world's end,standard jazz
■side-A「僕らがダンスを終えるまで」
「あの頃、この曲をバックによく踊ったものだね」
レコードの豊かな音色。
何てことのないスタンダードなジャズ・ナンバー。
それがどんなジャンルであれ、音楽は人類の素晴らしき隣人だった。
リズムに、メロディーに、言葉に。実に多くの人が体を心を揺らしてきた。
「君と踊ったこの曲を、ようやく聴きたくなったんだ」
傍らの写真立てには変わらぬ笑顔がある。
思い出もまた、寄り添って共にある。
「そうだな、この曲を聴くと、まるで君が隣りに居るようだ」
きっと今、世界中でたくさんの人が踊っているだろう。
思い思いの曲で。
誰もが予想しておきながら予測出来なかった。
音楽に魔法はあった。ただ、世界を変える力が無かっただけだ。
押されたボタンは、ステレオのプレイボタンではなかった。
『最期の曲です』
ブラウン管の向こうでヴォーカリストが言い、流れた曲は、アレンジこそ違えど、このレコードと同じ曲だった。
微笑み、ゆっくりと曲に合わせ、ステップを踏む。
もうすぐ、避けられない真っ暗な闇がやって来る。
せめて、どうか、待って欲しい。
この曲と共に、僕らがダンスを終えるまで。
■side-B「それは眠る前の音楽」
幼い頃の話だ。
両親は共に音楽が好きだった。家事の傍らに、夕食のBGMに、両親の就寝前に。家から音楽が途切れる日は無かった。
母と、産まれて来るはずだった弟か妹かが死ぬまで。
父はそれ以来レコードをかけなくなった。
それでもステレオの手入れは欠かさない父の姿に、やるせなさと反発を感じ、家を出た。
父とは違う。
その思いから始めたバンドは、気づけばライブハウスを埋め、レコード会社と契約し、テレビにも出るようになっていた。
父を越えた。
そう思った。
勘違いに気づいたのは、偶然入った雑貨屋で流れていたBGM。両親が就寝前、必ず流していた曲だった。
聴いていられなかった。
バンドは全く違うジャンルで、乗り越えたいと向き合いながらも、ギリギリで目を背けていた事を知らされた。
父と変わらなかった。
だが不思議と楽になれた。
そして今日。
開き直ったように生放送を続ける局に呼ばれ、演奏することになった。
離れていてもわかる。きっと観ている。
願わくばこの演奏で踊ってくれればいい。
あの頃のように。
「最期の曲です」
迷い無く最初の音を出せた。
そして、スタンダードなジャズナンバーが流れる。




