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覚醒者オルタ  作者: FIXX
二章
9/17

「何やってるんだい?」

 市場での食事を終えて、寝床で横になっているとイサイが身近に寄ってきた。

「八重さんのそばにいなくてもいいの?」

 ちょっと意地悪なことを言ってみる。

「彼女はまったく目をそらすことなくテレビに夢中だからね。邪魔しちゃいけないと思ってさ。隣にいたらつい声をかけたり、肩を抱いたりしたくなるんだ」

「まあそうだろうね」

 オレもここにノジエがいたら絶対にそうする、と彼の気持ちが手に取るようにわかるオルタは胸の内で頷いた。

「で、何やってたんだい? 何やら手を天井に向けて開いたり閉じたりしていたようだけど」

「なんとなくやってただけ。理由なんてないよ」

 嘘だった。覚醒した力をどうすれば使えるようになるかを考えていたのだ。周りの期待はさておき、自分自身でも好きなとき好きなように使えるようにしておきたい。今後もまた使えるようになればの話だが。

「なんとなくか――そういえばさ」

 急に彼は声をひそめた。

「あの女の子二人をずっと隣に連れている奴、何者なんだ? どう見たって只者じゃないぜ」

「凄い人なんだってさ。オレはよく知らないけど」

「なんだ知らずに側にいるのかよ」

「オレは成り行きでそうなっただけだし」

「へえ。でもそんなに凄い人ならおれも恩恵に与ろうかな。彼女もいることだし」

「八重のこと本気なの?」

「もちろん」

 と、うっすら笑う彼を、なぜか憎めない。

「おっとやばい。こっち来た」

 ワンピースの寝間着に着替えていた八重が横たわる。

「寝るわ。おやすみなさい」

 オルタとイサイは時計を確かめた。時刻は八時半過ぎ。オレだってまだ眠くないのにと不思議がりながらオルタがイサイに目をやると、彼はすねるように口を尖らせ肩をすくめた。

〝ファムスター君、今日はこれまでで一番の出来だとスタッフの方々が言ってくれているけど、君としては今日の出来はどうなの?″

〝マジヤバゲですわ″

〝ははは! マジヤバゲかー、いいね! さて明日は何を作るのかな? 愛天使(えんじぇる)さん″

〝えー明日はですね、なんと近頃ブームになっている低温穀物ハンバーグを作ろうと思っておりますっ。ぜひ皆さん明日も御覧になってチャレンジしてみて下さいっ″

 人間とロボットのコンビによる料理番組。全然耳に入ってこないのにそのテレビの音が気になって眠れない。

 そう思っていた矢先、ふっとテレビの音が消え、室内の電気もパッと消えた。

「午後二十三時を消灯時間としよう」と、事前に打ち合わせたとおりに竜巳が消したに違いない。

 急に視界が真っ暗になり、しだいに心地良い眠気がやってくる。

 次の瞬間、誰かがシャッターを繰り返し叩く音で目覚めた。

「くそ。何だ」

 少し離れたところから竜巳の声が聞こえ、オルタは寝ぼけ眼のまま時計を確かめると、時刻はいつの間にやら午前三時を回っていた。慌てている様子もなく淡々とシャッターのノックは続き、しびれをきらしたのか、向こうから声が届く。

「管理組合だ。少し尋ねたいことがある。開けてくれ。すぐ済むから」

「ちょっと待て!」

 不機嫌を露わにしながらも竜巳は扉を開けたようだ。

「こんな夜遅くにすまない。少し中を見させてくれ。どうやらこの界隈に盗人がいるみたいなんだ」

「見るのは構わないが、ここからは一人も外へ出てないぞ」

「念のためだ。明かりを点けてくれ」

 パッと電気が点いて思わずオルタは顔をしかめた。

「なるほど、ありがとう。ここじゃないみたいだ」

 一体何が起きたのだろうか……と目が慣れるよりもはやく上体を起こそうとしたその時、突然竜巳が「おい! 今度は何なんだ!?」と大声を張り上げた。

「全員外へ出ろ!」

「そんなもの向けないでくれ頼む」

「だったらさっさと動け!」

 何事かは分からないが、カウンターの向こうから緊迫した空気が伝わってくる。竜巳の反応といい怒鳴り声といい、強盗か何かが襲撃しにやってきたと考えるのが妥当だろうか。オルタ達のほうには気づいていないようでラッキーなことにまだ誰もこない。

