そして僕は今日、両手を広げた
「あ、ほら見て」
彼女が空を指差す。
視線を向けると、ゆっくりと空を横切って行くものが見えた。
「魔女だね」
言って隣りを見る。彼女は魔女を指差したまま、少し羨ましそうな目をしていた。
何を隠そう、僕の彼女も魔女だったりする。とはいえ、魔女認定制度が始まったのはほんの数年前のことで、15歳以下の女性が受験資格であるこの認定制度を、当時17歳だった彼女は受けることが出来なかった。
だから彼女は、正確に言うとモグリの魔女ということになる。
「空、また飛びたい?」
認可を得ていない魔女が空を飛ぶのは法律で禁じられている。きっとそれが、彼女の視線に含まれた羨望の原因なのだと思う。
認定制度が始まる前年、彼女が初めて空を飛んだ日のことを覚えている。
あの日、少し寂しさを感じながらも僕はずっと彼女に見とれていた。
「ううん」
彼女から返ってきたのは予想とは反対のもので、僕は驚いて彼女を見た。
「ねえ、私が初めて飛んだ日のことを覚えてる?」
全く飛びたくないって言ったら嘘になるけど……と呟いた後に、彼女はこっちを向いてそう尋ねた。
その目は少し真剣で、僕もちょうどそのことを思い出していたよとは何故だか言えず、ただ頷いて「うん」とだけ答えた。
「あの時ね、地上にいるあなたを見て少し不安になったの。このまま飛び続けていたら、いつか置いてかれちゃうんじゃないかって」
だからいいの。
そう言った彼女は、僕の手を握ると再び空を見上げた。
「ここが、私のいる場所だから」
見上げたままそう言った彼女の耳は少し赤くなっていて、可愛いなと思った。
魔女が空を飛んでいく。
同じく魔女である彼女は空を飛ばずに、僕の隣りを並んで歩く。
けれどいつか、どうにかして彼女にまた空を飛ばせてあげたいと思う。
もしそんな日がやって来たなら、両手を目一杯広げて彼女の帰る場所を作っていたい。