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覚醒者オルタ  作者: FIXX
一章
6/17

 壊れたフェンスの向こうの更地に計三機のヘリが着陸し、突風に煽られたオルタと竜巳は吹き飛ばされまいと必死に踏ん張る。巻き上げられた砂が荒波のごとく押し寄せ、さらしている素肌にチクチクと微小な痛みを感じた。程なくして八重達も駆けつけ、共にヘリコプターのローターも停止した。

 ヘリの後方部分がせり上がり、ダッダッダと幾つもの迷彩服が駆け下りてくる。その中でも飛びっきり貫禄のある日本人でありながら日本人離れした格闘家っぽい背格好の男が先頭を歩いてやって来るなり、オルタを一目見てじろりと目線を固定した。彼はたぶん一団の隊長だろう。

「君がオルタだね」

 頷くべきか迷い竜巳のほうをうかがうも、彼は知らんぷり。やむを得ず「はい」と答えた。

「すまないがこのまま何も言わず私についてきてほしい。君が抵抗の意思を見せた時点で私の望まぬ対応をせざるを得なくなってしまうんだ」

 再び竜巳を見やる。すると彼が小さく首を横に振ったのが見えた。

「オレはいかない」

「どうして?」

「今はまだ戻る気になれないから」

「そうか……」

 隊長は残念がりながら片手を肩辺りまで挙げて、人差し指をくいくいっと動かしてみせる。と、ある隊員がヘリ内に何やら大きく呼びかけ、しばらくすると驚くことに――ヘリから96号が登場した。

 呆気にとられていると隊長が手を差し伸べてきた。

「オルタ、今ならまだ間に合う。私と共に来い」

 しかし何と言われようと首を縦に振る気はない。その意思を竜巳も了承してくれた。

「残念だ」

 96号と入れ替わりに隊長は立ち去っていく。そのすれ違いざま、「間違っても殺すなよ」と隊長が言った気がした。

 一歩ずつ着実に迫ってくる96号を目にし、オルタ側にいる者の多くは後ずさる。八重は「あんなのどうする気?」と尋ね、竜巳は「ありったけの武器を持ってこい」と言い、加えて彼はオルタにも「狙われているのが貴様なら話は早い。今すぐ高架下まで逃げろ。そしてなるべく奥深く潜れ。おそらくそれで命は助かる」と言った。

 だがそれに対してもオルタは首を縦には振らず、「オレもやるよ」と反抗。竜巳は脂汗をかき、紅潮した必死な顔を突きつけてくる。

「馬鹿をいうな! 今すぐ逃げろってんだ! ろくに銃さえ撃てない貴様がここにいたところで何の役にも立たない!」

「誰が撃てないって言った?」

「なっ……貴様、撃ったことあるのか、銃を……」

「ない」

 一瞬の沈黙……そして。

「ねーのかよ! とっととこの場から消えろ馬鹿たれっ!」

「嫌だ。オレも戦う」

「馬鹿やろ――」

 竜巳が言い終わらないうちに大きな影が二人に覆い被さる。もちろんそれが何によるものなのかは容易に想像がついた。恐る恐る振り向けば全身から血の気が引いた。

「竜巳!」

 自動小銃や拳銃を担いで戻ってくる八重たち。その姿を認めるやいなや、竜巳はぐいっとオルタの襟を掴んで後方へ走って逃げた。危うく岩石のような拳の餌食となるところだった。

「貸せ!」

 竜巳は自動小銃を手にとり、構える。オルタも一応拳銃を受け取ったが、どこをどうすれば撃てるのかもわからない。ただとにかく竜巳に倣って銃口を奴に向けてみる。

 同じように銃を構える八重たちも肩を並べ、96号を狙い撃つには充分な陣形が完成した。

「鉄くずがこの俺に通用すると思うか?」

「撃てば分かる」と、竜巳。

「なら撃ってみろよ。ただし後悔しても知らないぞ」

 躊躇いもなく竜巳が引き金を絞るや、銃弾が連続して凄まじい速さで発射された。八重たちもそれに続く。オルタだけがぎこちなくパンパンと断続的に撃っていた。

 何百という弾を浴びる96号。無論、いささか距離も離れているし、全弾命中というわけにはいかない。が、常人であれば十二分に致命傷となり得るだけの数は与えた。しかし不思議なのは、奴は顔の前で腕を交差するようにしてガードしていたものの、銃声が止んだらすんなり倒れたこと。

「……死んだか?」

 警戒しつつ近づく。ヘリにも注意を払ってはいたが、誰も出てこない。

 少し遠くからでも96号が流血しているのが分かる。銃痕もそこらじゅうにあって全身穴だらけだ。

「それ以上近くに行ってはだめ」

 八重が念のため注意を促したその直後、がばっと起き上がった奴が棍棒を振り回す感じで両腕を暴れさせ、竜巳や八重を含む十数人を一気になぎ倒した。

 やられた――。

 結果、動きあぐねていたオルタだけが立っている。

「頭いいだろう? ぐふふ」

 頭にも銃弾を受けたのか、96号は以前にも増して馬鹿っぽい。相も変わらず仮面で顔を隠しているため表情は読み取れないが。

「これで一対一だな。この前の続きをやろう。今度は逃がさねえぞ!」

 ご自慢の両拳をガチガチ打ちつけて小規模の稲妻を発生させ、96号は嬉しそうな笑い声を立てた。見たところかなりの量の血を流しているというのに以前として血気盛んなことには恐れ入る。

