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細長い、まるで通路のような研究室。両端はコンピュータやら紙媒体の資料やらで埋めつくされ、最奥部には人がすっぽり入るほどのカプセルが一基と、その周囲に多種多様な機器が据えられている。
カプセルの足もとには数多のケーブルが床を這うように伸びており、一方カプセル内部には生きているのかどうかも分からない推定三百歳くらいの人間らしきものが閉じ込められていた。その人間には鼻や口だけでなく頭にも幾つかの管が通っている。
所長はカプセルと資料を交互に見比べていた。背後にいるとも知らずに……。
「データが不十分なのか、それとも見落としていることがまだあるのか? なぜ機械には出来て同じ人間には出来ない!? 君はやろうと思えば全人類を操作できうる逸材じゃないのか!!」
彼は珍しく苛ついているようだった。
「くそっ! 刺激を与えるだけじゃ完全に制御できないのか……!? どうすればいい……どうすれば彼女の力を最大限に引き出せるんだ……」
「ノジエ?」
ばっと所長が振り返り、ざんばら髪の下に光る目を剥く。
共に連れてきた改良型ノジエを縛りつけたまま、カプセルを見据えて愕然とするオルタの目は、動揺するあまり焦点を失って小刻みに震える。
「ノジエなのか……?」
「驚いた……まさかテレポーテーションまでやってのけるとは……」
唖然とする所長にオルタが掴みかかった。
「説明しろ! あれはノジエなのか!? それともこの機械の身体がやっぱりノジエで、あれは他の奴なのか!? どうなんだ!?」
「正しくは彼女の思念がそこに入っているに過ぎない」
と言って所長はカプセルを指さす。
「本体はこれだ」
「……あのまま向こうにいたらずっと隠しておくつもりだったな」
「無論だ。教えてやる義理はない。だが惜しい、ただの機械を壊して泣き喚く姿は見ものだったろうに」
ぐいっと手元に引き寄せ、首を掴む。オルタの前で所長は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ハッハッハ。顔色が悪いぞ。そんなにショックだったか? んん? だがな、こんな姿になったおかげで、彼女は処分されずに済んでいるのだ。本来ならとっくに命は絶えている」
「だからなんだ」
「喜ばしいことだろう? 恋人が生きているということは」
「いいや……ノジエは今日死ぬ。殺すんだオレが」
「ハ?」
みるみる所長が青ざめていく。よほどノジエ本体が大事らしい。
「おいおい……かつては身を寄せ合っていた彼女だぞ? こうして生きているんだぞ? ちゃんと息もしているんだぞ!? それでも殺すというのか!?」
「ああ殺すよ。恨まれたっていい。ノジエがあんたに利用されるくらいなら」
「ふ、ふざけるな! 社会に貢献もできない無能がなめた口をきくな! 人類の発展のためにお前は何をした!? ええ!? 何もしていないだろう! そんなお前が私の研究の邪魔をしていいわけがない!! 今すぐ失せろ!!」
「あんた鬱陶しいよ」
オルタはぐぐっと手に力を込めた。本気を出せば力をうまくコントロールできなくとも、常人の数倍のパワーは出るのだ。
首を締め付けられた所長は目が飛び出しそうなほど苦しみもがく。
「は……なせ……っ」
わざわざ反対を向き、所長とカプセルを向かい合わせる。そしてもう片方の手で縛っている改良型ノジエをカプセル前に据えた。
「こいつごとノジエを死なせる。その目でしっかりと見てろ」
「ま……てっ! だめだ……! せっ……かくの……!」
手の中でわめき、もがく所長はじつに滑稽だった。
「終わりにしようノジエ」
「やめろぉぉ――――――っ!!」
一瞬、改良型ノジエが飛びつこうとしてきたが、瞬く間に砕け散った。カプセルの割れた音が耳まで届くが早いか、皺だらけの皮と骨だけだったノジエの身体もぱっと木っ端微塵となり消し飛んだ。もはや通っていた血もほんのわずかだったのか、血が飛び散るようなこともない。
しかし彼女が消えゆく直前、懐かしい声が聞こえた気がした。
