寂しいの意味
海を渡る風の強い日。
私は海を見ている。
その晩、工具を借りに隣へ行ったら、彼はエンジンを積み込んでいるところだった。
「燃料は?」
そう尋ねたら、彼は顔中を笑みで満たして答えた。
「あるだけ、全部」
それを聞いた私は、ああ、遠くへ行っちゃうんだな、と理解した。
寂しくなるな、とも思った。
そして、海を渡る風の強い日。
彼はエンジンの上げる轟音と強い風に乗って、一直線に海の遠くへ行ってしまった。
姿が見えなくなってからも、しばらくはまだあの轟音が聞こえた。
やがてそれも治まると部屋に戻り、テーブルに置かれたカップをギュッと強く握った。もう明日からは使われることのないカップ。けれど私はそれを、きっと大切に仕舞っておくのだろう。
こうして使われなくなるものが増えてきた。
使われなくなったものの数は、そのまま別れの数だ。
それだけこの付近からは人が減ったということだ。
そしてこれ以上、使われなくなるものは増えない。
彼は会えるだろうか。私の燃料を全て持って行ったのだ。会えなければ私が報われない。
彼は会えるだろうか。人類に。私のような人型を真似ただけのものではなく、本物の人類に。
この、風を遮るもののほとんど無くなってしまった世界で。
人が消えたことで寂しくなった建物を歩き、彼の隣りにあった自分の部屋へ戻る。
そして、いつか誰かが、もしくは彼が家族か友人を連れて帰った時の為にと、燃料を節約すべく休眠モードへの移行を開始する。
彼は会えるだろうか。と最後にもう一度思う。
会えればいい、と思うと同時に、私ではかわりにすらなれなかったという事実を寂しく思った。