残さず食べてね
「アブラハムに~は7人の子♪ ひとりは残ってあとは死に♪」
ちょっと待て。何その歌詞?
彼女が台所で鼻歌混りに料理をしていたのだが、ふと聴こえてきた歌詞がおかしなことになっていたため、思わず歌うのを止めてしまった。
「何って……。アブラハムには7人の子がいて……」
ああ、うん。そこはいいよ。間違ってないな。
「……でもある日」
ん?
「ひとりだけが残り、あとの6人は死んでしまったのです」
……何でそんなことになってんだよ。
そう突っ込んだにもかかわらず、彼女は何故かそれを無視して話を続けた。
「残ったひとりはその時悟りました。私は選ばれたんだ。選ばれた人間だから勝ち残ったんだって」
そう! 選ばれたのです! なんて包丁を持ったまま力強く言った彼女は、そのままぐりんとこっちを向くと「あ、そうそう」と付け足した。
「ちなみに私も選ばれた人間なのです」
……は?
「私が、あの娘のこと気付いてないと思ってた?」
にっこり笑った彼女の手にある包丁。よく見れば柄の部分には妙に大きな赤黒い染みが。
そういや、さっき「勝ち残った」って……。
彼女が笑みを深めて言う。
「今日の夕御飯はハンバーグだから。残さず食べてね」