本は世界を
■本は世界を相続する
少年が目を輝かせている。
その隣りで、周りで、たくさんの人々が待ち焦がれている。
恰幅の良い老牧師が、静かに祈りの声を上げた。
「主よ、私達の元へ新たなる世界を御遣わし下さいましたことを深く感謝致します」
集う彼らの真ん中には、一冊の本が閉じた状態で置かれている。
本が世界から喪われて久しい。
「また、危険を恐れることなく世界を持ち帰った、この勇敢な若者に祝福を」
拍手が起こり、目を輝かせていた少年は照れたように頭を下げた。
時折、旧文明の遺跡などから発掘される本には、人々の知らない世界が詰まっていた。
その世界を求めて、多くの人々が発掘へと向かった。
そうして、この小さく素朴な村にも一冊の本がもたらされたのだ。
「牧師様、長ったらしい前口上はいいですから早く早く!」
誰かから上がった声に笑いが起こる。
牧師は苦笑いしつつも「では……」と本に手を掛けた。
『幾多の……』
こうして、旧文明崩壊のきっかけとなった世紀の悪書は再び日の目を見ることとなった。
この呪われし悪書は、ようやく立ちなりつつあった世界を、再び破滅へと導いていくこととなる。
この本が閉じられる時、少年の目にはもう輝きなど無いのだろう。
■本は世界を更新する
少年が目を輝かせている。
その隣りで、周りで、たくさんの人々が待ち焦がれている。
恰幅の良い老牧師が、静かに祈りの声を上げた。
「主よ、私達の元へ新たなる世界を御遣わし下さいましたことを深く感謝致します」
集う彼らの真ん中には、一冊の本が閉じた状態で置かれている。
本が世界から喪われて久しい。
「また、危険を恐れることなく世界を持ち帰った、この勇敢な若者に祝福を」
拍手が起こり、目を輝かせていた少年は照れたように頭を下げた。
時折、旧文明の遺跡などから発掘される本には、人々の知らない世界が詰まっていた。
その世界を求めて、多くの人々が発掘へと向かった。
そうして、この小さく素朴な村にも一冊の本がもたらされたのだ。
「牧師様、長ったらしい前口上はいいですから早く早く!」
誰かから上がった声に笑いが起こる。
牧師は苦笑いしつつも「では……」と本に手を掛けた。
開かれた瞬間。
本から世界が立ち上がり、それまであった世界を書き換えてしまった。
もう少年の居た世界は何処にも無い。
目を輝かせていた少年も、もちろん何処にも。
これを読む私達の世界こそが、彼らを消したのだという事を知る者も、居ない。