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覚醒者オルタ  作者: FIXX
一章
4/17

 ふと目を覚ました。見えるのは簡素な居住空間――掘っ立て小屋の天井に吊されたランプ。それから枕元には飯ごうとスプーン。さらにその向こう、オルタが横たわる寝床を囲むようにしてあるのは、数多の本を有する本棚だった。手作り感満載である。

 オルタはじっと本棚を眺めた。

〝二十日間で英語をマスターしよう″

〝キャンプで役立つ料理術″

〝YOGA″

〝COMIC極楽園″

 見たこともない本ばかりが並んでいる。

 なんとなくCOMIC極楽園を手にとってみた。さほど分厚さを感じさせない手軽に読める本のように思えたからだ。実際開いてみると驚くべきことにそこには絵ばかりが載っていた。無論文字もあるが、絵が前面に出ている感じだ。それは施設で読まされた文字ばかりの本とは比べものにならないほど読みやすい。読みやすいというか分かりやすくて何より、刺激的だ。

 夢中になってページをめくっていると足もとからジーというファスナーを下ろす音が聞こえた。顔を出したのは萌音だった。

「よっ」

 陽気に手をあげて笑みを浮かべる。

「うわ、アンタ起きしなそんなもん読むか普通。まあ元気になった証拠やしええけど」

 もうちょい向こう寄り、と困惑するオルタを退かすなり、萌音も横になった。そしてオルタが読んでいた雑誌の片端を掴み、一緒になって読み始める。

 三ページ進んだところで萌音が呻いた。

「あかんて。ケツはあかんやろ。ケツは屁こいたり糞うち出すとこやのにな?」

「……」

 オルタはちらっと横目に見ただけで無言のままページをさらに進める。

 その時だった。バサッと乱暴に出入り口の布がめくられ、無精髭を生やした白髪の男がひょこっと顔を覗かせた。小柄だが結構男前で、年の頃は五十かそこら。左目の下に小さな切り傷がある。

「おい。うちが連れてくるわとか言っておきながら、一緒になって寝転がるな。ったく相変わらず自由奔放なやつだ」

「ええやん別に」

 よっこらせっと萌音は上体を起こす。

「さて……うちはお暇するわ。また機会あったら会おな」

「ああ。気をつけて帰れよ」

 四つん這いで出て行く際、萌音は「竜兄、この子のこと頼んだで」と小声で言い置いていった。

 本から目をそらし、去っていく彼女の後ろ姿を見ていたオルタは、入れ替わりに入ってきた白髪の男と目が合った。

「互いの自己紹介は後にしよう。子供とはいえ、貴様も男ならあいつを追いかけて礼の一つでも言ってこい。それが礼儀というものだ」

 この人はやぶから棒に何を……と、オルタは茫然。

「ほら行け!」

 服を引っ張られて小屋から叩き出されたオルタは一瞬きょとんとしたものの、振り返りざま白髪の男に睨まれていると知り、その場から飛び出した――だが。

「そっちじゃない! あっちだ!」

 左に向かった足に急ブレーキをかけ、直ぐさまUターンして右に向き直る。確かにそっちの方角五・六十メートル先に彼女の姿があった。

 周辺には他にも小屋やテントが張られていてどうやらここは恐ろしく巨大な高架橋の下らしかった。しかし橋の端っこのこの辺りは骨組みしか残っておらず、後方を確かめてみれば長方形のトンネルらしき真っ暗な空洞がある。そしてここが日本のどこなのか皆目見当もつかない。

