なかったさきっと。
「さぁ、何の話か俺にはさっぱり」
「忘れたとは言わせないわよ。暴力女を呼んできてと言ったついでに野菜ジュースを買ってくるように頼んだ」
「ぐっ。あ、あれはしょうがなかったんだ。俺だってちゃんと買って渡すつもりだったんだぞ。でもあの時は海梨が俺を置き去りにしたから」
「言い訳なんて聞きたくない。それよりもさっさと黄色の野菜ジュースをよこしなさい。ほら今すぐに」
ひょいと陽花が右手を差し出した。
「いや持ってねえよ。というかかなり気に入ってんじゃねえか。紫の野菜ジュースはどうした」
「人の価値観は常に変わるもの」
「はいはい、わかった。わかりましたよ。買ってくればいいんだろ」
「わかればいいのよ。ついでに学園喫茶で売っているパンケーキも買ってきて」
「おいちょっと待て。なんでそこまでしなきゃならん」
「別にいいじゃない。ついでなんだから」
「ついでとかそういうレベルじゃないだろ。だいたいここから学園喫茶までどれくらいかかると思ってんだ」
「片道一〇分くらいかしら」
「そうだよ往復で二〇分だよ! そんなところまで行ってられるか。それよりも海梨はどうするんだよ」
「ついでに捜してきて」
「ついでって。お前、今から電話してくれるんじゃなかったのかよ」
「ああもう、ごちゃごちゃと喧しいわね。いいから買ってきなさいよこのクズ」
「え?」
普段聞きなれない言葉と声音に俺は唖然とした。
なん、だ? なんか今、いつもと違ったような――
「五分だけ待ってあげる」
「五分ね、って短くね!? どう考えても無理だろ!」
片道一〇分もかかるのに、どうやって往復で五分以内にしろと。
はっ、もしかしてあれか。ここから俺の中に眠る空間転移の力が目覚めて超展開に。
「もう始まっているわよ」
「くそっ、急げばいいんだろ」
痛い妄想を無理やり消し去り、教室を後にした。




