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二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王!~チーズケーキを狐と。

作者: 正井舞

王を唆し、民を虐殺し、病に苦しませ、悪行三昧を尽くした狐は、ただ淋しかったのではなかろうか。

「綱ちゃーん、遊びましょー?」

部の休養日はぶっちゃけ寝てるか遊んでいるか。以前鍛錬日に当てたところ、監督とコーチとトレーナーにも叱られた。縁側に大の字に寝そべりころころと畳の上を転がっていた渡辺綱の枕元には鬼斬りがあるが、そちらものんびり休息していたので完全に気を抜いていた。

「ぐふっ。」

腹の上に、それこそズドン、と石を乗せられたような気配に目を眇めると、そこにあった岩はどろんと絵巻物のようにヒトへと形状を変えた。

「く、久尾さん・・・。」

常に笑みの形に結んだ目元が薄っすらと開けば、凄まじい悪寒に苛まれた綱はその鳩尾に正拳を叩き込んだ。久尾と呼ばれた男は綺麗に縁側を飛び越え庭に吹っ飛んだ。痩身痩躯、細面に狐のように吊り上った眼は眼鏡の向こうに笑みの形に結んでいることが多い。

「ちょっと、今やろうとしましたよね。力使おうとしましたよね?叩っ斬っていいっすか。」

草履に足を通してじゃりりと土を踏めばベルトに差した太刀を抜刀の構えにまで持っていく秀麗な美貌の持つ主に、ははっ、と軽く笑った久尾は、所謂化け狐である。しかもインド、中国、日本では鳥羽上皇の時代に色々やらかした。

「使わないって約束したでしょ。」

「綱が言わんかったらバレんって。」

「そうは問屋が卸しません。」

おどける様な、弾むような関西訛りの言葉はどこか胡散臭かった。さて斬り捨てるか、とばかりの姿勢の綱の頬に水滴が滑る。座り込んだ九尾をひっ捕まえて、慌てて庇の下まで駆け込めば、直後にざあっと豪雨に襲われた。

「えらい機転や。流石綱。」

「神経逆撫ですんの上手ですよね、お狐さん。」

「あらま、嫌われてもーたらしいわ。」

はは、と軽く笑った化け狐は、狐というよりは年相応に男子高校生で、仕方ない、どうぞ、と玄関から迎え入れない非礼を綱は詫び、畳敷きの風通しのいい広間に久尾を通した。雨の中にがくんと下がった気温に綱は急須と湯呑みを求めて台所へ。久尾は広い座卓の上に放り出されてある教科書とノートを暫し眺めたのち、さくさくと問題を紐解き始めた。

「あ、助かります。」

「たまにはお狐さんも役立つで?」

伊達に長生きしてへんし、なんて笑った久尾は、今は久尾明佳(くおはるか)の名前で体で生きているが、その実一度も死んだことがない。綱が二十一世紀の渡辺という中流家庭の長男として生まれ変わった折は剣術の修行に十年を要したが、久尾は妖術と使うことに何の躊躇いも無い。天羅国や殷、古代日本にも美女に化けたが、女とは陰であるから化けやすい、らしい。陰陽思想って案外役立つんだな、と綱は感心したことがある。しかし、傾城の美女は憧れやろ、とも付け加えられ、殴りたくなった。

知名度としては中の上、一番最近の過去の名前は殺生石。その前は玉藻前で、上皇からその名を貰うまでは化粧前。殷では妲己、褒似。一体幾つの名前を持って行きてきたのだろうか妖は、綱の間の前で大学受験目前の教科書を少々珍しそうに、懐かしそうにも眺めている。

「ああ、凄い曇天がきちゃいましたね。」

真っ暗だ、と思えば久尾の肌が微弱に淡く輝いたのに、綱は一度深呼吸。上皇を誑かした手口の一つなのだから。結局陰陽師に正体を見破られた狐は御幣を持たされ姿を消した。

座卓を挟んで対面する二人は、特に久尾は話し上手で聞き上手だ。綱は残念ながら口下手で、たまに無愛想を貞光や金時に窘められることがある。

「久尾さんさ、そろそろ誕生日でしょ?」

「そんなもん忘れたがな。」

暦も仰山変わったよってなぁ、と急須を片手に笑った久尾に。

「違いますよ。源家の調べはついてます。久尾明佳、満二十歳。生まれは今日の日でしょ?」

「あの坊は他人のプライバシー権をどない思うとるん?」

「取るに足らないものじゃ無いですかね。」

「やめ、洒落ならん。」

「というわけでおめでとうございます。」

「ん、おおきに。」

なんと言いますかねぇ、とノートを自分のほうに器用な指先で返した綱は、行儀悪くも座卓に肘を突く。

照魔鏡という道具も頼光は手に入れてあるが、化け狐を狩れという命令は下ったことは無い。昔からあの男の思惑は読めず、何度綱とて振り回されたも知れず。

縁側の向こうはざあざあと激しく雨粒が暴れまわり、地面を叩いて弾かれる。気温が急激に下がって行くのを如実に感じた伊月は七分袖の二の腕を摩り、投げ出してあった脚を胡座に組み直した。

「随分疲れてんねぇ。」

「狐にでも憑かれたんじゃないっすかね。」

「そらあかんわ。」

くちびるに当てていた湯呑みがふと掴まれ、移動する。久尾がひとくち含んだかと思うと、綱はまたその湯呑みに口付けさせられた。

「んっ!?」

「あかんで、子狐。この清廉な魂はワシが貰うねん。」

けぇん、と高くに獣が何処かで鳴いた。

「あ、あげませんけど・・・?」

「せやった。頼光様のお手つきやったこの子。」

お手つきとか言わないでくださいこの化け狐、そらすまんなでも事実やんな、折角なんでコンビニのケーキでも食べます?

雨ののちに急激に下がった気温に首を竦めた綱は隣に久尾の姿が無く、首筋がもこもこに暖かいことに気付き、案外獣臭くなんだなぁ、なんて考えた。季節外れのフォックスファーは、時折楽しそうにくふくふと震えた。

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