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始まりは赤点から

 バカは人を幸せにする。

 おじいちゃんの名言だけど、それは本当なのかな。



「先日行なったテストの答案用紙を返す」

 一時間目、日本史の授業。

 チャイムが鳴ると同時に教室へ入ってきた日本史の先生が恐ろしい一言を言い放った。

 そうか。もう三日も経つのか。

 中間テストが行なわれてから早三日。あの忌々しい一週間から解放されたのが三日前。

 そう。三日なのだ、三日。つまり俺が何を言いたいのかというと、この先生は受け持つクラスが一〇クラス以上もあるのに中間テスト終了後三日で答案用紙を返してきやがったのだ。

 あぁ、嫌だ。夢であってくれ。現実には戻りたくない。

「よっしゃあ、九〇点!」

「だー、あぶねえ、四〇点か」

「ふぅ、まあまあかな。一〇〇点」

 とか何とかほざいている連中を見ていると、自然とテスト中の記憶が蘇ってきた。

 問一から適当に答えていたからなあ。小野妹子とかまともな回答も面白くないと思って、うぇーいとかはっちゃけた回答をしつつ、最後に見直していたらうぇーい、うぇーい三昧だということに気がついて、

「霧崎夕!」

「うぇーい!」

 瞬間、教室内が静寂に包まれた。あ、しまった。なんて返事をしてしまったんだ。っておいこら隣の女子笑うんじゃねえ、恥ずかしいじゃねえか。

 俺は顔を真っ赤にしながら席を立ち、先生の元へ歩いて行く。

 するといつの間にか先ほどの静寂はどこへやら、教室内は再び悲鳴と歓喜、安堵、不安の声であふれかえっていた。

「霧崎……いつも通りだな」

 先生が答案用紙を裏返しにして俺に渡す。

 いつも通りか。ということはギリギリセーフだったってことか?

 頼むから赤点は回避していてくれ。三〇点あれば十分なんだ。

 俺は深呼吸をし、ゆっくりと答案用紙を表向きにする。

 三〇点をぎり越えている自信はある。たとえふざけた回答ばかりでも真面目に答えた部分が合っていると仮定すれば、三三点は取れているはず。

 だから今手元にある三点みたいなバカ丸出しの数字じゃなくて、

「三点!?」

「そうだ」

 腕を組んで頷く先生。お、おいおいおい、嘘だろ。〇を一つ付け忘れたんじゃないのか!?

 問一から順に正誤の確認をしていく。

 問一×。問二×。問三△。

 問四×。問五×。…………。

 いやー、まいったなあ。

「先生。この△を○に変えてくれませんかね?」

「あ? 無駄な足掻きはよせ。そんなところ○に変えてもお前は四点だ」

「いやでもほら、アレじゃないですか。一点の積み重ねがあってこその三〇点突破じゃないですか」

「……何が言いたい」

「だからその、この×を△に変えて、それでそいつを○に変えていけばほら、無事に赤点ラインを」

「お前は私をバカにしているのか?」

 ギロリ。鋭い眼光が俺を捉えた。

「い、いえ滅相もございません。むしろ俺にとっては天使です。そう、天使なんですよ! ですから天使様、お慈悲ということでここはひとつ、この点数の欄にゼロをつけ加えてください」

「天使、か。ふん、仕方ないな、貸せ」

 俺から答案用紙を奪い取り、点数欄をいじりはじめる先生。

 おぉ、やっぱり女性には天使様という言葉が絶大なのか。そうかそうか、こうもあっさり赤点ラインを突破できるなんて最高だ!

 俺がふんふんと機嫌をよくしながら待つこと数秒後。

「ほら、これでいいだろ」

「はい、ありがとうございまってそんなわけあるかあ!」

 点数が減っていた。三点も減っていた。霧崎夕と書かれた名前の横にあった3という数字が斜線で消され、その横に0という無に等しい数字が書かれていた。

 どうして三点も減ってんだよ。明らかにこの問三は△で、あぁもうくそう、この斜線は不要だ不要!