「オルタ……生きて」
気づくと涙がこぼれていた。頭を抱える。
「ごめん……ごめんノジエ……。所長の言うとおりオレ……未熟だった……」
喪失感と、隅っこの方で根付いていた不信感に打ちひしがれ、オルタはううう……と泣き崩れる。
すると程なくして施設内に緊急警報のサイレンが鳴り響いた。
ハッとして振り返れば研究室の出入り口近くに、いつの間にか手から離れていた所長の姿が。
「言っておくがここを破壊したところで予備はまだ他にあるぞ! ハッハッハ!」
そう吐き捨てて所長は姿を消した。
「……それなら全部ぶっ壊せばいい……全部……全部……全部……オレが! ぶっ潰してやるよ!!」
外からロックされた研究室の出入り口を吹き飛ばして廊下に出る。あの時と同様、ランプが赤い光を発して、けたたましいサイレンを鳴らしている。
今のオルタにとっては、一思いにすべて破壊してしまうほうが手っ取り早いし、気持ちもそのほうが幾分すっきりするのだろうけれど、そこまでの力はない。だから所長の気配を辿りながら辺りのものを手当たり次第壊していく道を選んだ。
(じわじわと追い込んで殺してやる……)
現在いる場所は研究所の地下。所長が地上に出たら最悪天井をぶち破って一気に追い詰めればいい。
ちょこちょこ人が現れてはオルタから逃げるように走っていく中、オルタは右手を伸ばし、各部屋に人がいようといまいと躊躇わず次々に吹き飛ばしていった。突風などではない、一方向に束ねられた衝撃波でもって。
標的が上の階へ移動してから間もなくオルタもエレベーターに辿り着いた。しかし、緊急時だからか、停止中だった。仕方なくその隣の非常階段をのぼる。
途中には2/3とあった。
標的はもっと上。
1/2の階段をのぼって、オルタもさらに上へ。
すると非常階段前の曲がり角を、白衣を着た連中がわんさかと走っていく姿が見えた。誰もが向かって直進のほうへ逃げているが、何故か標的は左へ折れたようだった。間違いない。
(そっちにあんたの大事なものでも隠してあるのか?)
迷わずオルタも折れて流れに逆らう。
白衣の連中は「何があったの?」「さあ分からない。とにかく避難訓練通りに動こう」「慌てず押さないで」などと互いに声を掛け合っていた。
時折オルタの存在を不審に思い、振り向いたり、横目でちらっと見てきたりしてくる者もいた。それでも声をかけてくる者はいない。
ところが、ふと誰かとぶつかり、何気なく見てみれば――なんと、ぶつかった相手は竜巳だった。目が合うなり小さな傷のある左目を歪ませ、向こうも怪訝な顔つきをみせた。
「なんであんたがここに……」
「……」
無言が何とも薄気味悪い。
よく見ると彼の後ろにはドレッドヘアの女性がいたが、オルタは無視。
「いいや。今急いでるから、じゃ」
と先を急ごうと歩み出してから、背中越しに竜巳の声が届いた。
「気が変わったらいつでも戻って来い」
オルタは若干不快な目つきをした。……どいつもこいつも本当に目障りだと言わんばかりの目つきである。しかし何も言わずそのまま彼の前から立ち去った。彼ならばここにオルタがいる時点で起きている事のおおよその見当がつくだろう。追いかけてきて邪魔立てするようなら始末するのもやぶさかではない。が、どうやら彼は生き残る道を選択したようだ。
やがて人の流れは途切れ、虚しくサイレンだけが鳴り響く――オリエンテーション室や食堂などがある比較的大きめの通路にさしかかった。
もうじき標的と接触する。
それくらい距離は縮まっていた。
その時だ――とある部屋から少年と少女が現れた。どちらも見知らぬ顔だ。しかし身につけている簡素な水色の衣服から察するに、彼らも所長がいうところの研究材料に違いない。
少年のほうは大人びた体つきだった。外見からしてアジア人、力が強そうなガキ大将だ。
少女のほうはやけに目がくりっとしていた。まだ幼くぱっと見人形のようである。
どちらも何らかの力を有していると見ていいだろう。十中八九、所長の差し金だ。一瞬仲間意識らしきものが脳裏を過ぎり、どれだけ手加減するべきかなんてことを考えてしまった。だがすぐに考え直した。――手加減するほどオレは強くない。
