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八重が死んだ翌日、朝食も摂らずにひたすら応接室に閉じ籠もる。なぜなら未だろくに使いこなせない念力をちょっとでも普段から使えるようにするためだ。いざという時、感情の起伏によってのみ発動する力は頼りにならない。自由自在でなければ守れるものも守れない。
オルタは市場から拾ってきたガラス瓶を手も触れず割ろうと奮闘している。傍から見ればおかしな奴だが、本人は本気だ。
しかし約三時間費やしても努力は報われない。
そしてもう体力も集中力も限界だと思ったその直後、瓶に一筋のひびが入った。
驚いて(やった!)と笑顔になった。(このままやれば絶対割れる!)と自信が湧いてきてさらに事を進めようとしたが、邪魔が入った。
「焼きそば食おうぜ。たっぷり四人前買ってきちまったよ」
イサイのせいで完全に集中力は途切れ、オルタはうな垂れる。
「ん? どした?」
「せっかく力を使う練習していたのに、イサイが邪魔した」
「おおうっ、悪かったな。朝飯食わなかったし腹減ってるだろうと思ったんだが余計だったか……?」
「いや、ありがとう。じつはかなりお腹減ってる」
現に、ほら、腹の虫が鳴いた。
席につくなりイサイは器用にズズズーっと勢いよく麺をすすり、かたやオルタは初めて麺類なるものを食したため、いちいち吸ってはキャッチして吸ってはキャッチしてを繰り返してどうにか麺を切ることなく吸い上げる。いやはやなんと効率の悪い……。
どんなふうにしてそんなにうまく啜っているのだろうか、と隣を見れば、イサイがすする麺はまるで滝が上っていくかのようだった。
悔しい……。その気持ちを糧に再度、思いっきり啜ってやろうと試みるやいなや、焼きそばの入ったパックごと浮かんで顔面に衝突してしまった。落とすわけにもいかないのでそのままモグモグ。
「そういや、あんなことが起きて聞けずじまいだったけど、あの凄い力のこと聞いてもいいか?」
「オレ自身あまり知らないよ」
「知ってることだけでいい、っていうか、少し教えてくれるだけで充分さ」
「何聞きたい?」
「できればそっちが話せる範囲のことを教えてくれると有り難いんだが」
「通称・念力。オレの解釈が間違ってないなら、この力は力っていうより、何らかの方法でこの世界の情報に干渉してるって感じ」
「世界の情報に干渉?」
大きく首を傾げるイサイ。
「何だろうな……オレらも、オレら以外のもの全てある種の情報の集合体で、オレはたまたまそれを吹き飛ばしたり出来る何かを持ってるってことなんだと思う。そういった意味で干渉」
「あー、てことはなんだ、次第によっちゃあ俺を女にしたりも出来るのか? なりたくはないけども」
「んまあそういう事」
イサイが息をのむ。
「……やばくないかそれ」
「だから狙われてるんだ、オレ。迷彩服着た奴らに」
「SG軍か!?」
「たぶんそう」
「で、地下に潜ったってわけか!」
「うん」
「一応知っておきたいんだが、おまえいがいに使える奴は?」
「分からない。でもいるにはいるはず……十か二十か……百か二百か……」
「ぞっとする話だな」
そう言いながらイサイは身震いする。
程なくして応接室のドアが開き、市場に行っていた竜巳たちが戻ってきた。
後方のテレビ付近に置かれているソファに腰を沈めた土御門は、どうやら昼間っから酒を飲んだらしく酔っ払い、両脇に据えた娘らに「みゃーん」と猫なで声で甘える。それを見ていたオルタやイサイは呆れて物も言えない。
一方、土御門の他はテーブルを囲うようにして席についた。竜巳が一息ついてから話を切り出す。
「改めて言うもでもないが、八重のことは残念だった……」
「そうですね」と、肩に怪我を負った男。
「だが今後もこのメンバーで動いていく。いつまでも悲しんではいられないからな。そこで今後の動きについて今から説明していこうと思う」
「待ってよ」
これから本題に入るというそばから口を挟んだのは、オルタだ。
「八重さんのことはたったそれだけ? 八重さんが死んでまだ一日も経ってないのに」
「そんなのは百も承知だ」
「わかっててやってるならタチが悪いね」
「何?」
「だってどうみたってあんたら普通だよ?」
「ほう。普通に見えるか。じゃあ聞こう。仲間が死んだ次の朝にこうして次に向かおうとすることが駄目というなら、一体いつまで悲しみに暮れていればいいんだ? 三日か? 五日か? それとも十日か? オルタ、お前は我々から八重の死に対する悲しみが伝わってこないからそう噛みついてくるんだろうが、悲しみを表に出すことが正しいとは限らないと覚えておけ」
「ふうん。じゃあ土御門さんが死んでも同じことが言えるの? 土御門さんが死んでも次の朝には〝いつまでも悲しんではいられない″って言える?」
その瞬間、オルタの顔面に竜巳の拳がめり込んでいた。
「滅多なことは言うな!! 特別な力があるからっていい気になるなよ!? お前はまだひよっこなんだ! 黙って大人のやり方を見て学んで従え!」
椅子ごと床に転がったオルタに、イサイが駆け寄り竜巳を睨む。
「おいあんた! 殴ることはないだろう!」
「これは体罰だっ! 痛みで覚えさせなければならないこともある! とくに常識やルールなどはな!」
五十年余り生きてきた中で培った矜恃を誇示するかの如く、上からぎろりと鋭い眼光を放ってくる竜巳に対し、オルタも負けじと睨み返す。
「べつに……殴られるのはいいよ。でも大事な仲間が死んで一人欠けたのに、まるでそれを予定してたみたいに直ぐ動こうとするのは納得いかない。大人だって威張るならこっちを納得させてみろよ!」
竜巳はぐっと歯を食いしばったようだった。でも次の言葉は出てこない。
だからオルタは立ち上がり、次のような言葉を口にした。
「イサイ行こう。ここよりもっと良い場所を知ってる」
部屋を出てドアが閉まる間際、中から怒鳴り声が飛んできた。
「奴らに捕まっても知らんぞ!!」




