トマソンなグリズリー
彼女はグリズリーを人質にとってビルの屋上に立っていた。
……獣質か。
で、駆け付けた警察に「××君を呼んで!」と言ったとかで今、俺はここでこうして拡声器を渡されているわけだ。
「何やってんだよ!」
「××君、来てくれたんだ?」
「ああ! だから早く降りて来い!」
「好きって言って!」
……はあ?
「何言っ」
「言ってくれなきゃここから飛び降りるから!」
「グリズリー意味無え!」
そんな要望飲めるかと言い返そうとした俺に、隣りにいた警官が「言ってやりなさい」と肩を叩いた。見ると周りの野次馬までもがそのくらい言ってやれよという目で俺を見ている。
「いや、でも……」
「言葉にしてくれなきゃ不安なんだから!」
「いや……え?」
その言葉に、周りが完全に彼女側になった空気を感じた。
「男はな、時々言うくらいがちょうどいいんだ。けどな、それでも彼女をあそこまでにさせちゃあいけないよ」
おっさん誰だよ。 結局、彼女よりも周囲の生暖かいプレッシャーに負けた俺は、公衆の面前で「好きだ!」と叫ばされてしまった。
流され易い自分の性格がちょっと嫌になる。
拍手に迎えられて降りて来た彼女は、笑顔で警官の説教を受けている。警官も説教は口だけで目は優しさに溢れていた。
俺はと言えば、知らないおっさんに肩を抱かれ「やるときゃやるじゃないか!」と褒められていた。だからおっさん誰だよ。
グリズリーは動物園に帰った。一番の被害者はあいつかも知れない。
さて、翌日の話だ。
彼女に呼び出された俺は、会うなり頬を叩かれた。
「昨日、テレビで観てたんだけど。私よりあの女の方が好きなんだってね?」
ばかみたい。さよなら。こちらが何かを言う間も与えず、そう言い残して彼女は去っていった。
程無く、昨日の彼女がやって来た。
彼女は茫然としていた俺を抱き締めて言う。
「私は、何があっても××君のそばに居るからね」
愛とか信頼とかって何だろう?
そんなことをぼんやり考えながら、ずっとストーカーだったはずの彼女に抱き締められ続けていた。