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「γ(ガンマ)リンク、δ(デルタ)リンク、ε(イプシロン)リンク、全て正常に高次元との接続完了」
薄暗い中、コンピュータを夢中になって操作する研究員たち。肩を並べてカタカタと音を立たせながらモニターとにらめっこしている。画面上でいったいどれだけの数字が動いているのやら、どの目も忙しなく活動中だ。
彼らの背後にはざんばら髪の男がいた。多くの研究員を一手に束ねる東京工学システム研究所長。目は隈に覆われていて、ぱっと見、五十代に思える。実年齢は不明だ。奇妙な話だが、彼に対して横柄な態度をとる人物を、周囲の者はひとりとて知らない。
「よし。出現したら流せ」
足もとには宙をわたる回廊があり、眼下にはさながらリボルバーの弾倉のように並ぶカプセルが計十二基あった。中には緑色の液体に沈んだ人間が眠っている。
「念の卵出現」
カプセルの頭からは幾つものケーブルが生えていた。それらは天井に向けて一つに束ねられている。そしてその途中にも別のカプセルがあり、たった今その中に時折光が射し込んだようにキラリと光る球体らしき何かが現れた。
「念エネルギー流入開始まで、三……二……一」
研究員らが同時に四つのスイッチを押すと、球体の光が溶け出して下に垂れ落ちていく中で八条に分かれ、階下のカプセルに流れ込んだ。
「実験体に反応は?」
「今のところ32のみ微弱な反応を見せています。31、33から38までは以前として反応なし」
所長はため息をつく。
「つまりEグループはあの出来損ないの39しか覚醒しなかったということか……」
言ってまたため息をついた。するとそこへ、カッカッカと鉄格子の上を力強く歩く足音が聞こえ、所長の横でぴたりと止まった。
「先生。お話が」
声をかけたのはドレッドヘアをアップにしている女職員。スーツ姿が凛々しく、切れ長の目がどこか恐ろしい。学生時代にはモデルの仕事をしがてらアクション映画にも出演したこともあるという経歴の持ち主で、常日頃から険のある表情をしたまま過ごしているため同僚からも近寄りがたい存在として扱われているという。
所長はチラリと横目に彼女を見て、
「どんな用件かはだいたい察しがつく。が、念のため君の口から聞いておこう」
「はい。リンク実験対象の実験体Eグループについてですが、39の他はすべて覚醒すら至っておらず、肝心の39もあまりに不安定です。これ以上予算を彼らに注ぎ込むのはやめたほうがよろしいかと」
「うむ。では早急に処分してくれ。ちょうど私も見切りをつけようと考えていたんだ」
女職員が頷いたと同時に、コンピュータを触っていた研究員が振り返った。
「所長、念エネルギー流入後、経過六時間ほどで覚醒した事例もありますよ。今ここで即処分というのはちょっと同意しかねますね」
「ああたしかに。いかんな近頃忘れっぽくて。早急に処分というのは取り消して、余裕をみて今から十二時間後に処分ということにしよう」
「承知しました」
研究員がうなずいたのを認めて女職員は会釈をして去っていった。
と同時にカプセル内から緑色の液体が吸い出された後、八つの扉が同時に開いた。下で待機していた他の研究員らが駆け寄り、中にいた人間を担ぎ出していく。
「Eグループはなあ、いい素材を揃えたと思ったんだが」
身近な手すりに所長はもたれかかった。
「仕方ありませんよこればかりは。方法はわかっていても原理がわかっていないうちは、運任せですから」
「運か……。絶対あるとわかっていながらも認識できないという点では、念も運も似たようなものだな」
「そうですね」
「だからなんだという感じだが、運にまかせるしかない現状は研究者としてじつに耐え難い。まるで宝くじを当てて一攫千金を狙わんとする庶民になった気分だ」
「可能性があるだけでもマシでは? 宝くじそのものを購入できない側と比べたらはるかに恵まれてますよ」
「見方によっては確かにそうなる。今ではそれも疎ましくなってきているが」
「所長は欲張りなんですよね」
所長はクスッと笑った。
「欲張るのをやめたら人生を諦めたのと同義だよ」




