楽しいお勉強会(?)
「それでは、俺のための勉強会とミスコンで優勝するための会議を始めたいと思います」
一一月二〇日、創立記念日。
今日一日授業がない俺たちは新聞部に集まって会議を開くことにした。
休日であるこの日になぜミスコンに関する会議だけではなく、勉強会まで開いているのか。
もちろんそれは、留年してしまうわけにはいかないからだ。
こう見えても俺は時間を作って夜勉強をしているんだぞ。それでもヤバそうだからこうしてデレデレモードの海梨に頼み込んで勉強会を開いてもらうことにしてもらったんだ。
ちなみに海梨が新聞部の代表としてミスコンに出ることは確定した。昨日俺たちが電話した後、陽花がすぐに部長へ連絡したらしく、今朝起きたら出場が決定したぞというメールが届いていた。さすが陽花、行動が早い。
新聞部に集まったメンバーが各々鞄から筆箱を出したり、ノートを出したりする。
そのメンバーで、俺、海梨、陽花は当然だとしても、
「おう、今回は俺も一つ知恵を貸してやるぜ!」
「おほーっ、この水菓子最高だなっ」
岸野、学長がここにいる意味がわからない。なぜこいつらがここにいるんだ。特に学長。お菓子食いに来たのなら帰れよ。
一応二人に理由を訊いてみたところ、
「暇すぎて校内をうろついていたら偶然お前たちを見かけてよ。それで勉強会という単語が聞こえてきたから来てみたんだ。いやー、実は俺も期末テストで赤点を取ったらヤバいんだよな」
「おほーっ、この洋菓子」
だそうだ。学長は放っておけばいいだろう。邪魔だと思えば部室から追い出せばいいし。
「それじゃあ始めるけど、先に勉強会でもいいか?」
学長と岸野を除いたメンバーに確認をしておく。
「いいだろう。時間はたっぷりあるからな」
「あたしは勉強を教えるために来たわけじゃない。アンタたちが勉強している間、情報収集をしているから」
前者が海梨、後者が陽花。当然のごとく海梨はツンツンモードだ。
海梨が日本史の教科書を開く一方、陽花はパソコンの電源を入れた。ミスコンに関する話をしに集まってくれた陽花には申し訳ないけど、こっちも相当やばいんだ。なるべく早く勉強を終わらせるから少しだけ我慢してくれ。
「日本史しか持ってこなかったが、本当にこれだけでよかったのか?」
海梨が日本史の教科書をパラパラと捲りながら話しかけてきた。
「あぁ、今日は日本史を頼む」
「む。今日は、ということは他にもやばい教科があるのだな?」
「うっ、よくわかったな。実は数学もやばいんだ。全然理解できなくて」
「やはり数学か。で、本当にそれだけか?」
「そこまで信用されていないのか俺は。大丈夫、それだけだ。俺だってそこまで落ちぶれちゃいない」
とは言ったものの、実際は他の教科も赤点ギリギリ。それでも日本史や数学と比べれば断然マシだろう。一桁じゃないし。
岸野が俺の肩を軽く叩いた。
「安心しろ、数学はザ・凡人の俺が教えてやるからよ!」
「お前、数学は俺と同じでやばかったはずだろ」
「見くびらないでくれ。こう見えても前回のテストで三〇点取ったんだぞ」
「あーそうかいそうかい、自慢ですかい。赤点ラインぎりぎり超えたことの自慢ですか。って、それのどこが凡人だよ。凡人が取る点数ってのは大体六割くらいだろ」
基本的に六〇点が平均点。イコール、凡人が取る点数。
なのにこいつは三〇点。
半分じゃないか。どう考えても頭が悪い奴だろ。
「ちっちっち、これだから夕は」
「んだよ、文句あんのかよ」
「忘れたのか? 数学は他のテストより平均点が低い」
「だから?」
「つまり! 俺の三〇点は平均点だったってことだ。どうだ、凡人だろ!」
胸を張る岸野。平均点とったからって誇るのはおかしいだろ。そんなに凡人であることがすごいっていいたいのか。
くっそ、三十点差。
腹が立ってきたのでふんぞり返っている岸野を放置し、海梨に視線を移す。
