写真。
私の家には祖母の写真が無い。
そのことに気付いたのは年末、大掃除の際にアルバムを整理していた時だ。
「ねえお母さん、どうしてお婆ちゃんの写真が無いの?」
何気なく尋ねた私に、母は目を丸くしながら「あんた覚えてないの?」と逆に尋ねられてしまった。
「何を?」
「何をって……あんた……」
「え? 私?」
母が言うには、ある日買い物から帰ってきたら、幼い私が父のライターと灰皿を使って祖母の写真を燃やしていたのだとか。
「……どうして?」
「私もそう思ったわよ。それで、何してるの! って慌ててライター取り上げたら、あんた何て言ったと思う?」
「……わかんない」
「はあ……本当に記憶力の無い子だね。だからテストの暗記問題をことごとく間違えるのよ」
暗記問題のことは今関係無いから。お母さんは余計なことに記憶力がいいと思う。
「まあいいわ。あんたね、こう言ったのよ。だって、写真には抜かれた魂が入ってるんでしょ? だからそれを全部お婆ちゃんに返すの。そしたら……」
……そしたらお婆ちゃん元気になって退院出来るんでしょう?
「泣きそうな目でそう言われたら止めるに止められなくてね……」
一緒に燃やしたわね、写真。そのすぐ後に亡くなってしまったけれど。
そう言うとお母さんはほんの少しだけ優しくて寂しそうな顔をした。
……あ。
何となく見覚えのあるその表情に、ふっと記憶が甦る。
そうだ。あの日もお母さんは写真を一緒に燃やしながらこんな顔をしていた。
少しの沈黙。やがて「ああ」とお母さんが口を開いた。
「フィルム」
「え?」
「フィルムはまだ残ってるのよ。あんたはそこまで気付かなかったし、まさか忘れてるとは思わなかったから今日まで焼き増ししてなかったけれど……馬鹿なのかしら。記憶力も無いし」
本当に、今そこは関係無いから。
「焼き増し、しようよ」
「そうね」
フィルム探そうか、とお母さんが立ち上がる。私も立ち上がりながら、一枚だけねと付け足す。
「一枚だけ?」
「うん。あまりたくさん焼くとあの日の私に怒られちゃう」
「何言ってんのよ。馬鹿なのかしら。記憶力も無いし」
「本当に、本当に今そこは関係無いから」
今、私の家には祖母の写真が一枚しか無い。
けれどもそれは、とても大切な一枚だ。