 勝てっこない……。端からそれはわかっていて、オルタは奴とまともにやり合おうとは全く思っていないが、まともにやり合わずにこの場を乗り切る術などないように思う。だから姑息な手段をとるしかなかった。

「ちょいタンマ」

「なんだぁ?」

「あのさあれからノジエがどうなったのかだけ先に教えてよ」

「ノジエ? 知らないぞそんなやつ」

「所長が捕まえてた女しらない?」

「ああ。あいつか。あいつならどこかに連れて行かれた」

「どこかって?」

「知らねえ。もうそんなのはどうでもいいから、始めるぞ。あれからずっと俺はむしゃくしゃしっぱなしなんだ。だからこうして出向いてやった」

 96号は今にも襲いかからんとばかりにどもった鼻息を荒げ、そしてとうとう我慢できなくなり、ボオオと鼻息なのか吠え声なのかも分からない声をあげながら向かってきた。振り上げられた拳を見て、オルタはとっさに斜め前へ回避。

 その直後、後方より少量ながら土砂が飛んできた。狙いを外したパンチによって地面が抉られたのだ。

「クソオ!」

 吠えて直ぐさま振り返る96号の目は血走っていた。

「これじゃあ前とおんなじだろおお!」

 力任せに右腕をバットみたく振り回してくる。冷静さを欠いた攻撃をオルタは脊髄反射並のすばやさでもって避けつづけ、ふと手にしていた物の感触が頭を過ぎり、隙を見て銃をぶっ放した。

 弾は脇腹に命中したもののやはり効果はさほど無いようだ。

 そして、振り下ろしてきた次の攻撃をかろうじて避けたところに、なんと斜め横から見事なフック気味のパンチが入った。

 さながら人形のようにオルタの身体は軽々と飛び、弧を描いたあとヘリ付近に墜落すると、死んだ魚と化した。

(あれ……身体が動かない……。どうしたんだ。何が起きたんだ。……何も見えない。真っ白だ。頭がくらくらする……。どうしたらいいんだ……?)

 墜落してから微動だにしなくなったオルタのもとへ歩み寄った96号は、襟を掴もうとしたがバチッと電気が迸ったのでいったん落としてからもう一度掴み直し、猫を持ち上げる要領で目線の高さまでもっていく。

 彼は酷く血走った目を近づけてまじまじと観察した。

「所長はなんでこんなもんを欲しがるんだ? 強くもないのにな」

「96号!」

 ヘリ後方部分から隊長が叫ぶ。

「終わったならこっちへ連れて来るんだ!」

 なぜか隊長とオルタを見比べるように目線を振って、やれやれしょうがないなと重い足取りで96号はヘリへ向かう。その道すがら突然オルタの目に生気が戻った。

 すかさず銃口を向けるが早いか、引き金を絞る。その結果三発を撃ち込んだところで銃は弾切れとなった。肝心要の銃弾はどこに当たったのか撃った本人もわからない。恐らく向けた先は脇か肩だろうという認識はある。