途中で何か言いたそうにしている学長の姿が目に入ったけど、放置でいいだろう。お菓子でも食ってろよ。
「夕。なぜ私には話しかけてくれないのだ」
「あーもう、今から俺は勉強するんです。お菓子を食べているんだったらさっさと帰ってください」
「む、それが学長に対する態度か!? こう見えても数学は得意なのだぞっ」
「じゃあ一+一は?」
「田んぼの『田』なのだっ」
「学長。言っておきますけどそれ、全っっっ然面白くないですからね。まだお菓子を食べながら、おほーっとか奇声を上げている方が断然面白いです」
「なっ!? じゃあ私はお菓子を食べる! 食べてやるのだっ! ふんだっ。夕なんか次の期末テストで赤点を取って、おほーっ、この煎餅なんという美味な」
さぁて、勉強し始めますか。
「海梨。日本史のテスト範囲なんだけどさ。大体の予想とかついているのか?」
「んー、そうだな、テスト範囲は、ここからここまで、だと思うぞ」
海梨が教科書を開き、予測している期末テストの範囲を教えてくれる。
おいおい、合計で五十ページもあるのかよ。
「全部覚えるのに骨が折れそうなんだけど」
「五十ページあるといっても覚えなければならないところはそんなにないぞ」
「え、そうなのか? 俺にとってはどれもこれも重要な単語に思えるんだけど。ほら、この冒頭にある黒太字とか。あっ、二行目にも黒太字が。三行目にも」
「気のせいだ。ここなんて黒太字で書かれているがテストには絶対に出ない」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「今までのテストの出し方だ。ほら、この前にある文の――」
と、海梨があーだこーだ説明し始める。こいつは先生の癖まで把握しているのかよ。
「ざっとこんなものだ」
海梨がテストに出そうな部分を黄色のマーカーペンで印をつけてくれた。
「へえ、随分と少ないんだな」
「だろう? いろいろ説明されてはいるものの、結局この教科書にはマイナーなものが多いのだ。だからか知らんが、あの教師はテストでこういう部分を絶対に出さない」
「なるほど。あ、でも海梨がマーカーで印をつけたこの人物って、とても期末テストで出すようには思えないけど」
「仕方ないだろう。こいつらあの教師が好きな人物なのだから」
海梨が人物名を指さす。佐々木小次郎、立花道雪。
「ふあぁ、眠くなってきた」
「バカ。名前だけを覚えようとするからそうなるのだ」
「じゃあどうやって覚えろっていうんだよ」
「その人物が何をしたのか、どういう意図を持って行動したのかを覚えればいい」
「どういう意図を持って行動したのか……興味ないな」
「そこは無理やり興味を持て。興味を持てば覚えられる」
「無理だ。昔の人の行動なんて興味持てるはずねえだろ。そもそもなんで昔のことを勉強しなきゃならんのだ。鎌倉幕府の勉強なんかして一体何の役に立つんだよ」
「ユウ、おまえ……」
海梨にため息を吐かれた。
え、なんで? 俺なんか変なことでも言ったか?
蔑むような視線が突き刺さる。
「わ、わかったわかったって。興味を持てばいいんだろ、興味を持てば」
「ふん、わかればいいのだ。さっさとやるぞ」
そしてツンツンモードによるスパルタが始まった。
数時間後。
「もう、無理。マジ無理」
頭がパンクしそうだ。いくらなんでも詰め込みすぎ。これ以上は覚えられない。
俺は椅子から立ち上がり、学長がお菓子を食べている畳の上へ倒れ込んだ。
「俺も、無理」
そして何故か岸野まで海梨のスパルタの被害者になっていた。ってバカ。お前までダウンしたら海梨の矛先がこっちに向くだろうが。
「岸野。ダウンするにはまだ早いぞ。ほら、さっさと座れ」
「え、ちょっと朝日野さん!? 俺だけ? 俺だけなの!? ねえ夕は!? やめて、やめてくれえええ」
岸野が海梨に引き摺られながら遠ざかっていく。あぁ、岸野よ。こうしてお前は犠牲になったのだ。
無駄にはしない。その犠牲、活かしてみせる!