「ちょっと」

 追いつくなりオルタは上着の裾をつまんだ。

 足を止めた萌音はくるっと上体をひねり「なんや?」と不思議そうな表情を浮かべる。

「助けてくれてありがとう」

「ほお」

 表情がパッと明るくなり、彼女はズボンのポケットから一枚の紙切れを出して、さっと裏に何かを書き込んでからオルタに手渡した。

「それ、うちの名刺。裏にプライベート用の電話番号も書いといた。貴重やで? うちの番号は」

「あ、ありがとう」

「いつでも電話してき。気が向いたら出たる」

 じゃ、と手をふり、萌音はふたたび歩きはじめた。何となく後ろ姿を眺めていること十数秒、向こうが突然振り返った。

「あんた名前はー?」

「オルタ!」

「そうかオルタかー。かっこええな! でももうちょいそのムスッとした表情どうにかしたほうがええよ! いっつも不機嫌に見られたらかなわんやろー?」

 そう大声で言うと今度こそ彼女はオルタの前から姿を消した。行く手にある壊れたフェンスのあちら側をのみ込んだ暗闇の中へと。


 小屋に戻るや白髪の男は竜巳と名乗り、オルタも自己紹介を済ませると、先ほど見た空洞へと案内された。

 といっても入り口からほんのわずか進んだところで足を止め、そこに置かれていたテーブルに竜巳は座った。オルタは彼の後ろに立つよう促されたのでそのとおりにする。

「待たせたな。萌音が連れてきた男ってのはこいつのことだ」

 テーブルには大勢が集まっていた。座っている者、立っている者、両方を合わせると総勢三十名ほどになるだろう。顔触れは大抵が三十代以上で、ひとりだけ二十代っぽい男の人がいた。

「若すぎる」

 真っ先にそう口にしたのは四十代であろう眼鏡をかけた渋い顔の男。椅子に座り、いかにも教職員らしい雰囲気を漂わせている。

「ここに置いておくよりもちゃんとした施設などに預けるべきだ」

「そうね」

 渋い顔の男に賛同するように頷いたのは年齢不詳のおかっぱ頭の女。どことなく陰気そうで、いささか病んでいる感じがしてならない。口調および声質からして三十は越えている気がした。目つきは鋭く、若作りに余念がないのか、見る者によっては二十代でも通用しそうな若さを保っている。

 彼女はひとつ付け加えた。

「ただ、ここにいる過半数が彼を認めるならば、私もそちらに賛同しましょう」

「本気か?」と、渋い顔の男。

「ええ。彼をそれなりの施設に預けるべきと思う心は持ち合わせているけれど、それよりもここのルールに従うべきよ」

「いいえ僕はこれはルールに当てはまらない事案だと思います。だってどう考えたって将来性のある子供にはそれなりの教育を受けさせるべきでしょう? こんなところで暮らさせるなんてありえませんよ」

 ハッキリ物を言うのと同じ具合に、くっきりとした目鼻立ちの小汚い二十代っぽい男がそう言った。彼は何やらおかしな民族衣装風の格好をしていて見ているほうが辛くなってくるほどの猫背だった。

「ならどうして萌音は彼をここへ連れてきたのかしら? そこを踏まえて物を言わないと後悔するわよ?」

「貴方だって知らないくせに」

 両者ともにムッとする。

 それから三十分どれだけ議論しても意見はまとまらなかった。これまで大抵のことは多数決で決めてきたのだが、稀にこういう議題が出されることもある。そしてそういうとき最終的に行き着く先は決まっている。ある人物に判断を仰ぐのだ。

「ここって何?」

 ある人物に会うためオルタは、数人を率いる竜巳に連れられて空洞の奥へと進んでいく。入り口近くではあまり感じられなかったが、少し奥へ行くと内部は気味の悪い冷たさに満ちていた。

「ここはな、我々が根城にしている難民キャンプの一角だ」

「難民?」

「ああ、説明するの面倒だな」

 竜巳がオルタの前で呻くと、オルタの横を歩いていたおかっぱ頭の女こと八重が親切に目を見て説明し始めた。

「難民というのはね、災害や戦禍によって住む場所が奪われたり、人種差別や宗教差別等の迫害から逃れて国外に渡った人々のことをいうのよ。つまり他国に救済を求める人々ってこと」

「じゃあ竜巳さん達もそうなんだ」

「私達の場合は、自分から望んで加わったから少し事情が異なるわね」

「自分から? 何で?」

「今向かっている所――そこにいらっしゃる御方に仕えるためよ」

「八重。この際だから土御門様についても説明してやれ」

「勿論そのつもり。いま彼が言ったけれど、土御門様は素晴らしい力をお持ちなの。力とは人を良き方向へ導くためのものよ。だから土御門様の助言は何においても優先すべきであり、何においても決して逆らわないこと」

「もし逆らえば?」

「死んでも知らないわ」

 もしかしてその土御門も念力の覚醒者なのかもしれない……とオルタは思う。加えて竜巳達が故郷を離れてまで付き従おうとする崇高な人物なら、念力についてもよく知っているかもしれない。それなら聞いてみたい。なぜオレは覚醒しないのか……あの所長が何十年もこだわり続ける念力の正体は何なのか……を。

 出発してからおよそ十五分後、コンクリートの壁によって作られた人ひとり分の細さの長い通路が左手に現れた。聞けばその先に土御門の社があるという。

「先に言っておく。土御門様のお力はおなごが両隣にいないと使えん。わかったな?」

 両隣におなご……? 一体どういう意味なのだろう?