 すると、ラッキーなことに当たり所が悪かったようで、なんと96号の右腕は力を失い、すべからくオルタは地に降りた。

 96号は右腕を何度も動かそうと試みるものの面白いことに全く反応はない。

「なんでだ! なんで俺の腕が動かないんだ!?」

 混乱しながら奴は、同じように眼下にて混乱しているオルタを睨みつける。

「お前、俺に何したんだああ!」

 無事である左腕を振り上げた96号。だが奴の身体はまるで石像のように固まり、ゆっくりと地面めがけて倒れていく。やがてオルタの目と鼻の先に奴の顔面が落ちてきた。

 意識はあるようでギロリと両目で見てくる。

「クソオ……クソオ……お前、今まで手抜いてたんだな……! 舐めやがって……!」

 どもる声で幾度も吠えるが、奴にこれ以上動く気配はない。なぜそうなったのか思い当たる節と言えば流血だろう。血を流しすぎたのだ。

 なんてことだ……運が運を呼んで勝ってしまった。

 オルタは静かに立ち上がり、ハッと後方を振り返る。竜巳たちは各々起き上がって地面にへたり込んでいた。

 そんな時、タイミングを計ったように高架橋のほうからある一団が現れた。

「おまたせ」

 土御門率いる謎の集団である。

「怪我している者や具合の優れない者を優先的に診療所へと運ぶのだ!」

 彼の指示一つで大勢の――およそ五十名が竜巳たちに駆け寄った。一人につき二人か三人がついてその場から去ろうとする。

 またそんな時、遠くから招かれざる客を乗せた別のヘリが飛んできた。誰もが滑空してくるヘリに目をやる。

 オルタも音を耳にして何気なく振り返った。

 その瞬間だった――。

 ヘリの脇から突き出していた銃口より発射された銃弾がオルタの額に命中し、あっと思った時には地面に倒れてしまっていた。

「オルタぁぁぁー!!」

 二人に肩を貸してもらっていた竜巳がとっさに駆け寄ろうとするが、目が眩んで思うように歩けず、三・四歩よろめいたところで彼も倒れてしまう。

「なんてことだ……なんてことだ……。こんなにも早く、しかもこんなところであんな酷い死に方を……」

 自らも恨むように竜巳は歯を食いしばって頭を地面にごつんと力なく打ちつける。まもなく着陸した四機目のヘリからざんばら髪の見知らぬ男が降りてきたのを認め、彼は溜まりに溜まった血の混ざった唾を吐きだしながら叫んだ。

「それでも貴様らは人間か!? どんな理由があるにせよ子供を殺すなんてこと……よくも出来るな!! 血も涙もないクズめ!!」

 所長は倒れているオルタと96号を見やり、それから竜巳を見もせず言う。

「クズというならこいつらの方だろう。全くもって何の役にも立たない」

 その後ようやく彼は目を竜巳に向け、歩み寄った。蔑むような目で見下す。

「お前たち難民も同様にクズだがな。ろくに貢献もせず、大した目標も持たず、それゆえ堕落した人間の風上にも置けない最低の生物。いっそのこと今すぐ滅び去ればいいものを」

 所長は、竜巳がオルタに向けて差し伸べようとした手を見つけ、足でぐっと踏んだ。竜巳は「ぐああ……」と呻く。さらに所長は「汚い手を私の足もとに置くな」と、竜巳の顔を蹴りつけた。

 脳が揺らいだか、一瞬意識が朦朧とした竜巳が無意識にオルタを見る。すると視線の先に――いつの間にか立ち上がっていたオルタの姿を見た。

 驚いたように目を見張った竜巳を認め、所長もまた彼の視線を辿るように振り返ってみれば、顔面に瓦礫でも飛んできたかのような衝撃を覚え、気がつくとかなり吹き飛ばされていた。あっという間の出来事だ。

 噴き出した鼻血を抑え込もうと鼻を手で塞ぐ。そうしながらオルタをその目に見据え、「……まさか……ここへきて覚醒したのか……」と所長は激しく狼狽えた。

 一方、竜巳や八重だけに留まらず、土御門さえ一瞬何が起きたのだろうと当惑している。

 そして、肝心のオルタはというと、しっかり地に足をつけて立ってはいるものの、またもや目から生気を失っていた。ただ以前とは様子がだいぶ違っている。

 驚いたことに、吹いていないはずの強い向かい風に煽られている感じに逆立った髪や衣服がはためいていて、決して触れてはならない不気味な空気を纏っているようだった。

 よく目を凝らして見ると、オルタの額には銃弾の底面がきれいに埋まっている。その周囲にはわずかな根っこのような創傷があり、血が垂れていた。――と、いきなりフーフーと昂ぶる96号がオルタの背後に現れ、がばっと抱きついた。

「捕まえた……捕まえた……」

 奴は耳もとで激しくフーフーと繰り返すが、オルタはそれに対してまるで興味がないとばかりに無反応だ。

「もう放さない……もう逃がさない……」

 ぎゅっと96号は力のかぎりを尽くしてオルタを抱きしめる。しかし次の瞬間、見えない力によって剥がされ、そのあげく96号さえも焦る事態が起こった。

 なんと――奴の肉体が独りでに宙へ浮かび上がったのである。

 その場にいた全員が見上げ、これから先いったい何が起きるのかと不安げな面持ちでいると、ぴたっと96号が止まった。かと思いきや、見上げていたオルタの両の目がわずかばかり細められたと同時に、ぐぎぐぎっと奴の肉体が縮まった。それは文字どおり肉や骨を無理やり収縮させた結果によるものだ。

 一回り小さくなった96号は、そのまま地に落ちる。

 所長を除いた全員がうまく状況をのみ込めていない。所長だけは何が起きたのかオルタが何をしたのか、はっきりと理解していた。

「凄い……凄い覚醒だ……!」

 所長がそう声を張り上げるのと同じくして、「あいつを撃て!」という隊長の合図が聞こえ、ヘリからずっと覗いていた狙撃銃の引き金が絞られた。

「馬鹿なっ、やめろ!」

 反射的に叫んだ所長の声をかき消して銃声が響き渡る。

 銃弾はオルタを狙ってまっすぐ飛んでいく。――だがしかし何故か途中でぴたっと止まり、くるっと右回れ右をして引き返していった果て、銃弾は音もなく狙撃手の頭部を貫いた。

 次こそ何が起きたのか隊長は確信を得るも唖然とするばかり。

 程なくしてオルタが千鳥足になり、その場に倒れた。意識はない。

 続いて隊長がここぞとばかりに「ただちに所長を保護し全部隊退避!」と叫んだとたん、土御門も負けじと「今すぐ彼を回収して逃げるのだ! 急げー!」と叫んだ。

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