引き摺られていく岸野を眺めながら近くに置いてあった煎餅を貪る。
「少しは覚えられたのか?」
寝転がっていると、水菓子を食べていた学長が話しかけてきた。
そういえばまだいたんだなこの人。いつになったら帰るんだろ?
「む、その目は何なのだ」
「いいえ、なんでもないですよ。とりあえず赤点を回避するくらいは覚えたと思います。でも期末試験までまだ二週間以上残っているんですよね。忘れてしまいそうです」
「意外と覚えているものなのだ。忘れても復習すればすぐ頭に入るのだ」
「そういうもんですかね?」
「そういうものなのだ。あ、こらっ」
「いただきまーす」
学長が持っている水菓子を一つ奪い取る。うわ、美味っ。相変わらず贅沢なお菓子食ってんなあ。一体いくらするんだよ。
「むむ、私の貴重なお菓子を」
「いつも食ってんですからいいじゃないですか」
「よくないのだ、食べるならこのクッキーにするのだ」
「クッキー、嫌いなんですか?」
「別に嫌いではないのだ。ただ私は和菓子の方が好きなだけなのだ」
「ふーん、じゃあクッキーももらいますね」
ひょいとお菓子箱からクッキーを取る。んー、これもかなりおいしいんだけどなあ。
「ところで夕。話は変わるが、お前のクラスは例のイベントで何の出し物をするのだ?」
「出し物ですか? えっと、確か俺らのクラスは」
あれ? なんだっけ。何をするんだっけ。
「すみません。覚えてないんで調べてください」
「自分のクラスのことなのに、どうして覚えていないのだ」
「さあ? もしかして寝ていたのかな。学長は例のイベントに参加するんですか?」
「当然なのだ。これを機に散財してやるのだ。いっぱいお菓子を食べてやるのだ。クレープ祭りなのだ!」
食べることにしか興味がねえのかよ。毎度思うけどさ、よくそれで学長が務まるもんだな。
学長とお菓子をつつきながら休憩していると、陽花がこちらへやってきた。
「勉強会はまだ終わらないの?」
「もうちょっとかな。今海梨が岸野を見ているし、こっちはあと数ページ覚えたら終わりにする予定なんだけど」
「そう、じゃあ次は赤点を取らないように頑張って」
それだけ言うと陽花が再びパソコンの前に戻ろうとした。
「え? 確認しに来ただけ?」
「そうだけど?」
「なんだよ、俺はてっきり教えてくれるのかと期待したのに」
「最初に言ったでしょ。あたしは勉強会に参加しに来たわけじゃないって」
「えー、そう言わずにさ、少しでいいからさ」
「浄化させるわよ」
ピッとお得意のポーズを決める陽花。
勉強を教える気は全くないってことか。じゃあなんでわざわざこっちに来たんだよ。確認するだけなら近くにいる海梨に訊けばいいじゃないか。
あんまり待たせると陽花の機嫌が悪くなりそうなので、しょうがない。勉強を再開するか。
学長の手元にあった水饅頭をぶんどってから立ち上がると、陽花がこちらを向いた。
「どうかしたのか?」
「な、なんでもない」
じゃあさっそく海梨に。
「ま、まあ、アンタがどうしてもっていうのなら、その、あたしが勉強を」
「海梨、さっきの続きから頼む」
「なぁっ!? ちょ、アンタねぇ、せっかくこのあたしが」
「ん? なんか言ったか陽花? あ、それともこの饅頭欲しいのか?」
「……絶対にあとで浄化させてやるんだから、このっ!」
「あぶねっ!? おいこら、ペン投げんな! ってやめろ、おい!」
「ふんっ、アンタなんか知らないわよ!」
ツンとそっぽを向いた陽花がパソコンの前に座りなおした。
なんでいきなり機嫌が悪くなったんだ? さっぱりわかんねえ。
やっぱり電波だな、あいつは。
相手するのも面倒くさいので、俺は陽花を放置したまま岸野の隣に座った。
「やっと来たか。俺はもう限界だ。頑張って、くれ」
バタン。岸野が大げさに突っ伏した。よく頑張ったぞ岸野。お前の犠牲は無駄じゃなかった。ツンツンを引きつけてくれている間に、俺はお菓子を食って回復することができたからな。
さぁ、スパルタ教官ツンツンモード、次は俺が相手だ!




