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果たしてどこへ向かっているのだろうか……。
ボーッとしながら行く宛もなくオルタは街を彷徨う。
すれ違う人々は姿かたちこそ似てはいるものの、ここは多種多様な民族が集う人種のるつぼなのか、肌の色や顔の特徴など皆バラバラだ。着ている衣服もそう。
まるで知らない世界に驚きは絶えずやってきて、しばらくは目があっちいったりこっちいったり大変だった。
まばゆいネオンの光、それに守られるようにして佇む数多くの店。それらの店先にはよく女の人が立っていた。彼女らの服装もまたばらばらで、目を覆いたくなるような格好もあれば、ノエジに着せたくなるような本当に美しい模様の入ったドレスなどもあって見るだけで心がおどった。
「おい君、君は難民か?」
不意に呼び止められて思わず逃げ出してしまった。けれど角を折れたところで体力は底を尽き、追いかけてきた警官二名にあっさりと捕まった。
警官は大東京都警察と記された警察手帳を提示する。彼らは白人と黒人のコンビで、二人とも屈強な感じで隙なんてものはこれっぽっちもない。それに見るからに他とは雰囲気が異なっていて逆らってはいけない感じだ。オルタはその場で所持品検査を受け、身元を確かめられる。
「名前は? どこの住人だ?」
「名前は……オルタ」
雑居ビルの壁にもたれかかり肩で息をする。
「オルタ。どこの住人だ?」
「知らない」
「知らない? 知らないとはどういうことだ?」
黒人の相棒が質問攻めをしている間、その片割れは道行く女を物色していた。
「知らないんだ。自分がどこから来たのかなんて」
黒人は腕を組み、じっと恐い目で睨みつけてくる。
「とぼけるならしょうがない。署まで連行する。一日も閉じ込められれば白状する気になるだろう?」
「オレは本当に知らないんだ! わからないんだよここがどこなのかも!」
「わかったわかった。とりあえず来い」
グローブみたいなでかい手で手首を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られていく。オルタは必死に抵抗したがまるで歯が立たない。角にあったパイプにしがみつく。
「おい、いい加減にしろ! 手こずらせるな!」
何故か引き剥がそうとしてくるのは黒人ばかり。彼の相棒は未だに呑気にそっぽを向いている。
「あっ、ちょいちょい、お兄さん。ライターある?」
唐突にひょこっと現れて黒人警官に声をかけてきたのは、煙草を咥えている黒髪のショートヘアの美人のお姉さん。口調もさることながら佇まいがクールだ。すらっとしているばかりか、胸元を開けているためやたら色っぽい。さっそく警官二人は彼女の顔ではなく胸元のほうに注目したようだった。
「ほらよ」
我先にと白人が懐からライターを取り出し、手を添えて煙草の先端に火を灯した。女の人は気持ちよさげに、ふーっと煙をくゆらせる。
「んー。やっぱええわ。ところで、お兄さんらは一体何しとんの?」
「見れば分かるだろう」
「見てもわからんから聞いとるんやけど?」
黒人警官のほうは早くも彼女を面倒な人物だと断定したようだった。
「怪しい少年を見かけたから署まで連行するところだ」
「ああ、それなら心配いらん。その子、うちがよく知る難民キャンプに最近やってきた子やから、後はうちにまかせて」
「そうはいかない。貴方が引き取るというのなら相応の手続きを踏んでからにしてくれ」
女の人は「ちっ」と舌打ちをする。
「融通きかんな。これだから警官はモテん」
「何? なら署でたっぷりとどうすればモテるのか、指南してもらおうか」
「……しょうがない。アンタにだけは本当のこと言うから許して」
「本当のこと?」
何やらわけありな感じで言ったためか、黒人警官は興味を示したようだ。ちょいちょい耳貸してみ、と女の人が指をくいくいっと動かすと、彼は自ら耳を差し出した。
「実はな……うちの愛人なんよ。でも夫もおるし、こればっかりは秘密にしとかんと……。な?」
「愛人って、まだ未成年にしか見えないが?」
「いやだーかーらーこうやって頼みこんどるんやろ? うちが若い子に目がないなんてこと知れ渡ったりしたら商売あがったりやし」
黒人警官は参ったなと顎に手を置く。
「まあ事件を起こしたわけでもないし、保護者として責任もってこの子を引き取るというのなら、君のIDを照合させてくれ」
「もちろんええよ」
「じゃあ名前は?」
「萌音・マクドウェル」
「OK。モメ・マクドウェルだな」
萌音はベシッと黒人警官の尻を叩いた。
「うちは変態か! 誰が揉めやねん! モネや!」
「すまない。だがモメも決しておかしな名前じゃないと思うが……」と言いつつ携帯端末を操作する傍ら、黒人警官は萌音の胸をしげしげと眺め頷く。「ああなるほど。確かに君がモメだと、妙にいやらしいな。せっかくそこまで成長したのだからいっそのこと改名してみては?」
今度は蹴りをお見舞いした。
「どアホ! さっさとやることやらんかい!」
しばらくして萌音が不法滞在者でも仮釈放中の身でもないと知り、黒人警官は「彼女に免じて今回はこれで済ませておく。次からは夜遅くに一人で出歩かないように」と注意して、なかなか胸から目を離そうとしなかった相棒を引きずって去っていった。萌音がカジノ運営委員公認ディーラーであるという情報を得るなり、ちゃっかり「今度イカサマで勝たせてくれ」なんていう本気まじりのジョークを添えて。
「はあー、なんとかなったな」
と萌音は安堵のため息をつき、振り返ってみればオルタは地面にへたり込んでいた。
「平気かいな? どうしたんあんな連中に目つけられるなんて」
疲弊によりオルタは何も答える気になれず、ぼそっと「疲れた」とだけ言う。身体はもちろんのこと、精神はこの上なく疲れ果てていた。いやこの場合疲れたというよりも枯れたというほうが正しいかもしれない。
自分のミス一つでノジエの命も一瞬にして奪われるような場面だったとはいえ、大事な人を置いてきてしまった……。恥ずべき行動を思い出す度そのことへの罪悪感に苛まれる。オルタは縮こまって自分の髪をぎゅっと掴んだ。
今は痛みに耐えるしかない。所長の気が変わったことを祈りながら……。