少年、その少し後ろに少女という並びで近づいてくる。
「所長がおまえを殺せってさ。研究員は何人か殺ったことあるんだけど、同類殺るのはおれ初めてだ」
「ワタシは初めてじゃない。もう何人も殺してる」
「あっそ。じゃあおれに殺らせろよ」
「わかったわ。アナタが死んだらワタシがやる」
「ばーか、おれが負けるわけないだろ」
「どうかしら……」
少女が少年の脇越しにまるで鰐のような厳つい紺色の瞳で見据えてくる。
「あの人、かなり危険だわ。侮っては駄目」
「へいへい」
不意に少女が足を止め、隅っこに寄った。一方少年はポケットから一切手を触れることなく、ビー玉を五つ取り出し、空中で円を描くようにぐるぐると回転させながら、程良いところで足を止める。
「おまえ見たことないな。どこのグループだ?」
「Eグループ」
そう答えるや、向こうはプッと吹き出して嗤った。憎たらしい頬の肉がぐにゃと歪む。
「あれか! 出来損ないのグループEか! こりゃあひっでぇ。おれなんかと勝負したら一発でぶっとぶぞ」
「おまえは別になんとも思わない。そっちの女の子のほうが脅威に感じる」
率直な意見でもって言い返してやると、少年の表情が冷たくなった。
「……うっぜぇ。おまえ今すぐ殺してやる!」
少年が主導するように手を突き出した。五つのビー玉は蛇のごとくうねりながら襲いかかってくるようだ。
豪速で向かってくるビー玉に対し、オルタの取った行動といえば動かないこと。立ったまま向こうから接触してくるのを待つ。
「避ける気も失せたな! ざまぁみろ!」
全身をつかって大袈裟に少年は喜ぶ。ところが次の瞬間、五つのビー玉すべてが無惨にも砕け散った。見えない壁に衝突し自滅したのだ。
「は? お、おい……嘘だろ……? 分厚いコンクリートだって貫くんだぞおれのは……」
一部始終を目の当たりにした少年は血相を変え、先ほどまでの威勢はどこへやら、膝を震わせて怯えている。戦意を喪失しているのは明らかだった。なんてあっけない。
「おい助けろ! あいつ危険極まりないぞ! おれのビー玉をたった一瞬で全部ぶっ壊しやがったんだ!」
「知ってる。だから言ったでしょ?」
かたや同じく一部始終を見ていたにもかかわらず少女は狼狽えもしていない。
「だから言ったでしょじゃない! おまえがいけ! おまえが相手しろ! あんな馬鹿げたやつ、おれが相手にするまでもない!」
「アナタが死んでから交代って約束だったのに」
「そんなのはいいから!」
「はいはい」
不格好で情けなく少年はしっぽ巻いて逃げていき、どこかの部屋へ隠れてしまった。それを目にした少女は「甲斐性無しね」と大人びた口調で言う。それからオルタのほうへ向き直り、鰐めいた瞳にその姿を映した。
「聞いてもいい? どうして研究所を襲うの?」
「所長が生きているかぎり死ななくてもいい人間が死ぬ」
少女は首を傾いだ。
「でも……それって世界中で起きていることではないの? 死ななくてもいい人間が死ぬのをくい止めたいなら、世界を壊すことになるわ。だけど世界を壊したらやっぱり死ななくてもいい人間が死んでしまう。矛盾ね」
「そうじゃない。オレは所長の研究で死ななくてもいい人間が生まれて死ぬのが嫌なんだ。だから外の世界で同じように死ななくてもいい人間が死んでいても、関わらない限りはそれをどうしたいのかなんて分からないし、考えたこともない」
「つまりは所長が憎いってこと?」
「そう。外の世界はべつに憎くない。いつか憎むこともあるかもしれないけど」
「理解したわ。アナタって――まだまだお子ちゃまなのね。だから憎いものは壊さないと気が済まない」
「大人は違うっていうのか?」
「大人なら、というか常識人なら誰かを憎んでいても、娯楽や趣味で発散するわ。でなければ社会なんて成り立たない。ワタシ達のグループ活動も同じことよ。社会において最も重視するべき、されるべきは理性。理性なくしては共存は不可能。欠落とまではいかないだろうけど、アナタにはそれが足りてないわ。だから憎悪が止まない。平たく言えば青いってことかしら」