「なんだ、文句あるのか?」

「ありまくりですよ! これだと勉強していないのバレバレじゃないですか!」

「〇点だろうが三点だろうが結果は変わらん。勉強していないのまるわかりだバカ。そうだ勉強といえばお前、前日まで一体何をやっていたんだ」

「えーっと、確か海梨に誘われて格ゲーの練習を」

「クズだな」

「ちょ、それ教職者の言うセリフですか!?」

「知らん。バカ&クズ、バズはとっとと席につけ。後ろがつっかえている」

「勝手に新単語を作らないでください!」

「今日からお前のあだ名はバズだ」

「やめてください! それにバズって、某有名キャラクターじゃないですか!」

「無限の彼方へ」

「いきません! 席に着きますから、せめてそのあだ名とこの〇点だけは勘弁してください」

「……仕方ない、ほら貸せ。これでいいだろ。これ以上の点数を望むな」

「はい」

 俺は手元にある回答用紙を四つ折りにしながら自席へ戻る。

 どうにか三点に戻してもらうことはできた。

 でも。

 どうしよう、どうしようどうしよう。

 三点、三点だぞ!? 三三点でもなく三〇点でもなく三点だぞ、十分の一以下だぞ前代未聞だぞ三点なんて。いやまあそりゃあ、数学で〇点を叩きだしたバカもいたような気はするけど、それは数学だからしょうがないとして。

 ふぅ。とりあえず落ちつこう。

 俺は着席し、ゆっくりと深呼吸をする。

 落ちつけ。所詮こんなものは中間テスト。人生に関わるようなことじゃない。だからそんなに焦る必要なんて――

「夕。お前はどうだったんだ」

「ッ!?」

 不意にポンと肩に手を置かれたため、俺は咄嗟にテスト用紙を机の中に押し込んだ。

 そしてにこやかな笑顔を浮かべながら、聞き慣れた声の主の方を向いて、

「へ? 何が?」

「とぼけんなよ、テストの点に決まってるだろ」

「おい岸野、嫌な話題を振ってくるんじゃねえよ」

 今非常にテンパってんだ。せっかく心を落ち着かせようと深呼吸をしていたのに、これじゃあ意味ないじゃねえかよ。

 ちなみにこの野郎は岸野翔太。罰ゲームなのか趣味なのかは知らんが、頭にピンク色のカチューシャを毎日つけている。はっきりいってきもい。

 俺の点数を訊きに来たってことはどうせ今回も点が悪かったんだろう。バカだからな、こいつは。

「嫌な話題ねえ。ってことは低かったってことか? で、実際はどうだったんだよ」

「何がでだよ。そういうお前は何点なんだよ」

 敢えて点数を先に聞いておく。

 どうせ一点か二点くらいだろう。あとで一点勝ちだと自慢してやらあ。

「ふっふっふ、聞いて驚け。なんと今回俺は」

 ダンッ。岸野がプリントを机に叩きつけた。

 そして、

「六〇点だ!」

 点数欄に書かれた数字を指さして、ふんぞり返りやがった。

 へー、六〇点ねえ。

「どうだ凄いだろ。これが人間味のある点数というやつだ!」

「あーはいはい、えらーいすごーい」

 これが人間味のある点数ね。はいはい、すごーいすごいねー、六〇点なんて。平凡過ぎてある意味すごいよ。逆に取るのが難しいよ。

 くっそ、俺の二〇倍じゃねえか!

「で? お前はどうだったんだ」

「知らん」

「おいこら人の点数聞いといてそりゃねえだろうが」

「知らんったら知らん。お前の点数などこれっぽっちも知らん」

「ついさっき教えたばかりだろ。ほら、さっさと答案用紙見せろ。みーせーろーよー」

 岸野が無理やり俺の机の中を漁ろうとする。

「ちょ、やめ。せんせーい。変な奴が絡んできます。助けて下さーい」

「あ? どうした霧崎? っておいなんだ岸野急に。あー、霧崎の点か? そんなの私が教えるわけないだろ。三点だ」

「ちょ、先生!?」

 教えている、思いっきりバラしている、公言しちゃっているから!

 やめて、みんなやめて。そんな目で俺を見ないで!

