じゃんけん
「次、パーを出すから」
幼かったあの時、その言葉を信じてチョキを出さず、裏をかいてパーを出せていたなら何かがもっと変わっていたのかも知れない、なんてことを思う。
でも、馬鹿正直なまでに相手の言葉を信じたあの頃の僕は、ずっとチョキを出し続けていたのを覚えている。
負けても負けても負けても負けても、疑うことなく、次こそ本当にパーを出してくれるものだと信じてチョキを出し続けていた。
結局、日が暮れて帰る時間になっても、相手からパーが出されることは一度もなかったけれど。
……ああ、違う。
信じていたわけじゃなかった。こいつはパーを出したりなんかしないってわかっていたんだ。パーを出すと言いつつグーを出すのをわかっていながら、それでもチョキを出し続けていたんだ。
何故だったのだろう?
悲劇のヒロインめいた感覚に酔っていただけかも知れないし、ただ諦めていただけなのかも知れない。でも、もっと違うことだったような気もする。
そういうことこそ大切なはずなのに、どうしてなのか大切なことに限って思い出せなかったりする。
「ちょっと! 何でチョキ出すのよ! 私がパーを出すって言ったんだからそこはグーを出しときなさいよ!」
隣りで彼女が喚くのをよそに、自分が出したチョキを見つめながらそんなことを思い出していた。
「……チョキを出したのに」
「ええそうね。おかげで私が負けたわね。どうしてくれようかしら」
そう言ってふてくされた顔をする彼女を、可愛いなと思う。
「まあいいわ。じゃあ今度こそグーを出しなさいよ! 私はもちろんパーを出すから! チョキなんて出した日にゃ、その指の間に全力でチョップを叩き込んでやるから!」
来いよオラとばかりにチョップの素振りまで始める彼女。
その姿に、かなわないなあと苦笑いを漏らしてしまう。
……ああ、そうか。
なんとなく、何かがわかったような、そんな気がした。
「君と出会えて良かったよ」
「いきなり何? そんなこと言ってもほだされないわよ? 私はブレずにパーを出すわよ?」
怪訝そうな顔をする彼女を見て僕は言った。
「いや、本当に、ただそう思っただけだよ」
もしかしたらあの頃の僕もこんな関係を求めていたのかも知れない。パーを出すと言ってグーを出すのではなく。宣言通りのパーを出し、何だかんだでこちらが「かなわないなあ」って苦笑いを漏らしてしまうような。
だから、出会えて良かった。
「ふうん。変な人」
そう言いながら彼女は笑った。その笑顔が何だか嬉しかった。
「ともかく、さあ次よ! ちゃんとチョキ出しなさいよね?」
「え?」
「もちろん、私はパーを出すわよ」
にこりと笑う彼女の右手が高速でチョップを繰り出している。
……ああ、完全に目的変わってるなこれ。
そう思いながら、やっぱりかなわないなあと苦笑いを漏らしつつ、僕はチョキを出す覚悟を決めた。