背筋がぞっとした。胃もむかむかする。
「気持ち悪い。オレと同じ子供のくせに知ったような口きいて、実際のところ外で生活したことないくせに偉ぶるな」
「言えてる。でも反論できないってことは、多少なりともワタシの言うことが正しいという証なのではなくて?」
「吐き気がするからやめろ。やるならとっととかかってこい」
耐えきれなくなってオルタがそう口にすると、少女はくりっとした目を細め、身の毛もよだつ狂気に満ちた含み笑いをみせた。さながら人形に宿った悪霊が正体を現したかのよう。
「残念ね……そう死に急ぐことないのに!」
突如、少女の瞳が満月のごとく綺麗な円となり、その直後、視界がぐにゃりと歪んだ。思わず倒れ込んで目蓋を閉じたが、すでに影響を受けたであろう脳がぐらぐら揺れる。早くなんとかしないと……そう思い、オルタはパッと目を開いた。
「そう意識はあるの。やっぱり上手くいかないわ、機械相手でないと」
まるで幻覚剤でも打ち込まれたかのように言うことをきかない頭と格闘していても、聴覚のほうは比較的しっかりとしていた。その聴覚が捉えた妙な音――それはローラーらしきものが高速回転する機械音。始めは遠かったが、あっという間に目の前まで接近してきた。
「頑張って。待ちくたびれてしまうわ」
だんだんとオルタの手に戻ってくる思考。そろそろ頃合いかと思い、何度か力強くまばたいて回復を強いる。
そうしながら――見上げた。
「ハロー。お坊ちゃん」
先ほどまでの人形じみた少女はどこにもいない。いるのは改良型ノジエとは似ても似つかない人型兵器――。その風貌たるや、まさしく人間だ。瞳は妖しくつつじ色に光り、まっすぐ伸びた髪もおなじようにつつじ色に光り輝いている。真っ黒で素朴なワンピースからわずかに露出する肌は、やけに白く、若干の無機質感をのぞけば外見は十代半ばの少女そのものだった。
「ワタシの眼はあらゆるものを操ることができるの。とくに一対一の機械相手ならワタシの右に出る者はいないと思うわ。だからこうやって慣れ親しんだ機械の体をつかえば、アナタだって楽に叩き潰せるでしょうね!」
乗り手と同様、いや乗り手の未来の姿を想定して造られたかのような美貌の持ち主は、言下に足をあげて踏みつけてきた。床が砕ける。一方オルタは転がるようにしてなんとか逃れたものの、人間並みに滑らかな動きをする機械少女は、着地ざまのオルタを掴んでそこらへんの壁に放り込んだ。
壁を突き抜けて入った部屋はロッカールーム。広いスペースに余裕をもって数多くのロッカーが置かれていた。
「痛い? 痛いでしょう? でもまだまだやめてあげない」
念力による防御を施したせいか、五つものロッカーを使いものにならなくしてオルタは床に寝転がっている。
「おねんねは、まだよお坊ちゃん」
軽く浮かせて思いっきり殴る。腹に直撃を喰らい、さらに六列すべてを通過してオルタは奥の壁へ。ぶつかった後また床に倒れる。
いちいち壊すのが面倒なのか、ロッカーを回り込んでくる足音が耳まで伝わってくる。
注目するところでもなかったから見ていなかったけれど機械少女は裸足に違いない。ぺたぺたとハッキリ聞こえてくるのが何よりの証拠だ。おかげで相手との距離感が掴める。
ちょうど機械少女が曲がったところにオルタは飛び込んだ。突進だ。
人間となんら変わりない肉体の感触に驚きつつも、手応えを得た。押し込むようにして次々とロッカーを壊し廊下へ。そしてそのまま外との隔たりである壁へむけて機械少女を突き飛ばしてやった。
頑丈に思われた壁は意外にもあっけなく損壊し、機械少女は、雨に濡れるコンクリートの上に転がる。
すぐさま起き上がれるところを見ると、ダメージはさほどないのだろう。
「冷たい……これが雨……。ねえ、ワタシ初めて雨に触れたわ」
死体が動くようだった。立ち上がってからゆっくりと振り返り、満月のような丸く妖しい瞳で見やってくる。
「ワタシね、こういう雨の中で踊るのが夢だったの。ちょっとシチュエーションは違うけど、これはこれで魅力的よ。さあこっちへいらっしゃい。その体、引き裂いてあげる」