「そうか。悪かったな。まさか三点だなんて思ってもいなかったんだ」

「だから嫌なんだよ教えるのは。それに変に慰めようとすんじゃねえ」

 気持ち悪いんだよ、お前のその態度。

 六〇点取っているからという余裕がいかにも表れて、

「三てーん、マジ三てーん。夕ぱねえー。ちょっとだけ頑張りました感がぱねえー。もうこれは救いようがねえなあー」

 いきなり手のひらを返しやがった!?

「存在自体がマイナスっていうかー、日本史って暗記だけなのに三点取るバカな奴ってあり得ないっつうかー」

「お前……」

 これは殴ってもいいのか、殴ってもいいんだよな?

「痛っ。おいこらマジで殴るこたねえだろうが。いやしかし三点ねえ」

「頼むから連呼しないでくれ」

「三点、三点かあ。一点や〇点ならまだしも、三点。ちょっとだけ頑張った感が否めない。仮にこれが順位だとしても三位で銅メダルなんて存在感薄。後ろから三番目だったらブービー賞ですらない。あぁ、もうこれは夕の存在自体がダメなんだよ。ダメダメ人間なんだよ」

「凡人のお前には言われたかねえよ!」

 六〇点ってなんだ、六〇点って。ちょうど平均点じゃねえか。

 まさに一般人。凡人すぎて面白くない。

 そう、面白くないんだよ!

 ……くっそ、俺の二〇倍。

「涙拭けよ」

「うるせえ!」

 差し出されたハンカチを叩き落とすと、追い打ちをかけてきた野郎は肩をすくめた。

「ま、取っちまったもんは取っちまったもんだろ。気にすんなって。赤点だから、今日の放課後は大変だろうけどさ」

「他人事だと思いやがって」

 ったく、嫌なことを思い出しちまったじゃねえか。

 テストで赤点を取ってしまったらその日限定で雑務をしなきゃならないんだ。あぁ面倒くさいな、雑務かぁ。

 草むしりとかスタジアムの掃除とか、書類運びとか……うおー、やりたくねえ。こうなったらいっそ、逃げちまうか。

 早速俺は鞄を持ち、こっそりと後ろのドアから抜けだそうとすると。

「おい霧崎。何勝手に教室から出ようとしているんだ」

 ちっ、空気読めない先生め。仕方ない、ここはあの必殺技を使うか。

「すみません先生。ちょっと、トイレに行ってもいいですか? 急にお腹が痛くなってきて」

 具合が悪そうな顔をし、片手でお腹を押さえる。

 するとやはり先生は、

「……そうか。じゃあ行ってこい」

「はい、行ってきます」

 鞄を持ったままドアを開く。

 ふははは、完璧だ。完璧すぎる言い訳だ。腹痛を訴えてトイレへ行かせてくれない先生はいないからな!

 よし、これで放課後の雑務はなしだ。ちゃちゃっと早退して寮に――

「おい霧崎、わかっていると思うが、今日の雑務から逃げたら二倍だぞ。明日明後日としっかりやってもらうことになるからな」

「え? あ、あー、それくらい知っていますよ。ええ、知ってます知ってますとも、サボったらそうなることぐらいは。だから逃げたりなんかしませんってば」

「それにもうすぐ例のイベントだな。これは明日からの雑務が大変そうだ」

 ピタ。今の一言に俺は教室から出ようとしていた右足を止めた。

「どうした。トイレにはいかないのか?」

「あ、いえ。なんか急にお腹の調子が良くなったので授業を受けようかと」

「そうか。ならさっさと席につけ」

「はい」

 その場で回れ右をし、俺はそそくさと自席へ戻る。

 どうやらこの先生は右手に持っている鞄を指摘しない優しい人らしい。

「おーい、他のやつらも。テストの点で騒ぎたい気持ちはわかるが今は授業中だからなー。ほら席についてくれ。よし、始めるぞ。では今から返却したテストの解説をしようと思う。それじゃあ……霧崎。問一から順に答えてくれ。もちろん全部な」

 訂正。非常にいやらしい先生であった。

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