ゴスロリ少女と魔法使い
例えば自分に6歳くらいの娘がいて、その子が人形のように超絶的に可愛かったならば、僕だってゴスロリを着せてしまうかも知れない。
で、そんなゴスロリ少女が泣きそうな顔してぽつんと立ち尽くしていたなら、ちょっとアレな趣味の人でなくても声をかけずにはいられないだろうと思う。
まあ、何より店員だし。
そんな訳で、少女に声をかけたのはとある大型書店。
僕は店員で彼女は迷子だった。
「お名前は?」
「お母さんと来たの?」
何を訊いても俯いたままフリルのたくさん付いたスカートの裾をぎゅうっと握るだけで、結局何も喋ってはくれなかった。
「とにかく、呼んであげるから一緒に行こう?」
どうしたものかなと思いつつ言ったその言葉に、ようやく小さな頷きを見せてくれた少女と手を繋いでカウンターまで行こうとする。
けれど泣くのを我慢するので精一杯だからなのか、少女の歩みは重い。
「ちょっとごめんね」
面倒なので彼女を抱え上げお姫様抱っこにした。
少女はちょっと驚いた顔でこっちを見たけれど、すぐにまたフリルに埋もれるように俯いてしまった。
「じゃあ今から一緒に来た人を呼ぶから、ちょっと待っててね」
カウンターで少女を降ろし、放送をかけようと顔を上げる。
と、その時、向こうから少し慌て気味に駆けて来る女性の姿が見えた。
きっと母親なんだろう。
意外というかやっぱりというか、ゴスロリではなくこざっぱりとした服装をしてはいたけれど、目は真っ直ぐ少女を見ていた。
そこでちょっと閃いてしまった。
「ねえ、実は僕魔法使いなんだ」
しゃがみ、少女に目線を合わせてそう言う。
「魔法でお母さんを呼んであげるから、ちょっと目を閉じててもらえるかな?」
素直に目を閉じた少女の頭越しに、母親へ向かって口に人差し指を立てる。
……お嬢さんはちょっと素直に過ぎませんか? という意味を笑顔に込めてみたけど、まあこれは伝わらないだろう。
「ちゃんと閉じた? じゃあゆっくり3つ数えて。数え終わったら目を開けていいよ」
ゆっくり数えるのを待って言う。
「後ろを向いてごらん」
少女は恐る恐る、ゆっくり振り向くと途端に表情を明るくさせた。
「ママ!」
* * *
「魔法使いさんと結婚する」
彼女はそう言って僕のエプロンの裾を離そうとしない。
後ろで少女の母親も苦笑いしながらちょっと困っている。
……仕方がないな。
「君が二十歳になっても僕を覚えていたらね」
「おぼえてる」
「どうかな?」
彼女の頭に手を置く。
「ぜったい、おぼえてる」
力強く言う少女の頭を軽く撫でる。
「そうだといいね」
そう言って彼女の頭から手を離した。
少女はきょとんとした顔をしながらもようやく手を離し、母親に連れられて帰って行った。
もう僕のことは忘れているだろう。
取り出した彼女の僕に関する記憶は、小難しい学術書に挟んで閉じた。
数ヵ月後、どこかの偉い教授だというおっさんに求婚されたのはまた別の話だ。