 そーっとカウンターから顔を出して向こうを確かめようとしたら、イサイによって妨げられた。

「やめとけ。とにかく気配を殺して様子をみたほうがいい」

 見ると八重も起きていて頷いていた。オルタも理解したと頷き、静かに身を屈める。

「これで全員か?」

「お前達いったい目的は何なんだ!」

「ちょいと金をせびりに来ただけだ。入り口辺りで通行料払ったろう? そいつらがわざわざ教えに来てくれたのさ、イイ金づるがいるってね。そんで道中聞いて回ったら楽にここへ辿り着いたってわけ」

「金はいくらほしい!?」

「ぜーんぶ欲しいなぁ」

「半分ならどうだ!」

「半分? いくらだ?」

「現金で二百万くらいだ」

「てーことは全部で四百万か。いいねぇ」

「待て! 全部はやれない!」

「うっせーんだよ!」

 竜巳の呻き声が飛ぶ。

「よそ者はいったん全部空になってから再スタートっていうのが地下での習わしなんだよ、糞みたいな声で喚くなオッサン。つーわけで、おい、お前らはこいつらを向こうで見張ってろ。んでお前らは中を調べてこい。中にあるもんは全部かっさらってこいよいいな?」

 恐れていた展開になってしまった。心臓がバクバクと早鐘をうち、息が詰まりそうなくらい酷く不安定になる。八重とイサイも必死に震えを堪えているようだった。しかも彼らの目が窮地に立たされていることを物語っており、オルタはいっそう不安になった。

 明かりが点いている中、身を隠すのは至難の業である。しかも人数は三人。人数は三人と頭の中で唱えるだけで脳がパンクしかける。もはや思考が働くのを拒否しており、オルタは、ただ何も考えず出て行くという選択を取るしかなかった。

 突如として現れた少年に自動小銃を手にしていた歯抜け共が一瞬たじろいだ。

「隠れてたのか!」

 死に物狂いで叫ぶ。

「うああああああああ!」

 けれど絶対に死にたくないという強い意志を胸に、右手を突き出した。ほとんど無意識にやった行為である。その直後、やんわりと追い風が吹いたところに凄まじい威力の衝撃波が放たれ、オルタの前にいた三人はシャッターごと吹き飛んだ。

「な、なんだっ!?」

 通路にいた者達が覗き込んでくる。

 手を伸ばしているのだからこいつがやったに違いない、と誰もが思ったようだが、とても信じられないといった様子で目をぱちくりさせていた。その中には二人の男に銃口を向けられている竜巳たちの姿もあり、また続々と他の部屋からも無関係な人々が出てきていた。

「お前がやったのか!? こ、これを!?」

「皆を放せ!」

 恐らく強盗団のボスであろう歯を矯正中の三つ編みの眼鏡男は、苛ついているのか怯えているのか判然としない感じに、ぐにゃりと顔を歪めている。

「あ、あほいうんじゃねえ! これからだっていうのに!」

「じゃああんたは死ぬしかない!」

 手のひらをボスに向ける。

「ま、待てっ! 早まるな! わかった! わかったよ! だからその手を向けんなちくしょう! てめえら誰も手出すんじゃねえぞ!」

 思った通り彼がボスだったようだ。彼はあごをしゃくって手下に解放するよう指示を伝え、納得いかない顔つきで竜巳たちが戻っていくのを見やる。形勢逆転。これならなんとかなる……と安心しきっていたら、事態が急変した。

 なんとボスは土御門の側近である娘一人を捕まえ、その頭に拳銃を突きつけたのだ。

「おらどうだ! これで互いに動けねえなァ!?」

 気が触れたように目を剥いてボスは怒鳴りつけてくる。

「金を渡せ! 今すぐ!」

 状況からして渡さなければさらに悪い方へと進んでいくだろう……。オルタは手を向けたまま動きあぐねる。

 そこに、ショルダーバッグを手にした竜巳がやってきたが、彼はなぜかゆっくり通路に出て野次馬たちのほうへ向かった。その先で立ち止まりショルダーバッグを床に置くと、中から長方形のものを取り出した。それはオルタも本で見たことがある爆弾――ダイナマイトだった。彼はついでにポケットからライターも取り出す。

「これ以上、事を荒立てるつもりならいっそのこと、今ここで爆発させるぞ。全員であの世に行こうじゃないか。どうせ奪われるならこのカバンに入っている金も消し飛んでしまえばいい」