確かに雨は冷たかった。瞬く間にずぶ濡れになり、雨滴によって視界も悪くなった。
オルタが雨の中に出てきたのを認め、
「死ぬのが恐くないの?」
と、駆け出した機械少女は凄まじいスピードで間合いを詰めてきた。到底ダンスなんてレベルではない。
すかさずオルタも殺す気で衝撃波を繰り出す。間近で直撃をうけたからには無傷では済まないはずだ、と思ったのも束の間、両腕をクロスして防御していた相手はなんとその奥で微笑んでいた。
「恐ろしい反応速度。だけどそれだけ」
つまるところ、やや服が破れた程度のダメージだったということらしい。機械少女は目に見えぬ速さで蹴りを放ってきた。
無論避けることなんて無理だ。幸い当たったのは頬のみだった。ところがそれでも威力は十二分にあって、オルタは横へぶっ飛ぶ。結果、三十メートルほど距離が空いた。
「ストレス発散にはもってこいだわ。……あ、断っておくけど、ワタシは好きでアナタを痛めつけているわけではないの。所長命令だから仕方なくやってるだけ。そこは忘れないでね」
起き上がりがてら、オルタはぺっと血を吐き捨て、口元を拭った。
(強い……。たぶん向こうは接近戦専門。そんな奴相手に接近戦してたら、ぜったいに負ける。だからってこっちの意思で間合いをとっていられるほど力の差はない……というか念力のポテンシャルも向こうのほうが一枚上手だ。どうする……?)
見れば相手はゆっくりこっちに近づいてきていた。じわじわと焦らす感じに。
(一か八か下に落として生き埋めに……可能性は限りなく低いだろうけど、今のオレが勝つには卑怯で姑息な術をつかうしかない。大事なのは所長を奈落の底へ突き落とすこと)
慎重に横目で確かめながらタイミングを見計らう。
位置的に届くだろうと推測されるところへ相手が足を踏み入れた時、オルタは全力でその足もと目掛けて衝撃波を放った。
するとなんと思いがけない出来事が起きた。
生き埋めどころか、破損したらしい水道管から大量の水が噴き出したのである。
物凄い勢いで立ちのぼる水柱を足もとから直に受け、機械少女は驚くことにしばらくその場で耐えていたが、今こそチャンスと見て衝撃波を連続的にオルタが放ちつづけたせいで土砂まで加わり、やがて足が浮くが早いか機械少女の体は打ち上げられた。
「こんなのずるい……」
研究所の建物と敷地内の道を挟んで向かい側にある庭園。おもむろに起き上がろうとした泥まみれの機械少女に、表から容赦なくオルタは衝撃波を与える。下はただの地面だから相手は埋まっていくばかりだ。
「ワタシを生き埋めにするの?」
跳べはしないだろうという辺りでちょうど手が止まった。疲労がピークに達したらしい。気づけば、ふらふらだ。これ以上手こずれば所長を相手にするのもしんどくなるだろう。
「大人しくそのままでいろ。出てくるな」
「出て行きたくても両手両足は今ので壊れちゃったし、不可能だわ」
「なら、さよならだ」
余りない力の温存を考え、のろのろと研究所内へ戻る。
今や所長の気配は微塵も感じられなくなったが、廊下を右に向かい、奥の所長室の扉を開けた。
L字型のデスクに座ってコンピュータをいじる標的を発見、向こうもオルタを見つけて目を剥いた。
「あの二人でさえも歯が立たなかったというのか」
徐々に近づいていく。
「諦めろ。ここがおまえの墓場だ」
「ははは……これまで得たデータは転送した。私を殺そうがここを破壊しようが、終わらない」
「別に良い」
「そんなに私が憎いか!? 生みの親なんだぞ!?」
所長は冷や汗をかき、顔を引きつらせながら怒鳴った。緊張から目が震えている。
「生みの親だからってやって良いことと、悪いことがあるんだよ。限度を超えたら親だろうが何だろうが関係ない。おまえがそうさせたんだ、オレを」
「待て! 待ってくれ!」
「いいや……運命は待たない」
オルタが手をかざす。息を吸い込んだのち、最後の力を振り絞った。
胴体の上半分から先を失った肉体が倒れる。しばらくは放心状態が続いたが、壁にべっとりと付着した血を見て、実感が湧いた。ついに終わった……と。




