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左眼の蝶
左の眼球に蝶がとまった為にまばたきが出来ない。
蝶は一向に飛び立とうとせず、それどころか私の左眼球から蜜を吸い出し始めている。
少しずつ少しずつ、蜜を吸い出され萎れゆく左眼球は、もう終わってしまうのだろう。走馬灯のように今まで見てきた情景を映し始めた。
右眼球は今映るものを。
左眼球は昔映したものを。
そのような状態で数日を過ごし、不便さにも慣れてきた頃、ふいに声をかけられた。
「とても綺麗な蝶ですね」
振り返るとそこには、彼女がこちらに淡い笑顔を向けて立っていた。
右眼にも、左眼にも。
偶然、タイミング良く左眼球にも映し出された幼い頃の彼女も、やはりこちらに淡い笑顔を向けて立っている。
ああ、この時私は彼女に恋をしたのだったな。
あの時と変わらない笑顔を見せる彼女に、私も笑顔で応える。
「ええ、とても綺麗だ」
何が、とは言わない。
蝶はもうすぐ飛び立つのだろう。