「おい待て待て待て!」

 ボスは苛つき、頭を掻きむしる。

「うぐぐぐぐ……お前ら何なんだよ! 頭ぶっとんでんのか!?」

「かもな」

「くっそう……。しょうがねえ……ほらよ!」

 解放された娘は突き飛ばされ、「きゃあっ」と転んだ。反射的にみんな彼女に目を向けてしまい、その瞬間、三度銃声が響いた。

「死ねええ!」

 オルタの頬、すれすれのところを一発の銃弾がかすめていく。

「うあっ!」

 呻き声が聞こえた後方へとっさに振り返ると、竜巳の仲間の男性が倒れていた。肩の辺りがだんだん赤く染まっていき、無事であるもう片方の手で押さえるも、血は止まらない。すぐさま周りが手当に入る。

 するとまたさらに銃声が鳴った。今度は一発。明らかにオルタを狙ったものだ。が、今度はオルタが手前で止め、床にたたき落とした。

「くそっ、そんなことまで出来るのかよ!?」

 ふて腐れる時の癖なのかどうか分からないが、ボスの醜く歪んだ顔を見ていると無性に腹が立ってしょうがない。

「あんたのその顔、むかつく。消えろ」

 オルタはギロリと睨む。

「はあっ!?」

「はあ? じゃない……」

 しっかりと狙いをつけ、

「オレはあんたも、あんたのその顔も、むかつくから消えろって言ってるんだっ!!」

 カッと目を剥き、牙を剥く。ボスを殺すつもりで気力を解き放てば、奴はかんたんに吹き飛んでいった。

 ボスが向かい側のシャッターを突き破ってガラスの壁にガッシャーンと大の字に張りつく。サングラスはぐしゃぐしゃになり、きれいに結わえてあった髪も解けた。

 空いた穴を通って向かいに入ると、まだそこにいた人達が一斉に隅っこへ退いた。

 ガラス片が体中に突き刺さったボスはかろうじて意識があり、必死に「お……お……」と何か喋ろうとしている。しかし間もなくガクッと気を失った。

 向かいから立ち去る。その先にボスの手下共が二十人ほど待ち構えるも、それらとて払いのけるように手振りだけで紙切れのように吹き飛んだ。他愛ない。

 ほんの少しだけど――念力というものの存在感、原動力、制御の仕方を身体が覚えたような気がした。もちろんだからといって頭で分かっているとは到底言えないから、使えるようになったとは思わない。

 途中、ちらりとダイナマイトをバッグにしまおうとしていた竜巳と目が合う。彼はまるで良くやったと言わんばかりに静かにゆっくりと頷いた。

 そうして八重たちのもとへと戻ってみれば、オルタは信じられない光景を目にした。

「嘘だろ……」

 イサイは手を床につき、いたく重いため息を吐く。彼の目の前には心臓を撃ち抜かれた八重が倒れていた。

「八重さん……」

 彼女の有り様を目にするまではこれ以上やる必要はないと思っていた。だが、こうなるともう限度なんてものはありはしない。

 オルタは直ぐさま踵を返した。奴のもとへ向かい、奴を木っ端微塵に吹き飛ばしてやらなくては気が収まらない。いつしかやんわりだった風も勢いを増していく――まるで力がみなぎってくるかの如く。