 細い通路の突き当たりには『土御門』という札のついた扉が一枚あるだけだった。その上には薄れてはいるが読めなくもない字で『通用口』と書かれていた。

 扉を開けるとその先には、かね折れ階段があった。

 見上げれば階段の一段一段には隙間が空いている。あがっていくと一階と二階の間には何もない。しかしその次からは景色ががらりと変わり、生活感と奇抜さの入り乱れた独特の世界が現れた。

 壁一面に多種多様な貼り紙がぺたぺたと貼られてあったり、わけもなく傘がぶらさがっていたり、あるところでは下着やくつ下といった洗濯物が干してあったりもする。かと思えば踊り場に奇妙な格好をした二人の娘子がすやすやと眠っていたりもした。

 突如、彼女らの間からもぞもぞと何かが動き出し、次の瞬間バッと鳥が羽ばたくように小柄な老人が起き上がった。

 なんというか……一見ヒッピー的な様相をしている老人だ。だいたい六十代後半から七十歳辺りだろうか、あらゆる部分がしわしわだが、驚くことに起きて間もないというのにそこらじゅうを走り回るほど無駄に元気である。

「土御門様おはようございます」と、竜巳達が一礼。

「おはよ。今何時?」

「午後十一時です」

「あちゃー、一時間寝坊したか。まあいいや」

 土御門は未だ眠っている娘たちにダイブし、「起きろぉー」と吠えた。娘たちは目をこすりながら起きて「おはようございます土御門さまぁ」と寝ぼけ眼に言う。それから土御門は一つ上の階に行き、飲みものを持って戻ってきた。そのとき何故かパンツ一丁になっていた。

「で、お前達、今日はなんの用だ?」

 パンツ姿で偉そうに壁にもたれかかり、土御門は両脇に娘たちを座らせる。

 すると竜巳達は彼の前に膝を折って整列した。あわててオルタも加わる。

「じつは一つ相談事がありまして」

「その坊やについてか?」

「ご明察でございます」

「ちょいとこっちへ」

 手招きする土御門のもとへ行くよう背中を押され、オルタは恐る恐るしたがう。土御門はむむむっと顔をしかめ、じーっとオルタを見据えた。

「ふむ……。こやつの何が知りたいんだ?」

「我々の側に置くべきか否かを。ちなみに彼を連れて参ったのは萌音です」

「ああ、あのエロ……なかなか立派な娘か」

「左様です」

 改めて土御門がじっと見てくる。まるで全てを見透かされているような嫌な感じを覚え、思わずオルタは顔を引きつらせた。

「まあ置くべきか否かはさておき、身寄りがないなら置いてやりなさい。路頭に迷わせても後味悪いし」

「土御門様、私たちの中には彼を施設に送るべきだという意見もあるのです」と、八重。

「施設だと!?」

 土御門はカッと目を見張った。まもなく彼はぼそっと「……思いもしんかった……」と呟いた。しかしそれはオルタにしか聞こえなかったようだ。

「皆の者よく聞け。そろそろお前達にも世代交代のときが訪れるであろう。しかし、いざその時がやってきても良い後釜をそばに置いておらねば話にならん。よってまずは彼を、そして彼を筆頭に他の若き者を育てていくのだ。さすればいずれ我々の力にもなりえよう」

 なんと有り難きお言葉! と、竜巳たちは感極まり――二十代の小汚い青年だけはちょっぴり不満げな様子――深々と頭を垂れた。

 かたやオルタはただただ圧倒されていた。何だかおかしな世界に迷い込んでしまった……という具合に。けれど彼らの言うとおり行く宛もないし、ここならきっと奴らにも見つかりにくいだろう。

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