「待て、やめろ」

 不意に手を掴んだのはイサイだった。

「何をやめろって?」

「お前がやろうとしてることだ。あいつを殺しても無意味だろ? お前に人殺しのレッテルが貼られるだけなんだぞ」

「あいつはもうすでに人殺しだ。いやきっと前からそうだった。そんな奴、殺したところで喜ぶ人はいても悲しむ人なんていない。それに、オレは前に一度人を殺してる!」

 手を振り解いて先へ進もうとするも、イサイは執拗にしがみついてきた。彼は絶対に離れまいとして必死だ。

「なんで邪魔するんだよ! むかつくだろあいつが!」

「冷静になれって……! 感情で動くな!」

「感情で動いて何が悪い!」

 オルタは邪魔くさいイサイに力を使おうと手を向けた。しかしその瞬間、「ストォーップ!」とあの競売で聞きおぼえのある声が辺り一帯に響き渡り、気勢が削がれた。

 声のした方へ目を向ければ、やはり、サングラスをかけた派手な男がやってくる。多くの手下を連れて。

「あらら、これはまた派手にやってくれたもんだ。弁償はどっち持ちかな? そっち? それとも……?」

 何気なくオルタは向かいをちらっと見やる。それを認めるや派手な男がシャッターの穴を覗き込んだ。

「凄いねこれ。誰がやったの?」

「オレ」

「ええ? 君が? にわかには信じがたいけど……ほんと?」

 派手な男は顔を近づけて問うた。こくりと頷いたのはイサイ。

 するとサングラスの奥にある目が、気味の悪い光を帯び、どことなく微笑んだように見えた。

「よぉし! 全責任はこいつに負わせる! 連れていけ! こいつから搾り取れるだけ搾り取ってやれ!」

「ウース!」

 厳つい連中がズタボロになったボスを抱えて去っていく。

 この頃にはもうオルタに先ほどまでの威勢は残っておらず、ただ歯痒さだけが胸の辺りを掻き毟っていた。悲しみというより、パズルの一欠片を落っことしてしまったような、嫌な感じがやりきれない。

 状況を分析するように辺りを見回していた派手な男が、不意に言う。

「ああ。よそ者の一人だったか。なるほどそれで」

「よそ者だから何だよ。何だって言うんだよ?」

「睨むなってェ。こえーなもう」

 ふう、と息をつき、派手な男は背を向けた。そして手を振る。

「地下街全体にお前には手を出すなってお触れ出しとくから、安心して眠ってくれ。それと怪我人の手当や死体の回収もこっちで済ませる。ああ、もちろん、寝床はこっちで新しいものを用意しよう。居心地は良いとはいえねえけど、ゆっくりしてってくれ」

 人事だと思って気軽に言う彼が気にくわない。けれどこういうことが日常茶飯事ならば手慣れているのも頷ける。それが管理者というものの務めなのだろう。


 応接室というVIP専用ルームをあてがわれ、会話も少ないまま横になった。

 ついさっきまでそこにいた人が今はもういない……。そんな異常さを体験したのはここ最近で二度目だ。

 だからなのか、寂しくはあるけれどそれほど悲しいというわけでもない。いや、悲しみを覚えるほど親しい間柄でも長い付き合いでもなかったから、か。

 色々と気持ちを整理しながらオルタは八重の顔を思い出す。

 人は一瞬の出来事でふっと命を落とし、そこから先は生き残った人の中でのみ生きるに違いない。だからこうして望まずとも浮かんでくるのだ、彼女の姿が。彼女の声が。

 ……でも果たしてそれは本当に生きていると言えるのだろうか。単なる記憶に過ぎないのに……。彼女の意識は今どこにあるのだろう?

 眠っている時と同じかもしれない。

 あるいは本などに出てくるように今頃は天国を歩いているかもしれない。

 もし自分が同じ目に遭ったら何を思うだろう?

 生き残った者に何を願うだろう?

 暗がりの中、オルタは目蓋を開き、そっと起き上がった。元いた場所からそう離れていないところの応接室。案内役いわく、もとは地下ショッピングモール時代に働いていた従業員の休憩室を、管理組合が改装したもの。居心地は前とさほど相違ない。

 滑らかなスライドドアを開けてオルタは通路へ出た。左へ向かえば管理組合、右へ向かえば前の部屋がある通路へと出られる。

 右、その先の通路を脇目もふらず通り抜けて、改札口へ。さらにそこから自由場へと抜けて酔っ払いなどが落ちている市場へ。


 もうじき奴らのいる入り口だ。


 標的がいなかったらどうしようかと心配だったが、案の定奴らはそこにいた。のんきにスヤスヤと寝息を立てて、ダンボールの上に寝転がっている。

「おい」

「おあ?」

 寝ぼけ眼でこっちを見てくる。

「何だお前」

 オルタは、恐らく金欲しさに情報を売ったであろう奴らの姿が、ゴミに見えた。

「おまえらのようなゴミは、生きてる価値もない」

「?」

「消えろ」

 突如、オルタの声に呼応するかのようにメリメリ音を立てて床が剥がれ、あっと気づいた時には見えない壁が辺りを押し潰していた。言わずもがな、ショーウインドウのガラスは割れ、周囲の天井や壁はベコッと凹み、そこらにいた人間は全部潰れた。その証拠に血がべっとりと一帯に飛び散っている。跡形もなく消し去るつもりでやったはずが、結果としてこれはよろしくない。

 とはいえ気は晴れた。

 八重の怨念も晴らせたなら尚良い。

「……帰ろう」

 ふっと気が抜けたオルタはちょっとよろめきつつも、その場を後にした。

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